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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 心臓を動かす手

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Benvenuti negli incubi. 悪夢へようこそ I

 古い石造りの城の廊下は、思ったよりも靴音がひびかない。

 異界に入ってから、微妙に音がくぐもって聞こえる気がする。

 足元は真っ暗。

 大きな窓から見える不気味な雲の渦巻く景色が、かろうじて進路の手がかりになっている感じだ。

 等間隔でならぶ燭台(しょくだい)にあかりが灯されていたが、周囲はあまり照らされていない。

 光が広がらないというか。おかしな現象だ。目がおかしくなったのかと錯覚する。


「人質のようになってしまいましたが」


 横を歩くバルドヴィーノが苦笑する。

「人質だろう」

 ランベルトはずっと頬を(こわ)ばらせていた。

「どんな扱いをされたとしても、兄をあんなふうにしたおまえたちに、もう味方する気はない」

「兄君は、はじめから消滅も覚悟の上の行動だったのでしょう」

 バルドヴィーノがそう言う。

「だからあなたに素性を明かしたがらなかったのか」


 名は無し(アノニモ)と名乗っていた兄が、まえに(こと)が解決すれば冥界にもどる身だからと言っていたのを思い出した。

 すべて終わったのちは、素性不明の霊として忘れたほうがいいと。


 消滅させられることもありえると想定した上での言葉だったのか。

 ランベルトは唇を噛んだ。

 こらえていなければ、この場で涙を(こぼ)してしまいそうだ。

 自分とてコンティの次期当主だ。

 兄が霊となってまでも果たそうとした跡継ぎ息子としての役割を、引き継いだ者だ。

 せめて凛としてコンティを守りぬいてやる。

 ランベルトは、前ポケットの拳銃をこっそりと確認した。


「コンティの “心臓を破壊する者” は」


 バルドヴィーノが口を開く。

 何か勘ぐられたかとランベルトは肩を震わせた。

「そのままで能力を発揮していた者もいたが、たいていは何らかの武器を媒介していた」

 石造りの床に、くぐもった靴音がひびく。


「ただの人間の撃った弾丸なら魔力で防ぐこともできるが、コンティの能力者の弾丸はべつの世界に逃げても心臓を破壊しにくるのでやはり恐ろしい」


 バルドヴィーノがそう語る。

「正直なところ、だから根絶やしにすべきという考えと、夫にせよ人質という形にせよ女王の頼もしい側近になってもらうべきという考えとで、われわれも意見は割れていた」

 ランベルトはポケットのなかの銃に触れた。

「まあ、コンティと対峙(たいじ)していたのは何代もまえの者たちなので、私とて先祖の記憶を移した道具でしか知識はないのですが」

「道具……」

「われわれは、もともと少々の魔力をもつ種族ですからね。記憶や知識を水晶などに移して伝えたりする」

「書物や覚書(おぼえがき)などは使わないのか」

「それも使います。だからギレーヌは、覚書という形であなた方子孫に知識を伝えることをした」

 コツ、コツ、とバルドヴィーノがしずかに横を歩く。


「悪魔使いの催眠の魔力も、心臓を破壊する能力も、どちらもギレーヌが持っていた能力だ」


 石畳に、しずかに靴音がひびいた。

「二つの異なる能力をもつ、しかも同族の心臓を破壊する能力をもつギレーヌは、正直なところ種族のなかでは忌み嫌われていたようです」

「能力は一つなのがふつうなのか?」

「まあ、ほとんどは」

 バルドヴィーノはそう答えた。

「ギレーヌ以降のコンティの能力者は、兄君のような悪魔使いか心臓を破壊する者かの必ずどちらかでしょう?」

 そういえばコンティの能力は二通りだと兄が言っていたかとランベルトは思った。


「かつてのコンティは、二通りの能力者が必ず一組になり悪魔祓いをしていたそうです」


 ランベルトは従者の顔を見た。

「単に単独での戦いを避けただけかもしれませんが」

 バルドヴィーノはそう続けた。

「屋敷をお出になるさい、あえて銃をもっていくよう言ったのは兄君では?」

 ランベルトは黙っていた。

「やはり兄君は、あなたの能力に気づいていらっしゃったのでは」

「 “わざと人殺しをさせようとした” という貴殿の言葉を兄は否定していた。単に護身用として持たせたのだと私は思う」

 ランベルトは言った。

「私の能力について知っていたのだとしたら、かくす理由などないだろう」


「兄君の死因は何です」

 バルドヴィーノが問う。

「ある日とつぜん、心臓が止まったのでは」


 ランベルトは横目で従者を睨んだ。

 ダニエラも兄の死因を話題にしていた。

「ギレーヌの血は残酷だ」

 バルドヴィーノが眉をよせる。

「あなたのような優しい方にまで、そうして罪悪感を」

「……あなた方の惑わしにはのらない。その可能性があるのなら、過去にもコンティ同士で死に至らしめてしまった事例があるはず」

「なるほど」

 バルドヴィーノが答える。

 窓の外は相変わらずうす暗く、黒い雲が渦を巻いている。

 音はなく、先ほどから外を動いている者は見えない。

「ここの景色は、昼にはもう少し違うのか?」

「昼も夜もありません。ずっとこんな感じです」

 バルドヴィーノが答える。

「だからこそ、こちらに移り住んだ私たちとあなた方は、種族としてどんどん離れて行ったのかもしれませんね。昼と夜があって太陽があるのとないのとでは、身体の影響はそうとう違うらしいですから」

 ランベルトは、返事をせずに歩を進めた。

「どこに連れていくんだ」

「まずは、われらの女王陛下に面会を」

 バルドヴィーノはそう答えた。

「……心臓にダメージを受けたわけではないのか」

「すんでのところでお助けしました」

 ランベルトは唇を噛んだ。

 彼女の命を奪い切れてさえいれば、兄を消滅させずにすんだ。

 話し合いなどと甘いことを言っていたのを後悔した。





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