Regina delle rose sul trono. 玉座の薔薇の女王 III
「やれ」
ダニエラとは違う男性の声が響いた。
とり囲んだ剣にことごとく暗いオレンジ色の炎がからみつき、兵士たちの態勢が乱れる。
兵士たちは炎をふりはらおうと腕をふったが、こんどはその腕につきつぎと赤い蛇のような炎がからみ、たまらずに剣を落とす。
ランベルトは戸惑い、周囲を見回した。
兵士の一人が、何かに気づいたのか天井のシャンデリアに向けて剣を投げつけた。
シャンデリアから大きな炎が吹きだし、剣が炎に呑みこまれる。
煤まみれの剣がカシャンと赤い絨毯の上に落ちた。
何かの警告のように兵士の足元に細い炎が這い、周囲をぐるりと一周する。
ランベルトは、炎の這う様子を目で追った。
ダニエラが黒い扇をひらき横にかざす。
炎が蛇のように這い、階段をのぼり玉座の足元に達した。
「誰ぞ、痴れ者が！」
ダニエラの周囲に強い風が起こる。
胸に咲いた巨大な薔薇が、身体を引き裂こうとでもするかのようにギシッと膨張する。
ダニエラは痛みをこらえて目を眇めたが、それでも堂々とした態度は変えず一歩まえに踏み出した。
「ご無礼！」
バルドヴィーノが、剣の柄に手をかけながら玉座まえの短い階段を駆けあがる。
炎は、嘲るかのように二人の足元でとだえた。
広間がしずまり返る。
焦げた匂いがあたりに漂っていた。
奥にいる諸侯たちがやけにおとなしい気がして、ランベルトは怪訝に思った。
先ほどよりも人影が多い気がするが、気のせいか。
バルドヴィーノが、何を思ったか微笑した。
「衛兵」
バルドヴィーノが落ち着いた口調で呼びかける。
「もういちどランベルト君を威嚇しろ」
威嚇すれば、また何かが起こるのか。兵士たちが戸惑った表情でランベルトを見る。
「殺すつもりでかまわん。彼は女王に武器を向けた罪人だ」
ランベルトを唯一庇っていたバルドヴィーノが唐突に意見を変えたことに、兵士たちはさらに困惑したようだった。
一人の兵士が、もういちどランベルトの首筋に抜き身の剣をよせる。
ランベルトは銃をとりだした。
安全装置を上げ、手近な兵士に向けてかまえる。
とたんに兵士のうちの何人かが、顔をゆがめた。胸をおさえて前かがみになる。
「心臓だ！ 応急処置のできる者を呼べ！」
バルドヴィーノが階段下にいる者に向けて指示した。
「早く！」
年若い従者が広間の出入口に走る。
残りの兵士たちが、ランベルトを避けるように後ずさった。
バルドヴィーノが女王を背中に庇いランベルトを見つめる。
「……偶然かな」
そうつぶやく。
バルドヴィーノは広間内を見回した。
「お姿を現しては」
ランベルトの後方のあたりに向けて、バルドヴィーノはそう言った。
背後から靴音が聞こえる。
徐々にこちらに近づき、ランベルトの横を白い将校服の人物が通りすぎた。
通りすぎるまぎわ、ランベルトの肩にスッと手袋をはめた手を置き、すぐにまえへと進み出る。
姿勢のよい歩き姿で玉座に歩みよる人物のうしろ姿を、ランベルトは目を見開いて凝視した。
自身とよく似た背格好、うしろで結わえたダークブロンドの髪。
バルドヴィーノは、その人物の顔をじっと見つめた。
「やはり、消滅などされてはいなかったか」
落ちついた口調でそう言う。
ダニエラがきつく眉をよせて、黒いレースの扇をふりあげた。
広間内に突風が起こり、ランベルトは腕で顔をおおう。
黄色い薔薇の花弁がはげしい風にのって舞い、下降するときには刃物のように煌めいた。
「兄上！」
ランベルトはとっさに声を上げた。フリントロック銃の撃鉄に手をかける。
将校服の人物が、わずかにこちらを向いた。
仮面はつけていなかった。口元が微笑していたように見える。
まぎれもなく兄のパトリツィオだ。
刃物のようにするどく変化した薔薇の花弁がパトリツィオの歩いていたあたりにつき刺さる。
パトリツィオの姿は、残像を残して消えていた。
「兄上！」
ランベルトがそう叫んだのと、玉座のまわりに細い炎が通ったのとは、ほぼ同時だった。
ダニエラの立ち姿が大きくゆれる。
バルドヴィーノはふり向いて舌打ちした。武器に手をかけながらも動作を止める。
「動くな」
ダニエラの背後から、男性の声がした。
パトリツィオが女王の首に腕をかけ、扇を持った手をつかみ拘束している。
「動くなよ、従者」
パトリツィオが片眉を上げた。
「無礼な。陛下にお手をふれるなど」
「密着もできんでいるから守りきれないんだろうが。相変わらず不健康な間柄だな」
パトリツィオが鼻で笑う。
「お集まりの諸侯の方々も動くな。動けば女王とともに冥界にお連れする」
パトリツィオの声が響く。
窓ぎわにいた諸侯たちからは、吐息の音すら上がらない。
先ほど人影が増えたように感じていたが、使役している者たちに拘束でもさせているのか。
広間の壁にそって、ドレスの女性たちが並びひかえている。
食事を運んできていた女官たちだとランベルトは気づいた。
