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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio sedici 一組の悪魔

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Una coppia di demoni. 一組の悪魔 IV

 ほんとうに兄か。

 ランベルトは、間近に来られて改めて兄の手を見つめた。

 何をぐずぐずしているのかというふうにパトリツィオが舌打ちする。

 ランベルトのまえに一歩踏みこみ、強引に手をとった。

 そのままランベルトの手を引いて広間の出入口へと向かう。

 まえにつんのめりそうになりながらランベルトはついて行った。

 ふり向くと、ダニエラは玉座のまえでこちらを見ている。


「よくやった」


 パトリツィオが背中を向けたまま告げる。

「兄上」

 出入口の重厚な巨大扉のまえまで来ると、パトリツィオは足を止めた。

 すぐに扉を開けようとはせず、しばらく宙をながめている。

 ランベルトは、玉座のまえにいる二人をもういちど見た。

 バルドヴィーノがいまだこちらに背中を向けている。

「兄上」

 ランベルトはもういちど将校服の背中を見た。

 パトリツィオはゆっくりとふり向き広間の奥のほうを見やると、冷静に言った。


「以上、話し合いは終わりだ。この合意に反対する者はすべて消せ」


 広間中が赤い禍々(まがまが)しい空気に包まれる。

 奥のほうから、しぼり出すようなどんよりとしたものが漂っている。

 ランベルトはハッと諸侯たちの集まる場所をふり向いた。

 複数の頭部が大きくゆれ、圧し殺したうめきが聞こえる。

 骨をかみくだく音。

 赤い気がいくつも(はじ)けたかと思うと、異様な動物や植物の姿が天井に向けて伸び消える。

「なん……?」

 ランベルトは思わず身を乗りだした。その腕をパトリツィオがつかむ。

 玉座のほうを見やると、無表情で広間の奥を見つめるダニエラと、こちらに背を向けて落ち着きはらったバルドヴィーノがいた。

「女王様は、あんがい政敵が多かったようで」

 パトリツィオがククッと笑う。

 消滅したと見せかけているあいだ、ダニエラの状況についても探らせていたのか。


「……使用人の仇はこれで(おさ)めろ」


 パトリツィオがポソリと言う。

 ランベルトは横目で兄を見た。

 けっして殺戮(さつりく)が好きという人ではない。できうる限り殺すなどしたくない人だと思う。

 だがこの人は、必要なら殺戮にたいしての本能的な忌避感や罪悪感すら耐える覚悟でいるのか。


 幼少のころの自分が、兄にたいして近寄りがたさを感じていたのは、あるいはこの覚悟の強さに圧倒されていたのか。


 骨をかみくだく音が、切れめなく続く。

 甲高い悲鳴と、地を這うような低い声とがひっきりなしにまじり合い、天井のシャンデリアに何かがあたっては火花が散る。

 無数の(つる)が天井に伸び、伸びきったところでちぎれて消える。

 あちらこちらから暗いオレンジ色の炎が上がっては、べつの人影の頭上へと落ちた。

「兄上」

 ランベルトは思わず兄をふり向いた。

 パトリツィオが、手首をつかんだ手に力をこめる。黙って戦況を伺うかのように広間の奥を凝視していた。




 やがて、広間の奥がしずまり返る。 

 (いか)つい火焔(かえん)使いが、獣のような動きで奥からこちらへと向かって飛び跳ねてくる。

 目の前に着地すると、パトリツィオに向かって(こうべ)を垂れてひざまづいた。

「ごくろう」

 パトリツィオがしずかな声で言う。

 赤い禍々しい気がただよっていた。

「これで反対する者はゼロだ」

 パトリツィオがそう告げる。


「全会一致と見なして、コンティ家とバルロッティ家の会合はこれで終了とする」


 しずかに言うと、パトリツィオは重厚な扉を開けた。

「今後は、合意の内容を遵守し永久に関わることなきよう」

「承知」

 こちらに背を向けたまま、バルドヴィーノが淡々と返した。





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