La rose vivido dietro. 背後の鮮烈な薔薇 II
侍女の腕がいっせいに伸ばされる。
二人の従者姿の悪魔は、巧みな動きで薙ぎはらった。
カシャンカシャンという軽い音がとめどなくひびく。床が、あっという間に陶器の破片だらけになった。
二人の悪魔が、ジャリジャリと踏みつける。
腕を切り落とされた侍女は、その場で粉々に割れた。
空間に黄色い薔薇がつぎつぎと咲き、あらたな侍女の姿になる。
キリがないのでは。
ランベルトはアノニモを見た。
いまだ切りかかる白骨の鎌を防いでいる。
「ダニエラ殿!」
ランベルトは拳銃をかまえた。
侍女たちのうしろから覗くダニエラの赤い瞳をねらう。
だが、すぐにまた躊躇して拳銃を下ろした。
「やめてくれ、ダニエラ殿」
ランベルトは呼びかけた。
「話し合いなら応じる。譲歩できる部分があれば考える。アノニモの素性はたしかに分からんが、ここまで私を助けてくれた。消滅などさせるわけにはいかない」
「取り引きをしませんこと? ランベルト様」
ダニエラが微笑する。
「消滅に追いこむのを黙って見逃してくださったら、アノニモとやらのほんとうの名を教えてさし上げますわ」
ランベルトはポカンとして、うつくしい顔を見つめた。
「ええと、それは」
ダニエラがほほえみかける。
「アノニモの名を知って……?」
「もちろん存じていますわ。お顔を拝見したこともあると先ほどお話ししませんでした?」
どこか話がおかしい気がするが、ランベルトはアノニモのほうをチラリと見た。
「馬鹿者!」
アノニモが枕をつかみ投げつけた。
絶妙のタイミングで、二人の悪魔が上体をかがめる。
枕は、ランベルトの顔に見事にヒットした。
「迷う話か! 馬鹿者が!」
ダニエラが甲高い声で笑う。
「なんとまあ、枕を投げつけるとはかわいらしい。ランベルトにたいする生前の接し方がよく分かるわ」
「……すまん。名前を教えてくれるというほうに気をとられた」
ランベルトは鼻をおさえた。
ふとダニエラの言葉を頭のなかで反芻する。
「生前のアノニモは、私と接していたのか……?」
ダニエラが妖しげな笑みを浮かべる。
アノニモの舌打ちが聞こえた気がした。
「たぶらかしだ。本気にとるな」
ダニエラが笑い声を上げる。
「せっかく消滅させたあとに名前を聞かせ、ランベルトを絶望させてやろうと思ったのに」
「ほらみろ、そういう女だ」
アノニモがふり下ろされた鎌を避ける。
侍女たちを破壊しても、つぎの者が入れ代わり立ち代わり鎌を手にとり襲ってくるようだ。
「名を聞いても聞かなくても、私のために消滅などしたら絶望する」
ランベルトはそう告げた。
空中にふたたびいくつもの黄色い薔薇が咲く。
たとえ人形でもまだ撃ちぬくのはためらいがあったが、薔薇なら平気かもしれない。
薬包に包まれた弾丸が、床にいくつか落ちている。
アノニモが拳銃といっしょに放ってよこしたのだと気づいた。
いちばん近くに落ちていた弾丸を拾う。
槊杖を銃口に入れ、包みごと弾丸をこめる。
「ちょっとすまん」
従者姿の悪魔の肩に腕をのせ、ランベルトは薔薇にねらいをさだめた。
轟音が耳をつんざき、身体がうしろにぶれる。
真っ白い硝煙が目のまえをおおった。
ビシッと音かし、いくつかの薔薇が金色の花弁を空間に散らす。
ダニエラを守っていた侍女たちが、背後をふり向く。
ダニエラは無言でこちらを見ていた。
ぐらり、とダニエラの首がかたむく。
侍女たちが、ダニエラをささえるように両手を伸ばす。
ダニエラの首はごとりと落ち、ゴロゴロと床を転がった。
白い顔に黒い絹糸のような髪が巻きつく。
残された身体が肩からくずれ、立ったまま陶器の粉になり崩れおちた。
床を転がるダニエラの首が、しばらくして止まる。カシャンと軽い音を立て弾けるように割れた。
ランベルトは、顔を強ばらせて見ていた。
何をどう判断していいのか分からない。
「ダニエラ殿……?」
「だからあれは人形だと言ったではないか」
いつの間にか、うしろにアノニモがいた。
ランベルトの両肩に手を置き、耳のそばで諭すように指示する。
「弾丸をこめ直せ、ランベルト」
アノニモが言う。
ランベルトは、床から拾った弾丸を銃口にこめ直した。
いまふり向けば、アノニモの素顔が見られると思ってしまう。
だが、どうしても素性をかくしたいのだろうか。
背中にぴったりと貼りつくようにして両肩に手を添えているのは、自分をしっかりと守るためなのか、それともふり向かれないようにするためなのか。
ランベルトは、空間に咲いた薔薇にねらいを定めた。
「そこではない、ランベルト」
アノニモがささやく。
「その薔薇は分身だ」
アノニモがランベルトの腕をとり、侍女の背後の空間にねらいをつけさせる。
侍女たちが何もない空間を庇うようにかまえた。
「うしろだ」
鋭い声でアノニモは言う。
「背後の人形使いをねらえ!」
銃を持った手に、アノニモが手をそえる。
直感的に、それが合図だと思った。
ランベルトは真鍮の引き金をひいた。
反動で大きくぶれた身体をアノニモが背後で支える。
何もない空間に、弾丸が食いこむようにして消えた。
黄金の薔薇の花弁が散らばり、部屋中に舞う。
心臓の鼓動がかすかに聞こえ、甘い香りがただよった。




