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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 心臓を動かす手

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Mani che muovono il cuore. 心臓を動かす手 I

 通された部屋は、古典的な印象のある部屋だった。

 十世紀前後の私室のような感じか。

 部屋中央に設置された大きめのベッドやソファは見慣れたものとあまり変わらないが、テーブルは華美な装飾が重視されている感じだ。

 主室の奥に、扉のない小部屋が二、三あるようだった。

 そちらに監視の者でもいるのかとランベルトは様子を伺ったが、人のいる気配はない。

 テーブルの上にはシンプルな燭台(しょくだい)が置かれ、ベッド横のサイドテーブルには、ワインのようなものが入った水差し(カラッファ)とグラスが用意されている。


「あなたの住む世界と同程度に明るい部屋を選びましたが、視界はどうです」


 バルドヴィーノが問う。

 言われてみれば、広間で感じた視界のままならない感覚はない。

「牢獄ではないのか」

 ランベルトは尋ねた。

「あくまで貴賓(きひん)として扱う方針です。そのくらいの節度はある。ご安心ください」

 そうバルドヴィーノが告げる。

「貴殿らの統治者に銃を向けたのだ。身分がどうであろうと、牢獄に入れるのがふつうの判断だろう」

「兄君を亡くされた直後です。大事な方を亡くされて一時的に判断力をなくされるのは、よくあることだ」

 バルドヴィーノは、グラスの置いてあるテーブルに近づいた。

「こちらのハーブ酒です。あなたの住む世界の古代の酒とほぼ同じものだ。少し飲まれては。落ちつけるかもしれない」

 カッと頭に血が昇るのをランベルトは感じた。

 横を向いていたバルドヴィーノの正装の(えり)をつかみ、強引に上向かせる。

「兄は貴殿らとの戦いで消滅したのだ! いってみれば私は貴殿らの捕虜であろう! もてなすなど何のまねだ!」

 襟をつかまれたまま、バルドヴィーノは冷静にランベルトの顔を見下ろした。


「一つお聞きしたい」


 落ちついた口調でバルドヴィーノが問う。

 ランベルトは睨みつけた。聞く必要などない。どうせ愚にもつかない(なだ)め文句だろう。

 ランベルトの反応にかまわず、バルドヴィーノが口を開く。


「兄君は、ほんとうに消滅されたのか?」


 ランベルトは目を見開いた。

「何を……」

「あの方にしては、ずいぶんと簡単だった気がする。ランベルト(ぎみ)、何かうち合わせ済みなのでは?」

 ランベルトは眉をよせた。

 バルドヴィーノが心の奥底をさぐろうとするようにじっと目を合わせる。

 心地の悪さを感じて、ランベルトは手を離した。

「……それは? あなたにも罪悪感はあるとでも言いたいのか。どうにか逃れていると思いたいのだと」

「いいえ。ただ事実をお聞きしたいだけです」

 バルドヴィーノが答える。

 兄が消滅したときのことを思い出すだけで、心がえぐられる気がするのだ。

 直前に能力に目覚めておきながら、なぜ助けられなかったのか。

 あまつさえ肝心なときにその能力は発動せず、兄の仇すらとれなかったのだ。

 ランベルトは自身の胸のあたりをつかんだ。


「消滅したのだ! 貴殿は見ていなかったのか!」


 バルドヴィーノはしばらく押し黙ってこちらを見ていた。

 やがて折りめ正しく一礼する。

「承知いたしました。ランベルト(ぎみ)におかれては、一日も早く悲しみから立ち直られるようお祈り申し上げる」

「白々しい」

 ランベルトは吐き捨てた。





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