Benvenuti negli incubi. 悪夢へようこそ III
暗い廊下を、ガエターノが立ち去る。ランベルトはじっと睨むように見ていた。
「ランベルト君」
バルドヴィーノが呼びかける。
「改めて。われらの女王陛下にお会いいただいてよろしいか」
「……会いたくないと言っても、どうせダニエラ殿のまえに引きずり出されるのだろう?」
「そんな乱暴なことはいたしません」
バルドヴィーノが微笑する。
「会った瞬間に――」
ランベルトはそう言いかけて、押し黙った。
前ポケットにさりげなく手を入れ、拳銃のグリップを握る。
「警戒はしないのか」
「あなたは、だれかを殺せるような人ではない」
バルドヴィーノが苦笑する。
「不思議なものですね。心臓を破壊するなどという物騒な能力をもちながら、なぜそうも気持ちがやさしいのか」
ランベルトは無言で顔を逸らした。
霊として現れはじめた当初、兄は心臓を破壊する者はおおむね押しの弱い者が多いなどと言っていたが。
冗談だったのか本当のことなのか。
「叔父を、どうやってたぶらかした」
ランベルトは問うた。
「クラリーチェのことで脅迫でもしたのか」
「彼のほうから協力を持ちかけてきました」
バルドヴィーノが答える。
「どうやって……」
「彼は、ポンタッシェーヴェの所有地の管理を任されていた。われらの種族が最後までいた土地の一つだ。こちらの世界への扉が開きやすいんですよ」
「叔父は、どちらかの能力を持っているのか?」
「ないそうですよ」
バルドヴィーノが答える。
「能力はないが、魔力が通じにくかったり、われらの世界に行き来が可能だったり。コンティにむかしからいた素質だけをもつ者の一人なのでしょうね」
バルドヴィーノがしずかにランベルトの背中を押す。
廊下の先に、レリーフのほどこされた大きな扉が見える。
ダニエラが待ち受けている部屋かとランベルトは直感した。
「われらの女王陛下と、諸侯の皆さまおそろいです」
ランベルトは、顔を強ばらせた。
敵のなかに一人で放りだされるわけかと認識する。
殺される覚悟をした。
重厚な扉が開けられる。
ゆっくりと開いていくさまをランベルトは横目で見た。
かなり分厚い扉だ。
素材は鉄か鉛だろうか。暗いのではっきりとは分からない。
なかは広間のようだが、かなり暗い。
壁のところどころに燭台があるが、ほとんど室内を照らしていない。
ランベルトの住む世界とくらべると、こちらの灯りはあまり照らす力がないように感じられる。
目が慣れてくると、広間の壁にそって並ぶ兵士と思われる者たちと奥に集まる人々の影に気づいた。
ザワザワとひそめた話し声が聞こえる。
何を言っているのかは聞きとれないが、好奇心と嫌悪の二通りを向けられていると感じた。
バルドヴィーノがまえに立ち、先導するように歩きはじめる。
何となく兄の白い将校服の背中に庇われていたことを思い出した。
こちらは庇ってくれているわけではないだろうが。
しばらくしてから、玉座につづく長い絨毯の上を歩いているのだと気づく。
足元の感触からして、絨毯の下は石の床だろうか。
古い城なのだろうかと思う。
そういえば以前この世界に連れてこられたとき、墓地のずっと向こうに古い城のシルエットがなかっただろうか。
しばらく歩を進めると、前方の巨大な玉座にドレスを着た人物が座っているのに気づいた。
「女王陛下」
バルドヴィーノが膝をつく。
玉座の人物は、わずかに衣ずれの音をさせた。
「ランベルト様」
人物の顔の下半分にうすい光が差し、真っ赤な唇が動いたのが見える。
「ダニエラ殿か……?」
そうつぶやいてから、ランベルトは目を眇めた。
この人さえいなければ、兄は冥界でしずかに過ごしていられたのだ。
そして、いつの日か転生する日を待つことができた。
どんな事情があるのかは分からない。
だが、悪魔祓いなどとうのむかしに忘れていたコンティを巻きこむほどの事情だったのか。
関係のない使用人たちに、あんな悲惨な死に方をさせるほどの事情であったのか。
「ランベルト様に灯りを」
ダニエラがしずかな口調で命じる。
「われらと同じ血を引くとはいえ、やはりお目のつくりは向こうの人間並みのようだ」
侍女と思われる女性たちが、炬火を持ちダニエラの周囲を照らす。
うつくしく整った顔が、うす暗いなかに浮かび上がった。
ゆるやかな曲線をえがいた眉、目尻の鋭い大きな赤い目、白い頬とくっきりと通った鼻梁、深紅がよく似合う形のよい唇。
いままでとは違い、偽の作りもののような気配はない。
これが本物のダニエラなのだとランベルトは直感した。
黒いドレスを身につけていたが、胸に巨大な黄金の薔薇が咲いている。
「悪夢の地へようこそ」
ダニエラがそうあいさつした。




