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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio due 死者の部屋
5/79

Finestra ci sono fantasma. 幽霊のいる窓 I

 屋敷のまえに乗り入れた馬車の屋形から、臙脂(えんじ)色のドレスを着た令嬢が降りるのが見えた。

 侍女をともない執事の出むかえを受ける。

 ランベルトは、その様子を私室の窓から見下ろしていた。

 しばらくしてドアがノックされる。

 入室した執事が一礼した。


「ダニエラ・バルロッティ嬢がいらしております」


「申し訳ないが会う気はない。あちらにもそう伝えてくれ」

 ランベルトはそう告げた。

「しかし、婚約者ではありませんか」

「承知していない」

「お父上が決められたことです」

 執事が言う。

「ではその父がまともな状態になってから改めて決めてくれ」

 ランベルトはそう返した。執事が無言でこちらを見る。

 父の様子は相変わらずだ。

 礼拝所には以前ほど行かなくなったものの、私室でグラスを散らかして一日中ぼんやりとしているか寝ている。

 女たちがいなくなれば元にもどると単純に思っていたが、そういうわけではないのか。

「正気ではない状態で決めた結婚話など、有効なのか」

 ランベルトはそう問うた。

 執事が答えにくそうに眉をよせる。

「正気を失った(あるじ)が取り仕切っている御家というのも、実際はままありますので」

「家さえ運営できていればよいというわけか」

「わたくしの立場では、おっしゃるとおりと言うしか」

 ランベルトはダークブロンドの髪を掻き上げた。

「……令嬢には、体調がすぐれないので申し訳ないがと伝えてくれ」

 執事は一礼し退室した。

 ドアが閉まる。

 ふと横を見るとアノニモが立っていた。

 ランベルトがおどろいて肩をゆらすと、アノニモは胸に手をあて一礼した。

「とつぜん現れるな」

「霊ってこういうものですよ」

 アノニモが口元をわずかに上げ微笑する。

「仮面で顔をかくしているのは、何か意味があるのか」

「びっくりされそうなくらい可愛らしい顔をしているので」

 何の冗談なのか。ランベルトは眉をよせた。

「悪魔というものもいまだ信じがたいが」

 ランベルトは窓に背を向けた。


「あの女悪魔どもは、なぜおまえと私を間違えたのだ」


 アノニモが窓の(さん)に手をかけて庭を見る。

「あれがダニエラ・バルロッティ嬢ですか」

 話をそらしたのだろうか。

 ランベルトは横目でながめた。

 誰かとそっくりに化けられるとか眩惑(げんわく)の術でも使えるとか、そういう答えを予想していたのだが。

 違うのか。 

 窓の外を見るアノニモをじっと見つめる。

 仮面の穴から覗く目の色は、明るい瑠璃(るり)色らしい。

「こんな話をするのも何だが」

 おもむろにランベルトは切りだした。

「あの契約書の “抹殺” というのは冗談だろう?」

 アノニモは無言でこちらを向いた。

「バルロッティ家にどんな思惑があるにせよ、彼女はただ言いなりで輿入れさせられるだけの令嬢だ。殺すまでは」

「しかし、バルロッティ家とは」

 ランベルトの言葉を無視してアノニモがつぶやく。

「そんな御家、聞いたことありました?」


「ない」


 ランベルトは答えた。

「それがまず不可解なのだ。聞いたこともない家なのに、うちの者はみな由緒正しい大貴族と認識している」

 「もうひとつ」とランベルトはつけ加えた。


「うちの所有地の一つが、いつの間にかバルロッティ家のものということになっていた」


「どこの所有地ですか」

「ポンタッシェーヴェのものだ」

 ああ……とアノニモは宙を見上げた。

「うちがそこの所有地を手に入れるために、バルロッティ家と姻戚関係になる必要があるとか」

「よく分からん話ですな」

 アノニモがそう答える。

「あれは元からうちの所有地だったのではと言っても、だれも通じん」

「ご親戚一同?」

「ここ最近会った範囲の親戚くらいだが」

 ランベルトは答えた。

「関係の書類などは」

「どれも見つからない」

 ランベルトは溜め息をついた。

「自分のほうがおかしいのかと思いはじめていたところだ」

 こんな素性のさだかではない者に何を話しているのだと思ったが、さしあたって相談できる相手がいない。

 アノニモは、ゆっくりと腕を組んだ。

「あそこはたしかにコンティ家の所有地ですよ。七世紀もまえの先祖が功績でたまわったものだ」 

「……なぜくわしい」

 ランベルトは眉をよせた。

「契約者に関する情報ですから」

 アノニモが唇のはしを上げて笑う。

「バルロッティ家についても調べてみたのだが、数年ほどさかのぼったあたりで何の記録もなくなる」

 アノニモが顔をうつむかせて仮面を押さえる。

「バルロッティ家がどんな家なのか、いまのところまったくの不明だ」

 ランベルトは眉をひそめた。

「侯爵家ということは、王家か大公家につらなるはずだと思うのだが……」

「とはいえ、あなたはコンティが爵位をたまわった経緯も正確にはご存知ないのでは?」

 アノニモが言う。

「軍功ではないのか?」


「コンティの紋章がなぜ薔薇(バラ)なのか、考えたことはありませんか」


「それが関係しているとでも?」

 ランベルトは問うた。

「いえ。この話にはさほど」

「……何なんだ」

 どうにも会話の調子を外す男だとランベルトは思った。

「コンティと何度も婚姻しているロドリーニ家は? この結婚話にたいして何も言ってはきませんか」

「はじめは言っていたが、さいきんは音沙汰(おとさた)なしだ」

「音沙汰なし……」

 アノニモは宙を見上げた。

「生きていますかね」

「物騒なことを言うな」

 ランベルトは顔をしかめた。





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