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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 心臓を動かす手

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Mani che muovono il cuore. 心臓を動かす手 II

 バルドヴィーノが退室したあと、ランベルトは落ちつかず窓の外を眺めていた。

 正面の大きな窓から見えるのは、あいかわらず紺鼠色の空に黒い雲がゆっくりと渦巻いている景色だ。

 枯れた木々のゆれる森と、遠くに広がる墓地。

 左右にある小部屋を見やるが、だれかが出てくる様子はない。

 ほんとうに監視の者などを置いているわけではないのだなと思う。

 彼らの真意が分からない。どうも一枚岩ではないらしいが。

 種族を救う能力がどうと言っていたが、どう考えをまとめたらいいのか。

 コンティ家の過去や「悪魔」について知っていた兄はいない。

 バルドヴィーノは消滅せずにいる線も想定しているらしいが。


「いないではないか……」


 ランベルトは目を伏せた。

 部屋の中央にあるベッドに座る。ため息をついた。

 部屋のドアがノックされる。

 ランベルトは顔を上げた。

 バルドヴィーノだろうか。

 だれであろうが返事をする義務などないと思った。どうせこの城内には敵しかいない。

 ノックの主は、去りもせずその場にいるようだ。

 返事をせずともかまわず開けられるかもしれないとランベルトは思った。


「ランベルト、私だ」


 聞き覚えのある声がする。

「叔父上……?」

 ランベルトは複雑な心情で眉をよせた。

「入っていいか」

 ガエターノが問う。

 返事に迷う。

「……いまでなくてはなりませんか、叔父上」

 ランベルトはそう答えた。

 言ってみてから、ではいつならいいのかと自身に尋ねた。

 この事態を招き入れた張本人ともいえる叔父となど話したくもないが、いま自身は女王の気分次第でいつ処刑されてもおかしくない身だ。


「できればいまにしてくれないか、ランベルト。ここにそう自由自在に来られるわけではない」


 ランベルトはしばらくうつむいて考えた。

 話したくはない人だが、いまのところ唯一まともな状態の身内だ。話しておくべきだろうか。

「どうぞ」

 ランベルトはそう声をかけた。

 ガエターノがしずかにドアを開ける。

 バルドヴィーノがうしろにひかえているのが目に入った。ドアが開くと同時に、こちらに向けて会釈をする。

 彼に案内されてきたのだ。

 叔父は完全に敵側の人間なのだと認識する。


「ご自分の裏切りのおかげで捕虜になった(おい)を、二度も見物しにいらっしゃいましたか」


 二人きりになるのを待ってランベルトはそう告げた。 

 意外にもガエターノは、はっと息を吐いて苦笑する。

「言い回しがパトリツィオそっくりだな。いっしょにいたというのは、やはりほんとうなのか」

「……あなたには関係ない」

 ランベルトはそう返した。

 ガエターノはベッドに近づくと、分厚い本を放ってよこした。

 本は掛布に埋まるようにしてランベルトのすぐ横に着地する。

「ギレーヌが書いた覚書(おぼえがき)の写しだ。長いこと借りたままで悪かった」

 ガエターノがそう告げる。

 ランベルトは本を手にとった。

 深緑色を基調とした装丁には、コンティの薔薇(ばら)の紋章が記されている。

「……こちらの屋敷は、もともとあなたが生まれ育ったところだ。本くらい気になさることはないでしょう」

 ランベルトは叔父から顔を逸らした。

「読んだことはあるか」

「私はこの覚書の存在すら知りませんでした」

 ランベルトはそう答えた。

「パトリツィオは知っていたのか」

 ランベルトは唇をかみ、しばらく黙っていた。





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