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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio dodici 背後の鮮烈な薔薇

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Grim reaper di rose. 薔薇の死神 I

 静かになった室内。

 アノニモが、おもむろに背中から離れる。

 ランベルトはうしろを向きかけたが、顔を見てもよいものか迷った。

 かたくなに素性をかくすのは、何か理由があるのだろうと思うようになっていた。

 ここまで助けてくれたことを考えれば、自分とコンティに悪意を持っている者ではないだろう。

 それでいいかと思う。

「フランチェスカは……大丈夫だろうか」

 ランベルトはつぶやいた。

「いまのところは、この部屋の外では何が起こっているかすら分からないと思います」

 アノニモが答える。

 アノニモが離れるまぎわ、ハーブと焼き菓子のような香りがした。

 この香りにほんとうに覚えがあるのだが。

 だれの香りだったか。

 カシャン、と軽い破裂音がした。

 侍女たちの顔や身体につぎつぎとヒビが入り、弾けるように粉々になる。

「こちらのほうがフランチェスカに言いわけしづらいではないか」

 アノニモが、床に散らばった陶器の破片をざっと足ではらう。

「フランチェスカ……」

 ランベルトはつぶやいた。呼び方に何か引っかかる。 

「フランチェスカ "殿" だ」

 アノニモが敬称を強調する。

 侍女たちが代わる代わる手にしていた白骨の鎌は、ベッドの上に放置されていた。

「あの薔薇(ばら)が分身とは、どういうことだ」

「たぶん女王様の異体のひとつは黄色い薔薇だ」

 アノニモが答える。

「まえに従者が(わし)に姿を変えていただろう」

 ああ……とランベルトはつぶやいた。

「べつの姿をいくつか持つのだったか」

 ランベルトを守っていた二人の悪魔が、剣のかまえを解いた。

「われわれとはずいぶん違うように感じるが、ほんとうに共存していた時代があったのか?」

「異界で代を重ねるうちに、どんどん特性が離れていったのだろうな」

 アノニモが言う。

「おまえはそういったことをどこで知った。先祖のギレーヌはすでに転生して会っていないと言っていたが」

「まえに少し話した、ギレーヌと夫が書いた覚書(おぼえがき)だ」

 アノニモが答える。

 ああ、とランベルトは応じた。

「ガエターノ叔父上がもっていったものか」

「あれを生前にも少し読んだことが。お伽噺(とぎばなし)ではなく、現実を書いたものだと知ったのは死後だが」

「何が書いてある」

 ランベルトは問うた。


「すべてだな。“悪魔” とされる者たちがべつの種の人類であること、ギレーヌの時代から少しずつべつの世界へと移住して行ったこと、コンティの悪魔祓いの能力は、彼らと同じ血を引いているがゆえのものであること」


 アノニモが腕を組む。

「彼らが移住した異界のこと、彼らの王族、貴族について」

 アノニモは淡々と挙げた。


「 “悪魔” がいなくなれば、時流からいってもコンティは悪魔祓いをやめていくであろうが、コンティに遺恨をもつ彼らが、いつか何かを仕掛けてくる可能性もあると思ったのだろう」


 ランベルトを守る悪魔のうちの一人が、ふとこちらを見た。

 他意はないように見えたが、何気なくランベルトは目を合わせる。

「ガエターノ叔父上がその覚書をもって行ったのは? 偶然か?」

 アノニモは無言だった。

 これも答えたくないのだろうか。

 ベッドのほうに行ったアノニモを、ランベルトは目で追った。


「なぜやつらが、七百年も経ってからちょっかいを出してこられたと思う」


 アノニモが切り出す。

「もともと住んでいた世界とはいえ、七百年も経っていたら、やつらも何代も代替わりを経ている。こちらの勝手などほとんど分からん。こちらの世界にかつて居たということすら、じっさいはどのくらい伝え聞いていたのか」

 女悪魔たちがアノニモに(こうべ)を垂れる。

 三人ほどの女悪魔が立ち上がると、アノニモの仮面をつけていたあたりを気づかうように手をそえた。

 どういう理由なのかは知らないが、仮面はまだ外れたままのようだ。


「コンティ側で、やつらを手引きした者がいる」


 アノニモがこちらに背中を向けて告げる。

 ランベルトは眉をよせた。

 親戚の者の顔を思い出せるかぎり思い浮かべたが、これだと思える者はいない。

「だれだ」

 アノニモが、向こうを向いたまま無言で腕を組む。

「……叔父上?」

 ランベルトはそう口にしてみた。

 いまのところ、この件にはっきりと関わっているのは叔父のガエターノくらいか。

 試しに尋ねてみたが、まさかそんなわけはと思っていた。

 アノニモが否定してくれるのを期待する。


「正解。ガエターノだ」


 アノニモが答える。 

 屋敷での凄惨なさわぎが起こる少しまえ。訪ねてきていた叔父の様子を思い浮かべる。

 とくに悪意を向けられているようには感じなかったが。

 夕食を勧めたが、たしか一人娘のクラリーチェが待っていると言って帰って行った。





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