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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio sedici 一組の悪魔

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Una coppia di demoni. 一組の悪魔 I

 広間の奥はしずまり返っている。

 バルドヴィーノがチラリとそちらを見た。

「おかしな真似はしないように」

 パトリツィオが口の端を上げて笑う。

「しませんよ。各諸侯に二名ずつ使役する者をつけるなどされては」

 バルドヴィーノが答える。

 ランベルトは広間の奥をふり向いた。

 黒い影が(ひし)めいている。兄が使役している者たちか。

「お姿を消していたのは、この手配をなさるためか」

「それと、人形ではない本物の女王様に出てきていただくためか」

 ダニエラの首に回した腕を、パトリツィオがグッと締める。

 ダニエラがクッと呻いて将校服の(そで)をつかんだ。


「やっと本体に会えたな、女王様」


 パトリツィオが女王の耳元に顔をよせる。

はじめまして(ピアチェーレ)

 ダニエラが、キッと睨みつける。

「従者」

 パトリツィオは呼びかけた。

「けっきょく残酷で殺戮(さつりく)好きなのが、この女王様の本性らしいな。他家の次期当主を肉片にして屋敷に送るなどたいした発想だ」

「おやさしい面もあるのだ。貴殿になど分からん」

 バルドヴィーノが剣の柄をにぎる。

「おかしいとは思っていた」

 バルドヴィーノが声音を落とす。

「悪魔使いが消えれば、使役されている者どもはその場で動きが止まると聞いていた。だが貴殿の消滅と同時に姿を消した」

「動けない芝居をさせるべきだったか」

 パトリツィオが肩をゆらして笑う。

 ダニエラが身体をよじり懸命に抵抗するが、パトリツィオがギッチリとおさえこむ。

「どういうことだ、兄上!」

「おそらくは」

 バルドヴィーノが代わりに答える。


「あの場にいた全員に催眠をかけたのかと」


 そして消滅の瞬間を見たかのように錯覚させた。そういうことか。

「催眠能力しかとりえがないもので」

 パトリツィオが肩をすくめる。

 「なっ……」と声を上げてランベルトは兄の不敵な表情を見た。

 あれだけ絶望し、それでも必死に意地を貫こうとした自身の悲愴感は何だったのだ。


「なぜ言ってくれなかった! 兄上!」

「おまえは顔に出るからだ」


 パトリツィオがしれっと言い放つ。

「消滅していないとのメッセージなら送っていたでしょう。あの果物の料理では?」

 バルドヴィーノが言う。

「え……」

 ランベルトは兄の姿を見た。

 部屋に運ばれたリンゴのパイ。シナモンの香りが脳内をよぎる。

「あれを運んでいた女官たちを城内で見た覚えがなかった。あちらの世界の料理などとめずらしいものを、だれが指図したのかもとうとう分からなかった」

 バルドヴィーノが軽く眉をよせる。

「やっと腑におちた。貴殿が使役している者たちだったか」

「私が自身で潜入するよりはバレにくいからな」

 パトリツィオが答える。

「ごもっとも」

「あのパイはそういうことだったのか、兄上!」

「おまえが気づかずに敵が先に気づいてどうする」

 パトリツィオが呆れたように言う。

「情けない」

「女王陛下」

 兄弟のやりとりにはかまわず、バルドヴィーノはダニエラに呼びかけた。

「遺憾かとは存じますが、あまり抵抗などせず私に(ゆだ)ねてくださいませんか」

「どうする気だ? 従者」

 パトリツィオが腕をグッと上げてさらに締めつける。

 ダニエラは反射的に将校服の(そで)をつかんだが、苦しそうながらもすぐに落ち着いた表情になった。

「いまならランベルトは能力を使えるぞ」

「貴殿にはその確証があるのか」

 バルドヴィーノが目を眇める。


「コンティの悪魔祓いは、常に二人一組で闘っていた。悪魔使いと心臓を破壊する者とは、一族のなかの比較的ちかい血筋に、かならずどちらが欠けることなく生まれていた」


 広間の奥からは物音一つしない。時おり何かが動く気の動きを感じたが、パトリツィオが使役する者なのか。

「つまり、どういうことなのかというと」

 パトリツィオの声がしずかな広間内に響く。


「心臓を破壊する者はどういうわけか一人の例外もなく、悪魔使いと組んだときのみ能力を発揮できていた」


 ランベルトは無言で目を見開いた。

「元々ギレーヌ一人の能力だったのが関係しているのかもしれないが」

「先ほど急にランベルト(ぎみ)の能力が発動したのは、貴殿がきたからか」

 「なるほど」とバルドヴィーノがつぶやく。

 パトリツィオが、クッと口の端を上げる。

「消滅させなくてよかったな、従者。私がいなければランベルトはただの胃腸の弱い者だ。説得してもまったく意味はなかった」

「胃腸……?」

 ランベルトは眉をよせた。

「だが、来たところで貴殿は協力してくださるのか」

「しない」

 パトリツィオがキッパリと答える。

「ランベルトが協力すると言っても、全力で止める」





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