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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio dodici 背後の鮮烈な薔薇

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La rose vivido dietro. 背後の鮮烈な薔薇 I

 深紅のドレスの女が天井近くに舞い上がり、ダニエラに渡したものと同様の骨細工の鎌を頭上にふり上げた。

 アノニモがふり向く。

 すんでのところでアノニモの使役する女悪魔たちがいっせいに(たて)になり攻撃をふせいだ。

 女悪魔たちがアノニモを囲むようにしてかまえる。

 長身の男の悪魔が躍りでて、深紅のドレスの女に向けて(むち)をふるった。

 鎌が弾き飛ばされ、回転して床を這う。

 つづけて男の悪魔は鞭をふるうと、女の利き手を捕らえた。

「やれ」

 アノニモが命じる。

 鞭を通して、暗いオレンジ色の(ほむら)が女をおそう。

 深紅のドレスが燃え上がり、女の姿は小さな灯火になり消えた。

「さて」

 アノニモは、侍女の背後にいるダニエラを見た。

 呼びだした者が命を落としたにも関わらず、うつくしい顔には何の表情もない。

膠着(こうちゃく)状態か」

 アノニモがつぶやく。

 ランベルトは、従者二人の手をふりほどこうと身をよじった。

 助けられて逃げて、それでいいのか。

 アノニモがどんなつもりでここまでしてくれるのかは知らないが、転生もかなわなくなるかもしれない瀬戸際(せとぎわ)で守ってくれているのだ。


「アノニモ!」

「……何だ」


 アノニモはうんざりと返答した。

「私には能力があるのかないのか、おまえは知っているのか!」

「おまえなどにはない。さっさと退室しろ」

 アノニモが答える。

(ほふ)るほうの能力かもしれんと以前言っていなかったか!」

「かもしれんと言っただけだ」

 両脇をがっちりとおさえる二人の悪魔を懸命に引き剥がそうとしながら、ランベルトは声を上げた。


「何らかの能力があるなら何とかする! できるならこんどは、私がおまえを助ける!」


「こんな闘いには関わらんでいい。終わったのちには忘れろ」

「そんなわけにはいくか!」

「聞こえんのか馬鹿者!」

 ランベルトの上げた声に被せるような激しい口調でアノニモが叫ぶ

「切り刻め!」

 ダニエラが声を上げた。

 床におちた鎌を、ダニエラの侍女のひとりが拾った。女悪魔たちを押し退けるようにしてアノニモを襲う。

 アノニモは首をかたむけて避けた。

「やれ!」

 鎌をもった侍女から火柱が上がり、天井にとどく勢いで燃え立つ。ややしてから焦げた陶器の残骸になり床に散らばった。

 ダニエラが、クスッと笑う。

 何を意味した笑いだろうと、ランベルトは視線をあちらこちらに這わせた。

 アノニモが、目のあたりを軽くおさえている。

 ダークブロンドの髪の毛先が、水滴のように崩れていた。

「仮面が切られてしまったようだのう、亡霊」

 ダニエラが赤い唇の端を上げる。

 ランベルトは目を見開いた。


 いま駆けよれば、アノニモの素顔が見られる。

 素性が分かるかもしれない。


 だが、次の瞬間にそんなことをしていいのかと思い直した。

 自身の存在すら賭けて守ってくれようとしているのだ。それがどんな事情であれ、汲んでやるべきだろう。

「いや……」

 アノニモが目元のあたりに指先をあてる。

「霊体なので、仮面をまた出すくらい造作もないのだが」

「そうだろうな。だが」

 ダニエラが応える。

 空中にマシコート色の薔薇(ばら)がいくつも湧いて出た。

 呼応するように床に転がった鎌がふわりと浮かぶ。

 薔薇が新たな侍女の姿になり、そのうち一体の侍女が鎌を手にとった。


「切り刻め! 顔をかくす(ひま)など与えるな!」


 ダニエラは声を上げた。

「首だけ残してランベルトにおまえの顔を見せ、おどろく顔をながめてやるわ!」

「いちいち趣味が悪いな、女王様」

 アノニモが前髪をかき上げる。

 侍女たちが二手に分かれる。

 一方がランベルトに襲いかかってきた。両腕をつかんでいた二人の悪魔が、ランベルトを(かば)って立ちふさがり身がまえる。

 侍女が縄のように手を長く伸ばし、ランベルトの顔をつかもうとした。

 二人の悪魔がすばやく()ぎはらう。


 白い骨細工の鎌が、勢いよく振り下ろされるのが視界のはしに見える。


 ランベルトはアノニモが気になりそちらに目を向けた。

 とたんに侍女の腕が長く伸び、ランベルトの短い髪をつかむ。

 ランベルトは力尽くで引き剥がした。

 従者姿の悪魔の一方が、ランベルトに身体をよせ背中に庇う。


「アノニモ!」


 ランベルトは声を上げた。

 白い鎌を避けながら、アノニモがこちらの声に反応したような仕草をする。

「だからさっさと逃げろと言っているだろうが、馬鹿者!」

 女悪魔たちが攻撃を防ぐのと同時に、アノニモはベッドの上に(ひざ)で乗った。

 枕の下をさぐる。

 寝るとき念のため置いていたフリントロック式銃をとり出すと、ランベルトのほうに放り投げてよこした。

 回転し床を這う拳銃を、ランベルトは即座にひろう。

「足を引っぱる気がないなら、とりあえずそれで身を守れ」

 アノニモがそう告げる。

 ランベルトは、こめていた弾丸と安全装置をたしかめた。

 襲いかかる侍女に、銃を向ける。

 侍女のマシコート色の瞳と目が合った。

 顔に照準を当てる。だが躊躇(ちゅうちょ)して銃口を逸らした。

「相手は人形だ! 女中の死体とは違う!」

 女悪魔たちとともに鎌を防ぎながら、アノニモが声を上げる。

 伸びた侍女の腕がランベルトの肩をつかみ、服をがっちりとにぎる。

 従者姿の二人の悪魔がランベルトから引き剥がして、(ひじ)をねじ切った。

 カシャン、と音を立て侍女の陶器の腕が床に落ちる。

 細い指を蜘蛛(くも)のように動かして床を這い、しばらくして粉々に割れた。

 床には、ほかの侍女の腕と思われる破片が散らばっている。

 二人の悪魔が、ランベルトにぴったりと貼りつくようにして背中に庇う。

 腰から長剣をぬくと、そろってかまえた。





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