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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio quattrodici リンゴのパイを召し上がれ

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Avere una torta di mele. リンゴのパイを召し上がれ I

 部屋のドアをしずかに開けて、数人の女官たちが食事を運ぶ。

 品がよく、したてのいいドレス。

 暖炉(だんろ)のまえのテーブルにきれいにテーブルクロスをしき、手ぎわよく食器を並べて食事をとり分ける。

 この部屋に通されてから、なんどか見た光景だ。

 気味のわるいほどの待遇のよさに、ランベルトは逆に嫌悪を覚えた。

 自分たちにとって利益のある人間だと確証したら、これとは。


「きみらの主人に伝えろ。なんども言うが、協力する気はない」


 ランベルトは窓ぎわに立ち、いちばん手近な女官に告げた。

 飴色の髪をきれいに整えた女官が、無言で微笑を返す。

 聞きながせとでも言いつけられているのか。

 野菜を煮こんだ田舎ふうのスープの匂いがただよう。

 酒は古代のものとほぼ同じだとバルドヴィーノが言っていたが、スープは根菜が多いように思う。

 太陽の光を浴びて育つような作物は作られていないということか。

 一人の女官が、どうぞというふうに食事を指す。

「いらん」

 ランベルトは答えた。

「私もそれなりの家の者だ。敵陣でほどこしを受けるような教育はされていない」

大袈裟(おおげさ)な方だ」

 開け放たれた出入口から、張りのある男性の声がする。

 入口のたて枠に手をつき、バルドヴィーノがこちらを覗いていた。

「こちらは敵のつもりはありませんよ。本来なら、女王陛下と婚姻していただいて王家のご親戚という形でおだやかに協力していただくつもりだった」

「あれだけの惨状をまねいておいて何が」

 ランベルトは吐き捨てた。


「兄君がいらっしゃらなければ、お屋敷のあれはダニエラ様とは何の関係もない怪異ですんだはずだった」


「兄が話を(こじ)らせたような言い方をするな! 私とコンティを利用して(こと)を進めようとしていたのに変わりないではないか!」

 ふいに目眩(めまい)がして、ランベルトは出窓の下の縁部に手をついた。

 食べていないせいかと思いながら、平静を装う。

「怒りっぽくなっていらっしゃるようだ。兄君のためにも召し上がったほうがよいのでは」

 バルドヴィーノが言う。

「何を……」

「兄君が消滅を覚悟してまで冥界からいらっしゃったのは、あなたを守るためだったはず。自身の消滅を苦にあなたに餓死されては、もとも子もない」

 ランベルトは唇をかんだ。

 兄の消滅すら利用されているような気がして、腹立たしい。


 先ほどの飴色の髪の女官と目が合う。にっこりと笑いかけてきた。

 切り分けたパイを乗せた小皿を薦めてくる。


 砂糖で煮込んだリンゴが飾りつけてある。

 リンゴのパイか。

 バルドヴィーノがこちらを見る。 

「果物の料理とはめずらしい」

 バルドヴィーノが微笑した。

 兄と屋敷を抜けだす直前、二人で厨房に入りリンゴを食べたことを思いだした。

 これなら食べられるかと兄が投げてよこした。

 あのとき兄だと気づいていれば。

 ランベルトはふたたび激しい後悔の念にさいなまれた。

 あのとき、兄はリンゴのパイの作り方をきいてきた。

 丸いリンゴをどうやってパイにするのか見当すらつけられない様子に、良家の跡継ぎ息子だったのだろうかと想像した。

「毒など入っていませんよ」

 バルドヴィーノがそう話しかけてくる。

「われわれは、古くから薬物のあつかいが得意な種族ですからね。警戒するのは分かるが、誓って入れていない」

「何に誓っているんだ。貴殿たちの神か」

 ランベルトは吐き捨てた。

 バルドヴィーノが苦笑する。

「たしかにわれわれの種族は、あなた方ほど強い信仰はない。そこがあなた方の宗教に目をつけられた原因でもあったかもしれないが」

「兄は、あなた方がこちらの人間を獲物の小動物くらいにしか考えていないので、悪者にしたてやすかったのだと言っていた」

「まあ、そんな背景もあったでしょうね」

 とくに感情も込めずバルドヴィーノが言う。


「あなた方をどう見ているかは、個別の差が大きいですよ。あなた方だって、異教徒にたいしての温度差はそれぞれでしょう?」


 バルドヴィーノが答える。

「ダニエラ殿はどうなのだ」

 ランベルトは問うた。

「あの人は、下の者にたいしてずいぶん冷酷な印象があるが」

 バルドヴィーノが宙をながめる。ややしてから口を開いた。

「あなた方に関しては、こちらで記された記録でしか知らなかったと思いますよ」

「じっさいの彼女はどんな人なのだ。私には、冷酷で殺戮(さつりく)の好きな人にしか見えていない」

「どうと言われても」

 バルドヴィーノは苦笑した。

「貴殿とは、恋仲なのではと兄が言っていたが」

 バルドヴィーノはふたたび宙を見上げた。

 読みにくい表情だった。





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