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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio dodici 背後の鮮烈な薔薇

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Grim reaper di rose. 薔薇の死神 III

 ランベルトは、戸惑いながらもうなずいた。

 完全な解決はやはりダニエラを死に追いやることしかないのか。

 出逢った折りにアノニモが強引にさせた契約は、ダニエラの抹殺という内容だった。

 疑惑を持ちつづけた相手とはいえ、彼女には彼女の事情があったのではと思ってしまうのは、やはり甘いのか。

「コンティ……」

 バルドヴィーノがつぶやく。


「やはり、真の悪魔は貴殿らだ」

「聞き飽きた」


 アノニモが返す。

「別世界にいてまでも相手の心臓を破壊するなど!」

「心臓を……?」

 ランベルトは眉をよせた。どういうことかとアノニモを見る。

「心配するな。悪魔の心臓のみだ」

 アノニモが平然と答えた。

「そう。貴殿らの同族ともいえるわれらのだ」

 バルドヴィーノはそうと返し、改めてランベルトのほうを見る。


「ランベルト(ぎみ)、先ほども申し上げた。われらはあなたと争う気はない。コンティの悪魔祓いは、どちらの能力にせよ残酷な同族殺しだ。そんなことをせずに手を組みませんか」


「女王様は、かなり意見が違っていたようだが?」

 アノニモが唇の端を上げる。

「従者が懸命にランベルトを丸めこもうとしているのに、女王がついつい本音で動いてしまうのか、それとも戦略の打ち合わせ不足か」

 アノニモがクッと笑う。

「いちど帰還して、ベッドで相談しなおしたらどうだ」

「貴殿はランベルト(ぎみ)にまで同族殺しをさせる気か! それで平気なのか!」

 バルドヴィーノがアノニモに詰めよる。

「弟君にまで……!」

「それ以上言うなよ、従者」

 アノニモが声音を落とす。

「……まだかくす気か」

 バルドヴィーノが言ったそのときだった。


「お退きください! バルドヴィーノ様!」


 鋭い声がひびいた。

 アノニモの背後に深紅のドレスの女が現れ、空中に舞う。

 あらたに出現させた骨細工の鎌をふり上げ、アノニモの頭上から一直線にふり下ろした。

 深紅のドレスが、とび散る血しぶきのように女の動きに合わせてなびく。

 アノニモを守っていた女悪魔たちがいっせいにかまえ、髪止めを外して女に投げつけた。

 女がロウソクのような小さな炎になり消える。


「アノニモ!」


 ランベルトは駆けつけようと身を乗りだした。

 二人の悪魔が、ランベルトをおさえて引き止める。

 アノニモのうしろ姿が、たてに分割してゆがんだ。

「アノニモ!」

 ランベルトはふたたび叫んだ。

 二人の悪魔を押し退けて駆けよろうとする。

「アノニモを……!」

 助けてやってくれ、と二人の悪魔に目で懇願した。

 精悍で美しい顔と目が合う。

 アノニモの命令しか聞かないのだったと思い出した。

「だが、きみたちが忠誠を示す主人じゃないのか!」

 ランベルトは声を上げた。

「アノニモ!」

 なぜそこまでしてと思った。

 消滅し、転生することすらかなわなくなるかもしれない危険を犯してまで、なぜ自分とコンティを守ってくれようとしたのか。

 いったい真意は何だったのか。

 先ほど拳銃を撃ったさいに、うしろで支えてくれたのを思い出した。

 なんどか香ったハーブと焼き菓子の混じったような香りが、あのときも香っていた。

 あの香りがうしろにあったので安心した。

 あの香りのする者の指示にしたがえば大丈夫という気がしたのだ。

 ふと、ランベルトの脳裏にひらめいたものがあった。


 兄上。


 パズルのピースが突如一致したかのように、ランベルトの頭のなかで確証が浮かんだ。

 あの香りは、兄のパトリツィオが身につけていたものではなかったか。

「兄上……?」

 ランベルトはつぶやいた。

 なぜ思い出さなかったのだ。

 あれは、兄なのか。


「アノニモ!」


 ランベルトは絶叫した。 

 アノニモの姿は、上下にゆがみ消えようとしていた。

 ランベルトは、手を思いきりアノニモのほうに伸ばした。

 引き止める二人の悪魔の手をふりほどこうと激しく身をよじらせる。


「兄上! パトリツィオ兄上!」


 二人の悪魔に止められながら、ランベルトは駆けよろうともがいた。

 なぜ思い出さなかったのだ。

 あれだけ助けてくれたのに。

「パトリツィオ兄上!」

 ランベルトは絶叫した。

 消滅する寸前のアノニモが、一瞬だけこちらを向いた。

 自身にそっくりの顔。

 なぜ気づかなかった。

「兄上!」

 ランベルトはふたたび絶叫した。

 アノニモの姿が消滅すると同時に、使役していた悪魔たちが姿を消す。

 ランベルトは、呆然とアノニモの消えたあたりをながめた。

 バルドヴィーノがベッドの上にしずかに鎌を置き、こちらに近づく。

「ランベルト(ぎみ)

 そう言いバルドヴィーノは(ひざ)をついた。


「われらの住む世界へ、同道をお願いしたい」





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