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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 心臓を動かす手

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Benvenuti negli incubi. 悪夢へようこそ V


「ランベルト(ぎみ)!」


 バルドヴィーノは玉座に駆けよると、ダニエラのほうに手を伸ばした。

 広間の奥の激しくざわついた声が耳に入る。

 ダニエラは表情も変えず立ち上がり、黒いレースの(おうぎ)でなぎ払うような仕草をした。

 風が、玉座とその周辺をおおうように(うな)る。

 バルドヴィーノがホッと息をつき歩調をゆるめた。

 カツンと音がし、固い床を金属が転がる。

 自身の放った弾丸だとランベルトは気づいた。

 ふつうの人間が放った弾丸なら、魔力でどうにかなると以前バルドヴィーノが言っていた。

 (はじ)かれたのか。

 兄がいっしょのときに能力を発揮していたのは何だったのか。

 カン、カン、と石の床を小さくたたいて転がる弾丸の音に、ランベルトは絶望した。

「ランベルト(ぎみ)

 バルドヴィーノがこちらに近づき、腕をつかむ。

「いまだお力は不安定であられるようだ」

 バルドヴィーノが言う。

 ダニエラは扇を閉じ、ゆっくりと座った。

「失礼いたします」

 バルドヴィーノが、ランベルトの手から拳銃をとり上げようとする。

「さわるな!」

 ランベルトは声を上げた。


「処刑でも投獄でも好きにしたらいい。だが、兄がもって行けと言った拳銃だ。とり上げるのはゆるさん!」


 ランベルトは叫んだ。

 拳銃をもって行けと言ったさい、兄は火薬の薬包もと言った。

 自身が生きていたころには、弾丸ではなく火薬を包みごと入れる銃がまだ主流であったと。

 そうむかしの人物ではないのだと、あれで見当をつけていた。

 なぜあれで気づかなかったのだ。

 バルドヴィーノが軽く眉をよせ、ランベルトの表情を見ていた。

 ややしてふり返り、手近にひかえた正装の者に声をかける。

「お部屋を用意してさし上げてくれ。少し休んで落ちついていただこう」

「バルドヴィーノ殿!」

 暗い広間の一角から、年配の男性の声が上がる。

「何を丁重にもてなす理由がある! 女王陛下に武器を向けたのだぞ!」

 男性に賛同するような声が上がった。

 「殺せ」と言っている声も混じっているのを、ランベルトは確実に聞きとった。


 命乞いなどするものか。唇をかむ。

 兄の仇がとれないのなら、せめて誇りだけでも見せつけてやる。


 その強い思いで自身の精神を支えた。

「だが、諸侯の御方々!」

 バルドヴィーノが声を上げる。

「もしかしたら、種族を救える唯一の能力者かもしれないのだ!」

 ランベルトはおもむろに顔を上げた。

「……どういうことだ」

 ランベルトを(かば)うような位置に立った従者のうしろ姿を凝視する。

「でたらめだ!」

 そう声が上がる。


「忌み嫌われていた女が、自身を擁護するために書き残したにすぎない!」


 壮年の男性の声が上がる。 

「さまざまなご意見もおありでしょうが、ためしてからでも遅くはないはず!」

 広間の奥の人々に向けて、バルドヴィーノがそう反論する。

「どういうことだ」

 ランベルトは従者に尋ねた。

「忌み嫌われていた女とは、ギレーヌか?」

「陛下」

 バルドヴィーノが、玉座をふり向く。

 (ひじ)かけに寄りそうように座ったダニエラが、ランベルトをじっと見つめる。

 ゆっくりと目線を逸らした。

「よしなに」

 そうとだけ言う。

「ランベルト(ぎみ)

 ランベルトの背中を軽く押し、バルドヴィーノは出入口のほうへと促した。

「お部屋をご用意いたします。話もそこで」

 従うべきかランベルトは迷った。

 自身の命についてはもう覚悟を決めているが、少しでもコンティを守る方法と兄の仇がとれる方法を模索したい。

 ランベルトはふり向いて、ダニエラのほうを見た。

 黒い扇を(ひざ)の上に置き、ダニエラは無表情でこちらを見ている。

 胸に咲いた巨大な黄色い薔薇が、細かい血管を花弁に這わせて脈打っていた。


 ふと、痛いのではないかとランベルトは思った。


 切れ間なく(さいな)む痛みに、じつは懸命に耐えて威厳を保っているのではと思った。

 ただの憶測にすぎないのだが。





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