Grim reaper di rose. 薔薇の死神 II
「なぜ。叔父上は、母上の実弟だ。コンティの当主になっていたかもしれない人ではないか」
ランベルトは問うた。
「ガエターノが、娘の輿入れの話をいつまでもしたがらないのはなぜだと思う」
「え……クラリーチェ？」
ガエターノの一人娘、従妹に当たる子をランベルトは思い浮かべた。
ここ数年は会っていないが、かわいらしく明るい性格という印象だ。
早い時期に婚姻したガエターノは、クラリーチェといると父子というより歳の離れた恋人同士に見えた。
親戚が集まる場でも、常に二人でいっしょにいたのを覚えている。
「なぜコンティのだれも気づかなかった。馬鹿者ぞろいが」
アノニモは非難するように吐き捨てた。
「親戚との関わりを絶ってしまった時点で、だれもおかしいとは思わなかったのか」
「どういうことだ」
ランベルトは問うた。
「あれは、実の娘に懸想している。どこにも嫁がせたくないから、親戚を避けて隠った」
「なん……」
ランベルトは、アノニモのうしろ姿を見つめた。
にわかには信じられない。
ついさいきん屋敷の廊下で言葉を交わした叔父と、以前は頻繁に会っていたクラリーチェの顔を思い浮かべた。
「なぜだれもガエターノの本心を追及しなかった」
アノニモが語気を強める。
「……それでクラリーチェは？」
「さあな」
アノニモはそう答えた。
「父親の気持ちを承知しているのかどうかまでは知らん。ふつうなら婚姻の話もしない父親をおかしいと思うころだと思うが」
父も母もクラリーチェのことは懸念しつつも、叔父については自由にさせてやれという姿勢だったことをランベルトは思い出した。
ほかの親戚も、当主の弟にあまり面と向かってうるさく言うつもりはないようだった。
それが、叔父にとって幸であったのか不幸であったのか。
「……相談くらいしてくれれば。何も助言はできなかったかもしれんが」
「馬鹿者」
アノニモが呆れたように言う。
「なぜある時期から、おまえに娘を会わせなかったんだと思う」
アノニモがため息をつく。
「ガエターノにしてみれば、おまえも娘を奪うかもしれない男の一人だったからだ」
アノニモの目のあたりに女悪魔の一人が手をそえる。
アノニモは、女悪魔の耳元に顔をよせ、何かを囁いた。
次の瞬間。
アノニモは何かを察知したかのようにうしろに飛び退いた。
女悪魔たちが、いっせいにアノニモを庇う位置に立つ。
ランベルトのそばにいた二人の悪魔も、ふたたび剣をかまえた。
天井に大きな鷲が現れ、すさまじい速さでアノニモの周辺を旋回する。
長身の男性の姿に変わると、床に降り立つがはやいかベッドに放置されていた骨細工の鎌を手にした。
バルドヴィーノだ。
「来るとは思っていたが、ずいぶんとタイムラグがあったな」
アノニモが口の端を上げる。
「女王様と寝室はいっしょではないのか」
「貴様！」
バルドヴィーノが鎌をふるう。
「私とあの方は、そんな汚れた間柄ではない！」
「……不健康だな、貴殿ら」
アノニモが鎌をかわして土足でベッドに乗る。
「先ほどの弾丸で女王はどうなった。何かしらのダメージがあったのでは？」
「指図したのは、やはり貴殿か！」
バルドヴィーノが鎌を片手にアノニモを追い、ベッドに乗る。
「撃ったのはランベルトだが」
「おい……」
ランベルトは顔をしかめた。
たしかにそうだが、身をていして守ってくれるかと思いきやこんどは矛先をこちらに向けさせるとは。
この唐突のおふざけに力が抜ける。
バルドヴィーノがこちらをふり向きじっと見つめる。
ランベルトは、拳銃のグリップをしずかににぎり直した。
先ほど弾丸が消えたのは、どういう理屈で何が起こったのか。
詳細を尋ねたいと思いアノニモを見たが、そういう場合ではなさそうだ。
「ランベルト君」
バルドヴィーノが固い声で呼びかける。
「あらためて申し上げます。あなたと争う気はない。われらの側に味方してくださいませんか」
「何の戯れだ、従者」
アノニモが口をはさむ。
「貴様、とっくに分かっていたのだろう。ランベルト君がコンティの能力をたしかにお持ちだと」
「分かったのは、つい先刻だ」
アノニモは肩をすくめた。
「うそをつけ！ それでとっさにあんな指示など」
「ではこうしよう。ランベルトと貴殿と、トレードではどうだ」
アノニモがベッドのスプリングで身体を上下させる。
「おい……」
ランベルトは顔をゆがめた。
何を言い出すのだ、この男は。
「貴様……」
「女王様にそのむねお伝えしろ」
アノニモが言う。
「生きていればな」
「えっ……」
ランベルトは目を見開いた。
「生きて……？」
そこまでのことをしてしまったのかと、あせりと罪悪感とで複雑な気分になる。
「アノニ……」
「めったなことを言うな！ お命はとりとめた！」
バルドヴィーノが声を上げる。
「それは残念」
アノニモが肩をすくめる。
「ランベルト、解決はまだ先延ばしだ」
