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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio nove 鏡の中は薔薇で埋まり

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Lo specchio è pieno di rose. 鏡の中は薔薇で埋まり II

 ダニエラが、(おうぎ)でアノニモの鼻先を指す。


「仮面をとってごらん。ランベルトとそっくりの顔をしているはずだ」 


 アノニモは、ダニエラを見すえた。

 顔をわずかに下に向け、片手で仮面を外す。

 さらされた素顔を見て、ダニエラが驚いた顔をした。

「ほう……」

 そう声を上げる。

「なんとまあ、瓜二つではないか。違うのは瞳の色だけか」

 アノニモことパトリツィオ・コンティは何も答えず、仮面を前ポケットに入れた。

「なぜ自身の正体をランベルトに明かさん」

 扇を手にしたままダニエラは軽く腕を組んだ。

「さあ」 

「答えよ」

 ダニエラが命令する。

「何を勘違いなさっているのか」

 パトリツィオはクククッと笑った。

「ここは貴殿らの世界ではない。貴殿など、こちらではただの追われた種族の者の一人にすぎない」

 コツ、と革靴の音をさせ、パトリツィオは前に踏みだした。


「まして、いまわれわれが立っているここは冥界の一部だ」


 パトリツィオは片眉を上げた。

「ここで女王などと言っても通用しないのですよ、ダニエラ嬢」

「おだまり」

 ダニエラがそう返す。

「死んだ兄が悪魔使い(ディアボロマエストロ)であったとは」

 ダニエラが目を眇める。

「まさか死者が口出ししてくるとはな」

 ダニエラが、紅い唇の端を上げて(あざけ)る。

「冥界を管理する王は、将校服の貴族の青年がお好みと聞いたが。この世に戻る許可は色仕掛けで得たのか?」

「女王のくせに男色の噂話が好きとは。ちまたの街娘と変わらんな」

 パトリツィオはそう蔑んだ。

 ダニエラが黒い扇を片手で開き、口元をかくす。


「生前から自身の能力を知っていたのか」

「ノーコメント」


 パトリツィオは肩をすくめた。

「ランベルトの能力については、おまえは知っているのか」

「それもコメントはできかねますな」

 パトリツィオは口の端を上げた。

「弟の婚姻話の相手に、打ちとけて話す気もないと」

「その婚姻で、何を企んでいるのかは聞きたいですが」

 パトリツィオは言った。

「魔力で当主の気を触れさせて、跡継ぎ息子との婚姻話を強引に承諾させ何がしたい」

「決まっている。見初めたからだ」

「それはウソだ。確信した」

 パトリツィオは答えた。

「何がウソだ。人生の終わった死者に、生ける者の本能に基づいた感情などもう分からんだろう」

「そんな御大層なことを考えなくても。先ほどからランベルトの名の呼び方が粗雑(ぞんざい)になっていることに気づいていないのか」

 ダニエラが閉じた扇の先で唇を軽くたたく。

「なるほど。わたくしとしたことが」

 紅い唇をニッと上げる。

「ですが、想いは本当ですのよ」

「白々しい」

 パトリツィオは返した。


「それでもおまえなぞよりは、ランベルトはよほど可愛いわ。顔はそっくりでも中身はずいぶん違うのだな」


 ダニエラが吐き捨てる。

「お人好しであつかいやすい弟と、ひねくれ者で(かん)のいい兄か」

「あれがお人好しで勘が鈍くて、あつかいやすいのは否定しないが」

 パトリツィオは言った。

「どんなに愚図(グズ)で胃腸の弱い者でも、だいじな次期当主なので」

「まもるために、わざわざ冥界から出向いたというわけか」

「左様」

 パトリツィオはそう返した。

 ダニエラが片方の手の平に扇を打ちつける。

 (べっ)するように目を細めてパトリツィオを睨みつけた。


「おまえ、邪魔だね」

「とうぜん。貴殿らの邪魔をしているのだ」


 パトリツィオは(あざけ)った。

 どんよりとした空気が周囲を包みはじめる。

 先ほど現れて消えた薔薇の残り香だろうか。甘い香りがただよい、スパイスの効いた香水のような香りに変化した。

 ダニエラのうしろに控えていた侍女たちが、人形のような造りものの肌に変じていることにパトリツィオは気づいた。


「パトリツィオ・コンティ」


 ダニエラが黒い扇で口元をかくす。

「おまえをまず消滅させる必要があるね」

 大ホールに数ヵ所ある大きな扉が、いっせいに開いた。

 すべての窓ガラスと鏡に、人形の侍女たちが(ひざ)をついた姿でずらりと映りこむ。

 大量の黄色い薔薇が扉と窓と鏡からなだれこみ、密陀僧(マシコート)色のドレスに身をつつんだ侍女の姿に変化する。

 突風に吹かれた花弁のように空中に舞い上がると、一挙にパトリツィオに向けて襲いかかった。


「冥王とやらのもとに、おまえの霊体の残骸を送りこんでやるわ!」


 ダニエラは、攻撃の指揮をとるように扇でパトリツィオを指した。

 黒い絹糸のような髪をなびかせ、赤黒い目は毒々しく輝いている。

「同族殺しはこのわたしがゆるす! 悪魔使いにたぶらかされた同族はおぞましい裏切り者だ。すべて殺せ!」

「むかえ撃て!」

 パトリツィオの背後に、大柄な者から小柄な者までさまざまな姿をした悪魔が出現する。

 大ホールの一角を埋めつくすように暗い赤色の一塊になり、興奮した息を吐いた。

 数人の悪魔たちがまえに進み出る。白い刃物のような形の空気の層が出現し、おそいかかる侍女たちを切りさいた。

 バラバラになった侍女の残骸が大理石の床におちる。

 すぐに人形の顔を上げ、カクカクとぎこちない動きで立ち上がった。

「行け!」

 ダニエラが黒い扇でパトリツィオを指し、侍女たちに攻撃を命じる。

 鏡から黄色い薔薇がつきづきと湧き、侍女の姿に変化して襲いかかった。

「前列、あの人形どもを殲滅(せんめつ)しろ。最後列、前へ!」

 パトリツィオは片手を上げ指揮をした。

 一列に並んだ悪魔がまえに進みでる。

「ほかは構うな。あの女王ひとりをねらえ!」

 進みでた悪魔が、鼻と眉間に皺をよせ獣のように咆哮する。


 ダニエラのもつ黒い扇を、見えない刃物が切りさいた。


 ダニエラが、片手で美しい顔をかばう。

 はじき飛ばされた扇が、黒い蝶のように大ホール内を舞った。

 ダニエラがドレスをからげて後ずさる。

「悪魔使いをねらえ! やつが消滅すれば使役されている同族は動けん!」

 ダニエラが、高くひびきわたる声で侍女たちに命じる。

 吹きぬけの天井をおおうほど高く舞ったダニエラの侍女たちが、マシコート色の弾丸のようにいっせいにパトリツィオめがけて襲いかかった。

「防御しろ!」

 パトリツィオは、微動だにせず周囲の悪魔に命じた。

 周りにひかえた悪魔が、ぐにゃりと姿をゆがませて触手のような形になり、空中から襲いかかる侍女たちを呑みこむ。

 ややして人形の身体の残骸が床一面に散らばった。

「かかった! やれ!」

 ダニエラが、黒い手袋の手をパトリツィオに向けた。

 パトリツィオの足元から、マシコート色の(そで)をまとった腕がウネウネと伸びる。

 細い手を刃物のように鋭くとがらせると、すさまじい速さでパトリツィオの顔を横一線に切りさいた。


 パトリツィオの姿はゆがみ、顔の上半分が分離してゆるりと空中に飛んだ。





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