Come le mele si trasformano in torte. リンゴはどうすればパイになる
「礼拝所の女悪魔の件のとき、舌が食肉花の味がすると私が言ったのは、聞こえてはいませんでしたか？」
アノニモが問う。
女中の死体は、大きく上半身を反らせて内側から炎を吹いた。
アノニモがランベルトのほうに歩みより、肩を押して離れさせる。
「あの長ったらしい接吻のときか」
「接吻については余計です」
アノニモがそう返す。
「私が進んでしていたみたいではないですか」
そうなのかと思っていた。
「やつらが絶対的な悪として教会に利用されるようになったのも、それなりの下地があってことですよ。なにもまったく罪のない種族に罪を着せたわけではない」
コツコツと革靴の音をさせ、アノニモは食材の棚のほうへと行った。
食材棚の上から下までをながめる。
食べられそうなものを物色しているようだ。
「やつらの「人類」としての価値観は、地上に残った人間とほぼ同じです。だが、いま地上に残っている人間を、同じ「人類」ととらえてはいない」
棚の奥に手を入れ何かをとり出すと、アノニモは放り投げてよこした。
とっさなので取りそこねて、ランベルトの足元にゴロゴロとなにかが転がる。
リンゴだ。
かがんで拾う。
「それは食べられますか？」
アノニモが尋ねる。
炉辺の灯りのなか、両手でもちリンゴのあちらこちらを見る。
「……たぶん」
「では、取りあえずそれを食べていなさい」
アノニモが言う。
空腹というよりも軽く腹痛を感じていたのだが、何か胃袋に入れれば治まるだろう。ランベルトは噛った。
とたんに空腹を感じたような気がする。
しゃくしゃくと音を立て、二口目、三口目を噛った。
アノニモが、ランベルトの食べる様子をながめる。おもむろに口を開いた。
「それ、どうすればパイになるんでしょうかね」
「よく知らんが、切ってパイ生地で包んで焼くのでは」
「なるほど」
アノニモがそう応じる。
本気で質問していたのかとランベルトは思った。
調理や食材の方面の弱さは相当だなと思う。
生前は跡継ぎ息子として育ったのだろうか。
当主一家の者は、厨房係などの下級の使用人とは顔も合わせないのがふつうだが、九歳で兄が亡くなるまで跡継ぎではない次男として育ったランベルトは、そのあたりはあまり厳格には言いつけられていなかった。
兄とくらべると、下の者とはあるていど自由に接していた。
「先ほどの同じ人類ととらえていないというのは？」
ランベルトは、リンゴを噛りなが尋ねた。
「ああ」
アノニモはべつの食材棚を見ていた。
「鳥やウサギを食すことを、罪だなどと思ったことはないでしょう？」
アノニモが言う。
「同じ種族である人間にそれをやるのはとんでもない罪だが、鳥やウサギを食すことは何とも思わないのがふつうだ」
「ああ……まあ」
ランベルトは相づちを打った。
「彼らも同じです。べつの種族である「人間」は、鳥やウサギと同じです。罠にかけて殺しても、ときには食材として扱ったとしても罪とはとらえていない」
ランベルトは、リンゴを噛っていた動作を止めた。
「分かりにくかったですか？」
「……いや。理解はできた」
ランベルトは厨房内をながめた。
床に隙間もないほど横たわった死体を照らして、炉辺のオレンジ色の光がゆれる。
「ではダニエラ殿の婚姻話とは何だったのだ」
「さあ。あなたを食料にしようとしたか、ペットにしようとしたか」
ランベルトはわずかに眉根をよせた。
「単にポンタッシェーヴェの土地が欲しかったわけではないのか」
「やつらが最後まで住んでいた土地のひとつですから、取りもどすのも目的の一つではあるでしょうが」
ランベルトは、食べかけのリンゴに目を落とした。
「コンティの何人かの記憶を惑わしているのだ。そんな魔力があるなら、婚姻という方法を取ることはないだろう」
「いや次期当主であるあなたに、その魔力が通じないわけですから」
アノニモがそう答える。
「あなたは、やつらにはいちばんの邪魔ですよ」
食材棚を確認し、アノニモはこちらにもどってきた。
「殺害しやすいように婚姻という形で手元に捕らえようとしたか、それとも、魔力の通じないほかのコンティの者にたいする人質にでもしようとしたか」
「魔力の通じない者はほかにもいるのか」
ランベルトは、ふたたびリンゴを一口噛った。
「素質の問題ですからね。悪魔祓いの能力そのものはなくても、惑わされないだけの者ならほかにもいると思いますよ」
「では私もそれだけの者かもしれないではないか」
ランベルトはリンゴを噛った。
先ほどこの厨房にきたときは、死臭でとても食欲などわかないと思っていたが、嗅覚が麻痺してきたのだろうか。
「まあ、その可能性もあるわけなんですが……」
アノニモが答える。
「もう少し効率よく能力のある者の見当をつける方法はないのか」
「何とも。七百年も忘れ去られていた能力ですからねえ」
アノニモが肩をゆらして笑う。
「そういえば、ガエターノ叔父上がポンタッシェーヴェの土地は変わりないとおっしゃっていたが。叔父上は、まどわされてはいないということか」
アノニモは答えず、もういちど厨房のなかを見回した。
「ほかに食べられそうなものは、ちょっとないようですね」
ランベルトの横をすれ違うようにして、アノニモは厨房の出入口に向かう。
「それ食べたら、屋敷から出ますよ」
