Una coppia di demoni. 一組の悪魔 III
「答えは? 女王様」
パトリツィオはそう問う。
ダニエラの胸に咲いた巨大な薔薇が脈打つような動きを繰り返す。
ふとバルドヴィーノのほうを見ると、心配げに顔をしかめている。
「兄上、もう少していねいに扱ってあげてくれ」
「却下」
そうパトリツィオが返す。
「手をゆるめようものなら、この女王様はまた扇を振り回しはじめるぞ」
「だろう?」と言うようにパトリツィオがダニエラの顔を覗きこむ。
「だが……」
「心配は無用です、ランベルト君」
バルドヴィーノが言う。
「女王とて、この程度のことは覚悟しておられます」
ランベルトは従者を見た。
ほんとうにいいのかと聞いてみたくなる。内心はたまらなく苦しいのでは。
少し間を置いてから、バルドヴィーノは「されど」と続けた。
「されど、ご心配はありがたく思います。わたしは、あなたのような人であればダニエラ様を託してもよいとほんとうに思っていた」
ランベルトは切ない気もちで従者を見た。
この人は、ダニエラの立場のためにどれだけ自身の気持ちをおさえてきたのか。
「油断ならない女は嫌いではないよ、女王様」
パトリツィオがククッと笑う。
「わたしは貴様は嫌いだ。いちいち人を食った言動をしおって」
ダニエラが睨みつける。
「なるほど。あの従者はとにもかくにも黙って言うことを聞いてくれるでしょうな」
パトリツィオが改めてダニエラの首に回した腕に力をこめる。
「もういちど聞く。答えは、女王様」
パトリツィオが女王の耳元にささやく。
「私としては、ふがいない父ははじめからいないものとして弟を実質の家長として支持したい。胃腸の弱い者であろうが、長の判断にはできうる限り従うつもりだが」
「兄上」
ランベルトは顔をしかめた。
「おっしゃってくださることは嬉しいが、何だその胃腸の弱い者というのは」
かまわずにパトリツィオが女王に告げる。
「お人好しならではのなかなか優しい案ではないかとは思うが? 女王様」
パトリツィオが、チラリと従者を見た。
二人で目を合わせたようだ。
バルドヴィーノが、膝をついたまま頭を下げる。
「女王陛下」
バルドヴィーノがしずかな口調で告げる。
「……受け入れましょう」
広間の奥の諸侯たちから、ざわめきが起こる。
仮にダニエラが同意したとしても、のちに諸侯たちと揉めることになるのでは。
ランベルトはうしろをふり向いた。
「いずれにしろあなたのその負傷の程度では、このまま執務などつづけられたらお命に関わる」
バルドヴィーノがそう続ける。
ダニエラの説得というよりも、奥の諸侯たちに言い聞かせているように感じられた。
「しばらくのあいだ、わたしと大臣の何名かで執務を代行いたします。その後に後任を指名するなり何なりされれば」
ダニエラが、じっと従者の姿を見る。
「よしなに」
やがてダニエラがそう答える。
「……聞いての通りだ、兄君」
バルドヴィーノが告げる。
「もう一つ」
パトリツィオが口の端を上げた。
「貴殿ら婚姻されては」
バルドヴィーノが無言で目を見開いた。
「あ……兄上、人の仲をとりもつ神経などあったのか」
「失礼だな、おまえ」
パトリツィオが眉をよせる。
「少なくともコンティは、この条件も呑んだものという認識で考える。この女王様が今後、うちの胃腸の弱いのにいくら政略結婚をもちかけようが既婚の女王などお断りということだ」
パトリツィオが言う。
「話が長引かんですむ」
そう言い、ダニエラにたいしての緊い拘束をようやく解いた。
「相分かった」
バルドヴィーノが淡々と答える。
承諾した内容がほんとうに分かっているのだろうかと確認したくなるほどの冷静さだ。
公の場では、とことん私情をおさえるのに慣れている人なのか。
「では合意ということで」
パトリツィオが、ダニエラから離れる。
離れるまぎわ、立ち上がった従者に向けてダニエラの背中を軽くつき飛ばした。
パトリツィオが玉座のまえの階段を降り、カツカツと靴音を立てて広間の出入口へと向かう。
ランベルトのまえを横切るさい、白い手袋をはめた手を差しだした。
「来いランベルト。帰るぞ」




