表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio dieci あなたの香りがする

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/79

Camera con guerriero. 戦士のいる部屋 I

 パトリツィオは、鏡をぬけて現世のコンティ家に出向いた。

 三階の大広間を横切り、扉をすりぬけて吹きぬけの回廊にでる。

 階段を降り、赤い絨毯(じゅうたん)のしかれた階段ホールをつかつかと通った。

 夜が明けたばかりの時間帯だ。

 つきあたりの大きな窓から、外の景色が見える。

 曇っている。雨が降りそうだ。

 窓から射す陽光はうすく、すっきりとしない。

 どこからともなくニワトリの鳴き声が聞こえたが、屋敷のなかは廃墟のように静まりかえっている。

 ところどころにベッタリとついた赤黒い跡が、起こったことの凄惨さを物語っていた。

 屋敷のなかを進むにつれて、ころがる死体に出くわす率が高くなる。

 夜の暗い屋敷内では、すべての死体は見えてはいなかった。

 いま改めて見回すと、あそこにもここにもあったのかという感じだ。


 ランベルトをつれ出すのは、夜のうちで正解だったなと思う。

 明るい自然光のもとでこの光景を見て、こんどはイチゴのジャムも食えんなどと言われたら面倒すぎる。


 パトリツィオは二階の廊下に進んだ。

 生前の自身の私室のまえを通りすぎ、父の私室のドアをノックした。

「私だ」

 なかからは、物音ひとつしない。

 パトリツィオは、とくに返事を待たず、ドアを開けた。

 室内はうす暗い。

 ランベルトの部屋よりもやや広い室内は、こぼれたワインや熟しすぎた果物の匂いがただよい、ところどころに割れたグラスが散乱している。

 数日まえよりもさらに荒れているなとパトリツィオは片眉を上げた。

 部屋のうす暗さが気になり窓を見ると、カーテンが閉まったままだ。

 開けてやろうかと室内に踏みだす。

 突如、顔の横を鋭い刃物がつきぬけた。


「化け物め! この(やり)を受けてみよ!」


 訓練された動きで物陰から出現し勇ましく一本槍をかまえていたのは、コンティ家の執事だった。

 身につけた正装は何日か着たきりだったとみえて、うす汚れて(しわ)がよっている。

 パトリツィオは腕を組み、無言で年老いた執事の顔を見た。

 執事と目が合う。


「……私だ」

「パトリツィオ様」


「私だと言って入室したのに」

 パトリツィオはぼやいた。

 ほんとうならドアをすり抜けられるところを、わざわざノックまでしたのだ。

「ご無礼いたしました。旦那さまを守らねばと思うあまり」

 執事が槍をもちかえ深々と礼をする。

「役立たずの父の護衛、ごくろうだった」

 パトリツィオはそう告げた。

 顔を上げ、部屋の一角を見る。

 正装をした悪魔が二人、(ひざ)をつき部屋のすみにひかえている。

 うつむいた顔は双方とも若く、幼さの残る感じだ。


「ご説明いただいていたとはいえ、悪魔と呼ばれる者どもとは。少々落ちつきませんでしたな」


 執事が顔をしかめる。

「なるべく抵抗のなさそうな外見の者を選んだんだが」 

 奥のベッドから、寝言のようなものが聞こえる。

 役立たずはあそこかとパトリツィオは片眉を上げた。

薔薇(ばら)の山が贈られてきた件以来だな」

 パトリツィオは言った。

「正確にいうと、薔薇が到着する前日か」

「いやいや……」

 執事は槍を杖のように使い、かたわらの長椅子に腰かけた。

「とつぜんわたしの寝室にお出になられたときは、おどろきましたぞ」

 執事が返す。

「霊など見たのは、さすがにはじめてでしたからな」

「仮面をつけて出たのに、よく私だと分かったな」

「それはもう」

 執事が目もとをほころばせる。

「はじめはまさかと思いましたが」

「ランベルトは、いまだ気づかんようだ」

 パトリツィオは窓をながめた。

 死んだころと変わらない明るいレンガ色の街並みがカーテンの隙間(すきま)から見える。

「薄情な弟だ」

「お歳も離れておりますし、あまりご一緒したことがなかったからでしょう」

 執事が答える。

「ご一緒しているときは、あいつはたいてい寝ていたのだ」

 パトリツィオは眉をよせた。

「なぜお顔をかくして名前もないなどと」

「いまさらコンティの者のまえに出る気などなかった。接触せずにすむのなら、そうするつもりだった」

 パトリツィオは答えた。

「数ヵ月まえから様子を見ていたのだが、どうにも冥界からでは効率が悪すぎて」

 「それに」と続ける。


「ランベルトには、嫌われていた気がしていた」


「嫌ってはいなかったようですが、近よりがたいお人だとは思っていたようですね」

 執事が言う。

「あれのまえでは、完璧でストイックな跡継ぎを演じていたからな」

 パトリツィオは鼻で笑った。


「まあ、跡継ぎ息子として家を背負うつもりでいるのに、いまさら死んだほうが出しゃばってきたら立場がないだろうと」


 パトリツィオは肩をすくめた。

「あの薔薇についてはたいへんな思いをさせた。何かは仕込んでいるだろうと思って忠告にきたが、あれほどの惨状を仕掛けるとは」

「ええ……」

 執事がため息をつく。

「あれを花瓶(かびん)に活けていた女中たちや、女中たちに害された者たちはかわいそうなことをしましたが」

 執事が窓のほうを見る。

「何人かはこの部屋にかくまい窓から外に逃がしましたが」

「そうか」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ