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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio quattrodici リンゴのパイを召し上がれ

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Avere una torta di mele. リンゴのパイを召し上がれ II

「一人の人物なのですから、いろいろな側面はありますよ。ひとことでは言えない」

 かなり間を置いてから、バルドヴィーノはそう答えた。

「ただ為政者として、私情より種族としての利益を優先すべきと必死で思っている方なのはたしかです」

 そう言うと、クスリと笑う。

「まあ元々こちらの王族は、魔力の強さで権力を得てきた一族だ。好戦的な面をおもちなのは否定しませんよ」


「やさしい方というわけではないのか」

「やさしさの定義と、そのやさしさをどこに向けるかの問題なのではと」


 そうバルドヴィーノが答える。

「あなたの兄君もそうでしょう?」

 ランベルトは目を眇めた。

 兄への一方的な非難を口にされるのかと予想する。

「あなたにとっては守ってくださるおやさしい方かもしれないが、使役されている者たちにとっては、非情な主人だ」

 バルドヴィーノは言った。

「ましてわれらにとっては、同族同士の戦いをけしかけ種族の存続を邪魔する悪魔そのものだ」

「……子供ではないのだ。立場によって見方が変わるということくらい分かる」

 ランベルトはそう応じた。

「たが屋敷の使用人たちは、この事にはまったくの無関係だった。あんなおぞましい扱いをしたことは、どちらの立場になっても正当性などない」

「ごもっとも」

 バルドヴィーノが冷静に答える。

「だからこそお屋敷の件は、ダニエラ様とは関係のないただの怪異として受けとっていただけるよう演出した」

 ランベルトは眉をよせた。

 従者をにらみ、非難の表情を向ける。

「話が元にもどってしまいましたね」

 バルドヴィーノが苦笑する。

「……怒らせたいのか」

「いいえ」

 バルドヴィーノが答える。

「いまさら弁解するつもりはありません。こちらにできるのはもう、あなたの同情を乞うか、あなたを脅すか、いずれかの方法で協力をお願いすることだけだ」

「脅しになどだれが乗るか!」

 ランベルトは声を荒らげた。

 しばらく何も口にしていなかったため軽い貧血を起こしたが、平気なふりをした。

「いますぐ殺すと言われても、協力などしない」

 バルドヴィーノは、ランベルトの顔を凝視した。

「せっかく兄君が守ってくださった身だ。そう命を投げ出すことばかりを前提に考えることもないでしょう」

 そう言い、きびすを返す。


「その果物は。あちらの世界から調達したのか?」


 バルドヴィーノが、パイの大皿の横に立つ女官に問いかける。

 女官が無言でうなずいた。

「変わった調理法だ。どんなふうに作る」

「リンゴを切って、パイ生地で包んで焼くんだ」 

 ランベルトは、窓ぎわの壁に背をあずけ答えた。

 バルドヴィーノが意外そうな顔でふり向く。

「良家のご子息が、料理の手順を知っているなどめずらしい」

 そう言い苦笑する。

「そちらの風習ではそんなものなのですか?」

「……私がたまたま知っていたというだけだ」

 兄はまったく知らなかったと続けそうになり、ランベルトは口をつぐんだ。

「あたらしい厨房係でも入ったのか?」

 バルドヴィーノが手近な女官にそう訪ねる。

 女官がにっこりとほほえんだ。

「けっこう。ランベルト(ぎみ)も、こちらの料理ばかりでは気が立つ一方だろう」

 そう言うとバルドヴィーノはパイをじっと見た。


「……ご無礼ながら、一切れちょうだいしてもよろしいですか」


「勝手にすればいい」

 ランベルトは吐き捨てた。

「切り分けてくれ」

 女官がていねいに切り分ける。バルドヴィーノは受けとった。

 ゆっくりとその一切れを平らげる。

「なるほど」

 品のよい仕草で指先をなめ、そうつぶやく。

「では。ランベルト(ぎみ)

 バルドヴィーノはそう言うと、カツカツと靴音をさせて出入口に歩を進めた。

 一礼して退室する。

 廊下を遠ざかって行く靴音をじっと聞いてから、ランベルトは女官たちに目線を移した。

 女官たちはテーブルの両脇に並び、カーテシーによく似た仕草で(ひざ)を折っている。

「きみらも下がっていいよ」

 ランベルトは言った。

 手前の女官がにっこりと笑いかけ、リンゴのパイの皿を差しだす。

「悪いがいらん」

 ランベルトはそう答えた。

 バルドヴィーノとは違うべつのだれかの指示で来ているらしいが。

 この城中で、自身を向こうの世界の料理でもてなすほど好意的に見ている者などいたのだろうか。

「何という方の指示で来ている」

 ランベルトは問うた。

「それともダニエラ殿か? 懐柔策にでもでたか」

 女官たちが無言でにっこりと笑う。

 言えない理由でもあるのだろうか。ランベルトは軽く眉をよせた。

 女官のひとりがふたたびパイの皿を差しだす。

「きみたちには悪いが、ほんとうにいらん」

 ランベルトは顔を逸らした。

 なおも女官はにっこりと笑い、鼻先にパイを差しだす。


「せめてもの意地なんだ。通させてくれ!」


 リンゴのパイの甘ったるい匂いと、シナモンの香りが鼻をついた。

 空腹の腹にこたえる。

 だがそれ以上に、リンゴのパイで思い出してしまった兄とのやりとりが次々と脳裏をかすめ、ランベルトは涙をこらえた。





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