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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio sedici 一組の悪魔

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Una coppia di demoni. 一組の悪魔 II

 バルドヴィーノがため息をつく。

 改めて捕らえられた女王を見た。

「まずは、女王はランベルト(ぎみ)の能力で負傷された身だ。解放していただきたい」

 パトリツィオが苦笑する。

「こちらの目的は、この女王様を冥界にお連れすることなのだが? 負傷など関係ないだろう」

 バルドヴィーノはその場にひざまづいた。


「わたしが身代わりになる。王族とは親戚筋だ。女王には幼少時からお仕えし、執務も常にお手伝いさせていただいている。身分としても立場としても、不足はないだろう」


 ダニエラがハッと息を飲む。 

「女王にとっては統治する上でそれなりのダメージになるであろうとの自負はある。そちらの世界にふたたび接触するとしても、いくらかは支障が出るであろう」

 バルドヴィーノが、うつむいてしずかに言葉をつづける。

「――こちら側の弟君への狼藉(ろうぜき)の数々はおわび申し上げる。家中(かちゅう)の方々にもご心労をかけた」

「もう一人、私の元許嫁(いいなずけ)にもよけいな食費を使わせたわけだが」

 パトリツィオが不機嫌そうに言う。

 バルドヴィーノが顔を上げ、何のことやらという表情をする。

「……フランチェスカ殿のことはこのさいいいだろう、兄上。話がややこしくなる」

「何だと、おまえ」

 パトリツィオが声音を落とす。


「うぬぼれるな!」


 ダニエラがするどい声を上げる。

 パトリツィオにふたたびグッと首を捕らえられて顔をしかめる。


「おまえがわたしの身代わりなど、従者ふぜいが思い上がるな! おまえなど、いようがいまいがなにも変わらんわ!」


 パトリツィオに押さえつけられながら、ダニエラが長い黒髪を乱す。

「兄上」

 ランベルトは兄に目配せした。

 感情的なダニエラをはじめて見た。兄の言っていたとおりそういうことなのかと思う。

「せめて手を離してやってくれ、兄う……」

「ああそういう、恋仲同士のうつくしい(かば)い合いはいいから」

 パトリツィオが顔をゆがませる。

「男をつれて行ってもおもしろくないんだが、従者」

「そういう問題か、兄上!」

 ランベルトは声を上げた。

「おまえは黙っていろ!」

 パトリツィオがひざまずいた従者を見る。

「従者」

 パトリツィオが話しかける。


「統治する地を背負って命をもって責任を負うのが、統べる者の役割では?」


 そうパトリツィオは言った。

「貴殿の言うとおり、こちらは大勢の使用人を犠牲にされたうえ次期当主をなんども命の危険にさらされた。その一連の件を、この女王様の命一つで手打ちにすると言っているのだ。身代わりなどという問題ではないのは分かるだろう」

 跡継ぎ息子として、パトリツィオもとうぜんのように責任のとり方を教育されてきたのだろうか。

 ある程度の年齢になってから跡継ぎとしての教育を受けはじめたランベルトとは違い、物心ついたときからこうと教えられていた兄は、いったいどうやって幼心に受け止めて行ったのか。

 そしてその教育を受け、家のために生きると決めていた覚悟をいかせずに命を落としたことを、どう思っただろうか。


「馬鹿者と言われようがけっこう! たとえこの方が責任もとれん最低最悪の女王だと言われようが、わたしはこの方に生きていてほしい!」


 バルドヴィーノは声を上げた。

 広間奥の諸侯たちのいる場所から、ざわめきが聞こえる。

 パトリツィオがそちらをチラリと見た。

 ざわめきを背中で受け止めるかのように、バルドヴィーノはじっと(ひざ)をついている。

「最低最悪の女王は、どうせ生き延びたところで下の者たちの反発を食らい殺される。結果は同じだ」

 パトリツィオがそう答えた。

「それでも……!」

「兄上!」

 ランベルトは声を上げた。


「ダニエラ殿が女王の座を降りるということではだめなのか、兄上!」


 ランベルトは一歩まえに進みでた。

「そして、こちらの世界とは永久に行き来しないと約束していただく。それで手打ちというのはだめか、兄上!」

 パトリツィオが呆れた顔で弟を見下ろす。

 あらん限りの揶揄(やゆ)する言葉が返ってくるのを、ランベルトは覚悟した。

「どうする、従者」

 パトリツィオが鼻で笑う。

「お人好しの敵のトップが、妥協案を提示してくれたぞ」

 バルドヴィーノは黙っていた。

「おまえごときに、そんなことを決められるいわれは……!」

 ダニエラが身を乗りだしたが、パトリツィオにふたたび首を強くとられクッとうめく。

「トップではない。うちの実質的な家長はいまだ父上だ、兄上」 

「あんな使えんのは死んだことにしておけ」

 パトリツィオが真顔で言う。 

(こと)がおさまったら、地下のワインの(たる)に浸けこんでやる」

 生前にはいったい父とどんな関係性だったのだとランベルトは眉をよせた。

 問題があるようには見えていなかったが、子供だったので気づかなかっただけか。

「ランベルト(ぎみ)が父君の名代ということで、こちらはかまいません」

 バルドヴィーノが言う。

「ほら敵もそう言っている」

 パトリツィオが従者に向けて(あご)をしゃくった。





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