Lo specchio è pieno di rose. 鏡の中は薔薇で埋まり III
ダニエラが勝ちほこった笑みを浮かべる。
パトリツィオに使役されていた悪魔たちがゆっくりと動作を止めたのを目で確認して、侍女たちにもどるよう目線で指示する。
赤みがかった黄色いドレスをまとった侍女たちは、ダニエラを囲むようにして床に膝をついた。
「冥界にもどって管理者の男色の相手でもしているがいいわ」
ダニエラは大ホールのなかを見回した。
パトリツィオの姿がどこにもないのをたしかめると、唇の端を上げる。
「この世に残った弟など、死者のおまえにはもう関係ないであろう？」
パトリツィオが指揮をとっていたあたりに向けて、ダニエラが言う。
「まして生前の生家の行く末など。ここはもうおまえの世界ではない。でしゃばるな」
パトリツィオが使役する悪魔たちは、動かない。
ダニエラはもういちど確認すると、そちらに背を向けた。
「悪魔使いにたぶらかされた不届き者どもは、のちほどゆっくりと始末しようか」
「おおそうだ」とダニエラは唇の端を上げた。
「ランベルトに始末させようか」
上体をかたむけて、ひかえた侍女の一人に耳打ちする。
「ランベルトの能力をたしかめるには、ちょうどよいな。そう思わんか」
侍女は答えなかった。
陶磁器で造られた表情のない顔を、ほんのわずかだけ上下させる。
「兄が使役していた者どもに、弟を襲わせるのか」
ダニエラが黒い手袋の手を唇にあて、肩をゆらして笑う。
「遊びとしても、まあまあ面白い。催眠を使える者は、配下にいたか？」
ダニエラは宙をながめた。
「そういえばポンタッシェーヴェのあの者は、悪魔使いの能力は持ち合わせてはいないのだろうか」
ゆるく腕を組み、かしずく侍女たちのあいだを一、二歩進む。
「一族の者同士で能力くらべをやらせるなど、どう思う」
ダニエラは含み笑いをした。
「実の娘に懸想して自棄になり、われらに手を貸すなど。あれも哀れな男だな」
しんと静かになった大ホール内に、ダニエラの高くとおる声とヒールの靴音だけがひびきわたる。
「まあ、人質と一族乗っとりの足がかりなら、お人好しであつかいやすい者の方が」
ダニエラが、かたわらにいた侍女の顔をかがんで覗きこむ。
「もちろんランベルトはかわいい。あの童顔は、小動物のようで意地悪をしてみたくなる。あれが夫でわたしはかまわん」
上体を起こして、ダニエラはつづけた。
「しかし不思議なものだ。おなじ顔をしていても、かわいい者とにくたらしさしか感じない者とがいるのだな。なにが違うのか」
うっとダニエラはうめいた。
パトリツィオは、ダニエラの背後に出没すると細い首に腕を回して締め上げた。
頭部を強引に上向かされ、ダニエラがギッと睨みつける。
「おまえ……」
「あんなので消滅するわけがないでしょう。除霊とかやったことはないですか？」
「離しや！」
ダニエラが両手でパトリツィオの腕をつかみ、引き剥がそうとする。
「うしろからとは卑怯な！」
「おなじようなことを自分もやったばかりではないか」
パトリツィオは肩をゆらして笑った。
「さっさと立ち去ればよいものを。いつまでも侍女相手に女子バナなんかしているから」
首を締め上げながら、ダニエラの手首をとらえてぎっちりとつかむ。
「さて」
ダニエラのなめらかな頬に顔を近づける。
「一族乗っとりとは？」
「離さんか」
「うちの胃腸の弱いのは人質か。まあ、そのくらいの見当はつけていたが」
パトリツィオは、ギリ、とダニエラの首をつよく締め上げた。
「乗っとってどうする。こちらの社会に影響力をもちたいのなら、大公家でも乗っとったほうが」
「離さんか！」
ダニエラが全身をよじり抵抗する。
「まあ、下手したら義理の兄妹になっていたかもしれないのだ。仲よくしましょうか」
「おまえなどと！」
周囲にひかえていたダニエラの侍女たちが、いっせいに顔を上げた。
攻撃の隙を伺って、じり、と膝を動かす。
「動くな」
パトリツィオは言った。
「女王を縊り殺されたいか」
ダニエラの頭部をさらに上向かせる。
うっとダニエラが呻いた。
「さあ、女王さま」
パトリツィオは、ダニエラの耳元でささやいた。
「素直に白状してくれれば、苦しませるのだけは勘弁してさし上げるが」
ダニエラは横目でこちらを見ると、紅い唇の端を上げた。
「いずれにしろ殺す気ではないか」
「それもそうだ」
パトリツィオは目を細めた。
「命をうばうことに罪悪感はないのか」
「死者にそれを言われても」
パトリツィオは苦笑した。
「貴様らの神は、禁じているのでは」
「うちの神は、異教徒は例外ですよ。ご存知なかったか」
