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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio dodici 背後の鮮烈な薔薇

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La rose vivido dietro. 背後の鮮烈な薔薇 II

 侍女の腕がいっせいに伸ばされる。

 二人の従者姿の悪魔は、巧みな動きで()ぎはらった。

 カシャンカシャンという軽い音がとめどなくひびく。床が、あっという間に陶器の破片だらけになった。

 二人の悪魔が、ジャリジャリと踏みつける。

 腕を切り落とされた侍女は、その場で粉々に割れた。

 空間に黄色い薔薇(ばら)がつぎつぎと咲き、あらたな侍女の姿になる。

 キリがないのでは。

 ランベルトはアノニモを見た。

 いまだ切りかかる白骨の鎌を防いでいる。


「ダニエラ殿!」


 ランベルトは拳銃をかまえた。

 侍女たちのうしろから覗くダニエラの赤い瞳をねらう。

 だが、すぐにまた躊躇(ちゅうちょ)して拳銃を下ろした。

「やめてくれ、ダニエラ殿」

 ランベルトは呼びかけた。

「話し合いなら応じる。譲歩できる部分があれば考える。アノニモの素性はたしかに分からんが、ここまで私を助けてくれた。消滅などさせるわけにはいかない」

「取り引きをしませんこと? ランベルト様」

 ダニエラが微笑する。

「消滅に追いこむのを黙って見逃してくださったら、アノニモとやらのほんとうの名を教えてさし上げますわ」

 ランベルトはポカンとして、うつくしい顔を見つめた。

「ええと、それは」

 ダニエラがほほえみかける。

「アノニモの名を知って……?」

「もちろん存じていますわ。お顔を拝見したこともあると先ほどお話ししませんでした?」

 どこか話がおかしい気がするが、ランベルトはアノニモのほうをチラリと見た。


「馬鹿者!」


 アノニモが(まくら)をつかみ投げつけた。

 絶妙のタイミングで、二人の悪魔が上体をかがめる。

 枕は、ランベルトの顔に見事にヒットした。

「迷う話か! 馬鹿者が!」

 ダニエラが甲高い声で笑う。

「なんとまあ、枕を投げつけるとはかわいらしい。ランベルトにたいする生前の接し方がよく分かるわ」

「……すまん。名前を教えてくれるというほうに気をとられた」

 ランベルトは鼻をおさえた。

 ふとダニエラの言葉を頭のなかで反芻(はんすう)する。


「生前のアノニモは、私と接していたのか……?」


 ダニエラが妖しげな笑みを浮かべる。

 アノニモの舌打ちが聞こえた気がした。

「たぶらかしだ。本気にとるな」

 ダニエラが笑い声を上げる。

「せっかく消滅させたあとに名前を聞かせ、ランベルトを絶望させてやろうと思ったのに」

「ほらみろ、そういう女だ」

 アノニモがふり下ろされた鎌を避ける。

 侍女たちを破壊しても、つぎの者が入れ代わり立ち代わり鎌を手にとり襲ってくるようだ。

「名を聞いても聞かなくても、私のために消滅などしたら絶望する」

 ランベルトはそう告げた。

 空中にふたたびいくつもの黄色い薔薇が咲く。

 たとえ人形でもまだ撃ちぬくのはためらいがあったが、薔薇なら平気かもしれない。

 薬包に包まれた弾丸が、床にいくつか落ちている。

 アノニモが拳銃といっしょに放ってよこしたのだと気づいた。

 いちばん近くに落ちていた弾丸を拾う。

 槊杖(さくじょう)を銃口に入れ、包みごと弾丸をこめる。

「ちょっとすまん」

 従者姿の悪魔の肩に腕をのせ、ランベルトは薔薇にねらいをさだめた。

 轟音が耳をつんざき、身体がうしろにぶれる。

 真っ白い硝煙が目のまえをおおった。

 ビシッと音かし、いくつかの薔薇が金色の花弁を空間に散らす。

 ダニエラを守っていた侍女たちが、背後をふり向く。


 ダニエラは無言でこちらを見ていた。

 ぐらり、とダニエラの首がかたむく。


 侍女たちが、ダニエラをささえるように両手を伸ばす。

 ダニエラの首はごとりと落ち、ゴロゴロと床を転がった。

 白い顔に黒い絹糸のような髪が巻きつく。

 残された身体が肩からくずれ、立ったまま陶器の粉になり崩れおちた。

 床を転がるダニエラの首が、しばらくして止まる。カシャンと軽い音を立て弾けるように割れた。

 ランベルトは、顔を(こわ)ばらせて見ていた。

 何をどう判断していいのか分からない。

「ダニエラ殿……?」

「だからあれは人形だと言ったではないか」

 いつの間にか、うしろにアノニモがいた。

 ランベルトの両肩に手を置き、耳のそばで(さと)すように指示する。


「弾丸をこめ直せ、ランベルト」


 アノニモが言う。

 ランベルトは、床から拾った弾丸を銃口にこめ直した。

 いまふり向けば、アノニモの素顔が見られると思ってしまう。

 だが、どうしても素性をかくしたいのだろうか。

 背中にぴったりと貼りつくようにして両肩に手を添えているのは、自分をしっかりと守るためなのか、それともふり向かれないようにするためなのか。

 ランベルトは、空間に咲いた薔薇にねらいを定めた。

「そこではない、ランベルト」

 アノニモがささやく。

「その薔薇は分身だ」

 アノニモがランベルトの腕をとり、侍女の背後の空間にねらいをつけさせる。

 侍女たちが何もない空間を(かば)うようにかまえた。


うしろだ(エディエトロ)


 鋭い声でアノニモは言う。

「背後の人形使い(マリオネッティスタ)をねらえ!」

 銃を持った手に、アノニモが手をそえる。

 直感的に、それが合図だと思った。

 ランベルトは真鍮(しんちゅう)の引き金をひいた。

 反動で大きくぶれた身体をアノニモが背後で支える。

 何もない空間に、弾丸が食いこむようにして消えた。

 黄金の薔薇の花弁が散らばり、部屋中に舞う。


 心臓の鼓動がかすかに聞こえ、甘い香りがただよった。





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