Una coppia di demoni. 一組の悪魔 I
広間の奥はしずまり返っている。
バルドヴィーノがチラリとそちらを見た。
「おかしな真似はしないように」
パトリツィオが口の端を上げて笑う。
「しませんよ。各諸侯に二名ずつ使役する者をつけるなどされては」
バルドヴィーノが答える。
ランベルトは広間の奥をふり向いた。
黒い影が犇めいている。兄が使役している者たちか。
「お姿を消していたのは、この手配をなさるためか」
「それと、人形ではない本物の女王様に出てきていただくためか」
ダニエラの首に回した腕を、パトリツィオがグッと締める。
ダニエラがクッと呻いて将校服の袖をつかんだ。
「やっと本体に会えたな、女王様」
パトリツィオが女王の耳元に顔をよせる。
「はじめまして」
ダニエラが、キッと睨みつける。
「従者」
パトリツィオは呼びかけた。
「けっきょく残酷で殺戮好きなのが、この女王様の本性らしいな。他家の次期当主を肉片にして屋敷に送るなどたいした発想だ」
「おやさしい面もあるのだ。貴殿になど分からん」
バルドヴィーノが剣の柄をにぎる。
「おかしいとは思っていた」
バルドヴィーノが声音を落とす。
「悪魔使いが消えれば、使役されている者どもはその場で動きが止まると聞いていた。だが貴殿の消滅と同時に姿を消した」
「動けない芝居をさせるべきだったか」
パトリツィオが肩をゆらして笑う。
ダニエラが身体をよじり懸命に抵抗するが、パトリツィオがギッチリとおさえこむ。
「どういうことだ、兄上!」
「おそらくは」
バルドヴィーノが代わりに答える。
「あの場にいた全員に催眠をかけたのかと」
そして消滅の瞬間を見たかのように錯覚させた。そういうことか。
「催眠能力しかとりえがないもので」
パトリツィオが肩をすくめる。
「なっ……」と声を上げてランベルトは兄の不敵な表情を見た。
あれだけ絶望し、それでも必死に意地を貫こうとした自身の悲愴感は何だったのだ。
「なぜ言ってくれなかった! 兄上!」
「おまえは顔に出るからだ」
パトリツィオがしれっと言い放つ。
「消滅していないとのメッセージなら送っていたでしょう。あの果物の料理では?」
バルドヴィーノが言う。
「え……」
ランベルトは兄の姿を見た。
部屋に運ばれたリンゴのパイ。シナモンの香りが脳内をよぎる。
「あれを運んでいた女官たちを城内で見た覚えがなかった。あちらの世界の料理などとめずらしいものを、だれが指図したのかもとうとう分からなかった」
バルドヴィーノが軽く眉をよせる。
「やっと腑におちた。貴殿が使役している者たちだったか」
「私が自身で潜入するよりはバレにくいからな」
パトリツィオが答える。
「ごもっとも」
「あのパイはそういうことだったのか、兄上!」
「おまえが気づかずに敵が先に気づいてどうする」
パトリツィオが呆れたように言う。
「情けない」
「女王陛下」
兄弟のやりとりにはかまわず、バルドヴィーノはダニエラに呼びかけた。
「遺憾かとは存じますが、あまり抵抗などせず私に委ねてくださいませんか」
「どうする気だ? 従者」
パトリツィオが腕をグッと上げてさらに締めつける。
ダニエラは反射的に将校服の袖をつかんだが、苦しそうながらもすぐに落ち着いた表情になった。
「いまならランベルトは能力を使えるぞ」
「貴殿にはその確証があるのか」
バルドヴィーノが目を眇める。
「コンティの悪魔祓いは、常に二人一組で闘っていた。悪魔使いと心臓を破壊する者とは、一族のなかの比較的ちかい血筋に、かならずどちらが欠けることなく生まれていた」
広間の奥からは物音一つしない。時おり何かが動く気の動きを感じたが、パトリツィオが使役する者なのか。
「つまり、どういうことなのかというと」
パトリツィオの声がしずかな広間内に響く。
「心臓を破壊する者はどういうわけか一人の例外もなく、悪魔使いと組んだときのみ能力を発揮できていた」
ランベルトは無言で目を見開いた。
「元々ギレーヌ一人の能力だったのが関係しているのかもしれないが」
「先ほど急にランベルト君の能力が発動したのは、貴殿がきたからか」
「なるほど」とバルドヴィーノがつぶやく。
パトリツィオが、クッと口の端を上げる。
「消滅させなくてよかったな、従者。私がいなければランベルトはただの胃腸の弱い者だ。説得してもまったく意味はなかった」
「胃腸……?」
ランベルトは眉をよせた。
「だが、来たところで貴殿は協力してくださるのか」
「しない」
パトリツィオがキッパリと答える。
「ランベルトが協力すると言っても、全力で止める」




