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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio otto リンゴはどうすればパイになる

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Cavallo scontroso. 気難しい馬

 玄関の扉を開け外に出る。

 月明かりがあるとはいえ、角灯(ランタン)がなくては心もとない。

 アノニモが使役する悪魔に向かい(あご)をしゃくる。

 悪魔は手の上にあらたな松明を灯し、庭の通路を先導した。


「まず馬屋だ。そこを左」


 アノニモが悪魔に指示する。

 馬屋の場所も知っているのか。

 ランベルトは背後のアノニモをちらりと見た。

 馬屋に着き、松明(たいまつ)の灯りを頼りに乗りなれた馬のつなぎヒモをさぐる。

 馬屋の番をする者はいない。

 アノニモのいう通り、外にいた使用人は無事に逃げのびたと思われた。

 ピッチフォークが何本か落ちていたが、武器として使ったのだろうか。

 馬屋内に、死体はなかった。

 手もとが暗いなか、ふだん乗っている馬に(くら)をつける。

 つなぎヒモを外しながら、ランベルトはほかの馬に目を向けた。

「外しておいたほうがいいかな」

「そうですね。門の外までは、まあ行かないんじゃないかと」

 アノニモは周囲を見渡した。

 何日後にもどれるか分からない。

 庭の草を食べて(しの)いでくれればと思った。

 ほかの馬のつなぎヒモを外す。アノニモが馬屋の奥に行き手伝いはじめた。

 入り口側と奥側から、それぞれ順番につなぎヒモを外す。


 奥にいた馬のうちの一頭が、アノニモがヒモを外しているあいだやたらと(なつ)いてすりよっていた。


「へえ……」

 ランベルトは首を伸ばして、そちらを見た。

「それは亡くなった兄がよく乗っていた馬だ」

 そう告げる。

「年をとって気難しいので、あまり知らない者には寄っていかないのだが」

 アノニモは黙ってヒモを外していた。

 馬屋を見回し、すべての馬を解きはなったと確認する。

 ランベルトは鞍をつけた馬を引き、馬屋を出た。

「屋敷を離れるのか?」

 馬を引きながら尋ねる。

「そのほうが安全でしょう」

「それでどこに」

「真っ直ぐポンタッシェーヴェが早いんでしょうが、今日のところはまず宿にでも」

 正門に門番はいない。門を手ずから開け閉めする。

 (あぶみ)に足をかけ、馬に乗る。

 小さく掛け声をかけ、アノニモがうしろに乗ってきた。

「……ちょっとまて。乗るのか」

 ランベルトはふり向いた。

「べつに重さはないのですから良いでしょう」

「ないのか」

 そのわりに乗るとき掛け声をかけていたのは何なんだ。単なる生前のクセか。

「……ならまあ、いいが」

 ランベルトはいちど屋敷をふり返り、馬を進ませた。




「しかし宿屋か。この辺は……」

 酒場の多い広い通り。

 ランベルトは、ゆっくりと馬で通過した。

 (ひずめ)が石畳をたたく音がする。

 うしろをふり向いた。死体の追っ手がきている様子はない。

 外出禁止令の出ている時間帯なので、どの店もすでに閉まっていた。

 ときおり建物の壁によりかかり座る人影を見かける。路上生活者か酔っ払いだろう。 

 月が出ているとはいえ足下は暗い。

 まえを先導する悪魔の松明(たいまつ)の灯りが頼りだ。

 二階が宿屋になっているであろう酒場は、通りにいくつかあった。

 主人(あるじ)を起こして宿泊を申し出ればよいのだろうが、どこもあまり品のよい宿とはいえない。

 どの店にしたものかと、ランベルトは道の両側の看板を見回した。

「女性なら、出産が近いといって養育院に身を寄せることもできますのにねえ」

 うしろに乗ったアノニモが言う。

「……冗談なのか、それは」

「少々(がら)の悪いところでも一晩中お守りいたしますよ」

 アノニモが言う。

 ああ、とランベルトは返事をした。

 こういったところに泊まったことはない。

 身形(みなり)が違うことはかくしようもないので、泊まるさいには護衛をお願いすることになるだろう。

「このあたりに親戚がいればよかったのですが」

 アノニモが言う。

 親戚の居住地まで知っているのか。

 もはや素性にたいして突っこむのも疲れてきて、ランベルトは無言で聞き流した。

 不意に、ガクンと身体がまえにゆれる。

「おっと」

 アノニモがうしろから抱き起こすようにして身体を支えた。

「すまん、眠気が」

「安心したんですかね」

 アノニモは言った。

 空腹も一気に襲ってきた気がする。

「早めに宿を決めたほうが」

「先ほどから迷っていたんだが……」

 ランベルトは切り出した。

「いちおう知り合いといえる人が、近くにいるにはいるんだが」

「それを早く言いなさい」

 子供を叱咤(しった)するような口調でアノニモが言う。

「このさい、その方に甘えさせていただきましょう」

「迷惑ではないかな」

 ランベルトは眉をよせた。

「馬上でふらついているような状態で、何を言っているんです」

 アノニモが手を伸ばして、手綱をにぎる。

 いざというときは代わりに操るつもりか。

 そんなにいまにも倒れそうに見えているのだろうか。

「あからさまに迷惑そうな顔でもする御仁で?」

「いや。とても優しい人だ」

 ランベルトは答えた。

「困ったときには、いつでも言ってくれと以前から言われていた」

「では、その方のところに案内を」

 アノニモが、先導する悪魔を呼び止める。

「この道をどちらのほうに?」





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