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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 心臓を動かす手

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Benvenuti negli incubi. 悪夢へようこそ II

 廊下の角を曲がる。通路の先に一人の人物がいた。

 壁に肩をあずけてこちらを見ているようだ。

 知り合いなどいるわけもない。人質として連れてこられた者の見物か。

 ランベルトは顔を逸らした。

 近づくと、長身の男性だと分かる。

 黒っぽい色の髪をきちんと整えた、身形(みなり)のいい人物のようだ。

 こちらの種族の男性か。ランベルトはそう思った。


「ランベルト」


 すれ違った直後、男性がそう呼びかける。

 バルドヴィーノが、複雑な様子で男性のほうを見た。

「ランベルト(ぎみ)、お話ししますか?」

 バルドヴィーノがそう尋ねる。

 ランベルトはゆっくりとふり向いた。

 暗いなか目をこらす。

「ガエターノ叔父上……?」

 ランベルトはつい眉をきつくよせた。

「どこまで話した」

 ガエターノが落ちつきはらって従者に尋ねる。

「私は何も話してはおりませんが」

 バルドヴィーノはそう答えた。

「兄がすべて話してくれました」

 ランベルトは歳の近い叔父を睨みつけた。

 ガエターノはゆっくりとこちらを向くと、よく分からないというふうに顔をしかめた。


「信じてくれとはいいません。兄は霊になって私のもとに現れていた。ずっと私を守って戦ってくれていました」


 ガエターノが不可解そうな表情で従者のほうを見る。

「たしかです。私も何度も会っている」

 バルドヴィーノが答える。

「パトリツィオが……?」

 ガエターノはつぶやいた。

「非常に手ごわい悪魔使いでした。さすがに兵の扱い方をよく知っている生まれの方だ」

 バルドヴィーノは言った。

 過去形で言われるのが、ランベルトの悔しさを増大させた。

 ふたたび唇を噛む。

「悪魔使いだったのか」

 ガエターノが目を見開く。

「それで、パトリツィオは」

 ガエターノは廊下の突きあたりのほうをながめた。


「消滅いたしました」


 バルドヴィーノが答える。

 言葉の調子に、実力を認めた敵にたいする敬意がこめられているのを感じたが、ランベルトにとっては慰めにもならない。

「消滅……」

 ガエターノがつぶやく。

「女王陛下の配下が、転生もかなわぬ状態に霊体を破壊いたしました」

 ガエターノが黙って暗い廊下を見つめる。

「叔父上!」

 ランベルトはたまらずガエターノにつかみかかった。

 感情のままうしろの壁に押しつける。

 ガエターノは抵抗することもなく背中を打ちつけられ、顔をゆがめた。


「兄が言っていた。彼らの手引きをしたのはあなただと。本当か!」


 ガエターノが無言でランベルトを見下ろす。

「……ほんとうだ」

「なぜ!」

 ランベルトは叔父の胸元をゆすった。

「あなたは、コンティをどうしたかったのだ!」

 ガエターノが黙ってランベルトの顔を見つめる。

「叔父上!」

「……おまえに危害がおよぶとまでは考えなかった。ましてパトリツィオが、そんな形でおまえのもとに現れるなど」

「兄は……!」

 ランベルトは声をつまらせた。

「私にはコンティはもうどうでもよかった」

 ガエターノがそう語る。

「コンティと完全に縁を切り、ひっそりと暮らしたかった」

 クラリーチェと共にか、という言葉を口にするかどうかランベルトは迷った。

 兄なら、ここではっきりと問いただすだろうか。

「パトリツィオは、私とクラリーチェのことは言っていたか?」

「言っていました。叔父上が、その」

「実の娘に懸想(けそう)していたバカ者とか」

 ガエターノが自嘲のように笑う。


「いつからそんなことに」

「いつからかな……」


「兄は、馬鹿者とは言っていませんでした。むしろ、なぜほかのコンティの者が気づいて解決策のひとつも模索してやらなかったのかと」

「相変わらずだな、パトリツィオ」

 ガエターノが苦笑する。

「死んでも性格は変わらんのだな」

「……生前より、かなり冗談好きになっていましたが」

 ランベルトは答えた。

「あの人はもともと冗談好きだろう」

 ガエターノが複雑な表情をする。

 ランベルトは眉をよせた。

 兄が真面目で完璧なふりをしていたのは、自分と年長者のまえだけだと言っていたのはこの叔父だ。

「パトリツィオは、ずっとおまえといたのか」

「ずっとそばにいて、守ってくれました」

「そうか」

 ガエターノが軽くため息をつく。

「霊でもいちどくらい会いたかったが」

 そうつぶやいた。

「……あまりに愚かなので、あちらは呆れて避けていたのかな」

 ランベルトは叔父を睨みつけた。

「なぜ! 叔父上!!」

 ふたたび叔父につかみかかる。

 兄のことを思うと、感情のもって行き場がない。

 バルドヴィーノが止めに入ろうとした。二人のあいだに手を割りこませようとする。

「いい。捨ておけ」

 ガエターノは言った。

 ランベルトは、かまわず叔父の服の(えり)をつかみ上げた。

「クラリーチェは! クラリーチェはどう思っているんですか! あなたはクラリーチェをいまどんなふうに扱っているんだ!」

「……どんな扱いとは?」

 ガエターノが問う。

「だれにも会わせず、どんな扱いを!」

 ランベルトは声を荒らげた。

「仲よく暮らしているよ。おまえがどこまで想像しているのか知らないが」

 ガエターノが答える。


「クラリーチェには、すべて告白した。夫婦になることはできないが、生涯いっしょにいてくれると言ってくれた」


「それならば、こちらの種族の手引きなどなぜ。もう必要なかったではないか!」

「クラリーチェが受け入れてくれたのは、彼らの手引きをしたあとだったんだ」

 ガエターノは苦笑した。

「すまなかったとは思ったが、コンティが滅びることについては私にはまあいいかと思えた」

 ランベルトから視線を逸らすように、ガエターノは目を伏せた。

「コンティもコンティの所有地もまったく関係のない場所で、クラリーチェとひっそりと暮らしたかった」

「あなたのために兄は!」

 ランベルトは声を上げた。

「もういいでしょう。キリがない」

 横からバルドヴィーノが口を挟んだ。

「私が言えた義理ではないですがランベルト(ぎみ)、ここで叔父君を責めても何の解決にもならないのでは」

 バルドヴィーノが淡々と言う。

 ランベルトはそちらをいっさい見ず、唇を噛んだ。


「兄君のことは私が記憶していますよ。手こずらされた好敵手として」

 バルドヴィーノがそう続ける。

「あなたになど記憶して欲しくはない!」


「ランベルト」

 ガエターノがしずかな口調で呼びかける。

「ポンタッシェーヴェの所有地はもとの通りだよ。こちらの種族の居場所として提供したが、いまのところは使われていないようだ」

 ランベルトは複雑な気分で聞いていた。

「関係書類は、私が細工した。家の者たちの記憶を操作したのはこちらの者たちだが」

「……私が所有地について親戚に確認したり、関係書類をさがしたりしているのを、さぞや愉快に見ていたのでしょうな、叔父上」

 ランベルトはそう返した。

「愉快ではなかったよ。一人でまともなままのおまえが、恐ろしかった」

 ガエターノは苦笑いした。

「コンティの悪魔祓いの能力者は、実在していたのだと」

 ガエターノがそう話す。

「ギレーヌのお伽噺(とぎばなし)ではなく、現在でも魔力をもった別種族の血を濃く引いている者がいるのだと」

 ランベルトは唇を噛んだ。

「それで、おまえはどちらの能力だ」

 ガエターノが問う。

「パトリツィオと同じ催眠能力か、それとも心臓に働きかけるほうか」

 ランベルトは無言で叔父から顔を逸らした。


「ギレーヌの覚書は、最後まで読んだか?」

 ガエターノが尋ねる。


「あとで届けてやる。読んでみたらいい」





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