La fine dell'amore proibito. 禁断の恋の行方 I
広間からつづく長い廊下。
ランベルトは、早足で歩く兄に手を引かれていった。
廊下のあかりは灯っていたが、広間と同様にうす暗くてよく見えない。
兄が手を引いてくれなければ歩けていたかどうかも怪しい。
「いいのか、兄上。永久に関わらずでは、ダニエラ殿が女王を降りるのかもあの二人がほんとうに婚姻するかも確認ができないのでは」
「そんなものは知らん。要するにあれはおたがいの面子を保つための合意だ。あとはこちらの害にならない部分なら無視してもかまわん」
パトリツィオが言う。
「だから女王様も、途中から口を出さなかっただろう」
ランベルトは兄につかまれた手首を見た。
バルドヴィーノと兄が目を合わせたように見えたあたりから、話の向きが変わったと感じていた。
あれが暗黙でのやりとりだったか。
「御家同士のもめごとなど、最終的にはこんなものだ。よく覚えておけ」
パトリツィオが背中を向けたままで言う。
「……そうか」
ランベルトはそう返した。
本来なら、いまの跡継ぎである自分がやらなければならなかったことだ。
兄が霊という形で来てくれていなければ、どこまでのことができたのか。
ふいにパトリツィオが、チッと舌打ちする。
「またこんなことをやらされるとは」
ランベントは兄の背中を見た。
「以前は、役立たずの父の代わりにこんな話し合いをなんどもやった」
「……は」
ランベントは目を丸くした。
「交渉事の大半を私が名代としてやっていた」
ランベントは呆然とした。
むかし父は切れ者で通っていた時期もあったのだが、さいきんは切れ味が悪くなったともささやかれていた。
期待していた長男を亡くし、力を落としたまま時が過ぎているのだろうなどと言われていたのだが。
あれは兄が作り上げていた評価だったのか。
「……ほんとうの話か、兄上」
「冗談でこんな情けない親の話をするか」
聞くのではなかったとランベントは思った。
「あの役立たずが」
パトリツィオが吐きすてる。
なるほどこういった話を聞けば、兄の父にたいする終始のイライラも分からなくはない。
「あちらに帰ったら、執事が何を言おうが腸詰めといっしょにぶら下げてやる」
「兄上、言うことがだんだんと過激になっているのだが」
ランベントは眉をよせた。
手首を引かれて、だいぶ歩いた。
もといた大広間の扉はすでに見えず、いま歩いているのが城のどの位置なのかも分からない。
先ほどまで一定間隔で設置されていたあかりは、いまはほとんど見あたらない。
使用人用の通路かなにかなのか。
絨毯も敷かれていない石の床。
早足で歩く靴音と、それにやっとついていく靴音とが響いている。
時おり明かりとりの窓から外が見えたが、墨色の空に黒い雲が渦まく上空、それを枯れ枝があおぐ相変わらずの景色だ。
「どこまで行くのだ、兄上」
暗くてよく見えない廊下を、ランベントはふり向いた。
「あちらの世界にもどれる場所だ」
「特定の場所があるのか」
以前、何も知らずここに連れこまれていたときは、気がついたら父の私室にいた。
今回きたときはバルドヴィーノに手を引かれてきたが、あちらの世界とこちらの世界との境目を通ったさいの記憶が定かではない。
「私一人なら行き来は簡単だが、生身のおまえはとなると」
そういえば兄は霊体であったと改めてランベントは思った。
「おまえは行き来する資質はあまりないらしいな。行き来したさいの記憶がところどころ消えたりしている」
ランベントは無言でうなずいた。
「逆にガエターノは、その資質だけはあったらしい」
そうパトリツィオが言う。
「ポンタッシェーヴェの所有地には、こことつながる場所がいくつかあるんだが……」
ふいにパトリツィオが前方を凝視した。
いちど立ち止まりかけて、また歩き出す。
ランベントは同じ方向を見たが、暗くて何があったのかよく見えない。
コツ、とべつのだれかの靴音が聞こえる。
前方の人影に気づいた。
黒っぽい外套をはおった長身の人物だ。
髪をきちんと整えた身形のよい男性だと気づく。
「叔父上……？」
明かりとりの窓からうすく射した光で、男性の口元のあたりが照らされる。
叔父のガエターノだ。
「話はついたようだな」
ガエターノが複雑な表情で話しかける。
「貴様、ガエターノ」
パトリツィオがつかつかとガエターノに向かって行く。
手をひっぱられて前につんのめりながら、ランベントは兄のあとをついて行った。
「兄上、少しのあいだならお手を離してくださってもけっこうだ」
「おいこら、ガエターノ」
パトリツィオは手を離さず、ガエターノに詰めよった。
「幼少のおりに夜の城門の抜け方やら、修道女と遊ぶ方法やら教えてやった恩も忘れて、よくもうちの胃腸の弱いのを危険な目に会わせてくれたな」
「だからその胃腸の弱いのとは何だ、兄上。気に入っているのか」
ランベントは転びそうになり、兄の服の袖をつかんだ。
