Un altro essere umano demonizzato. 悪魔とされた別の人類 II
「ところで」
ランベルトは切りだした。
うしろをふり返り、白い将校服の姿をたしかめる。
「先ほども聞いたが、調理の心得はないのだな」
「ありません」
アノニモが答える。
「私もだ」
「そうでしょうね」
アノニモがおだやかな口調で返した。
「どうするのだ。調理のできない者がそろって無人の厨房に行くなどして」
「材料くらいはあるでしょう」
アノニモが答える。
「あの者もいますし」
アノニモが、前方を先導する厳つい大男の悪魔を指さした。
「あの者が調理を?」
いえ、とアノニモが答える。
「あの者に焼かせれば、だいたいは食べられる感じになるのでは」
ランベルトは、うつむいて口をおさえた。
こんどこそ焼いた死体を口につっこまれたような錯覚をおこす。
「三日たっているのだろう? 材料は傷んでいるのでは」
ランベルトは言った。
アノニモがしばらく黙りこむ。
「ああ……」
ややしてから間の抜けた声を上げた。
「そういえば。そういうの聞いたことあります」
ランベルトは脱力した。
これは完全に調理などしたことない者のセリフだ。
材料を手にしたことすらなさそうだ。
自分もだが。
何となく万能そうに見えていたアノニモだが、この方面はまるでダメなのだとよく分かった。
「大丈夫です。この屋敷の厨房の場所は知っています」
アノニモが答える。
「なぜそんなことだけ知っている……」
「行ったことはないのですが」
「うちの先祖か何かか? おまえは」
ランベルトは改めて問うた。
「同じことをなんども聞くようだが、この屋敷が建って以降の代の……」
「足元、危ないですよ」
アノニモが下を向く。
「せめて素性を教えられない理由を言ってくれ」
仮面の顔が、手燭の灯りで照らされる。
「私は死んだ者ですよ。事がすべて解決したら、冥界にもどり二度と会わない。覚えていないほうがいい」
「完全に忘れるのは無理では?」
ランベルトは眉をよせた。
「それでも、だれなのか分からないほうが印象には残りにくい」
「そんなものか?」
そう答えてランベルトは前を向いた。
「そんなものです。すぐには無理でも今後何十年と生きていたら、だれなのか分からない死者の記憶など薄れます」
「おまえは忘れて欲しいのか」
ランベルトは尋ねた。
「忘れたほうがいい」
「では、なぜ私の目のまえにきた」
ランベルトは問うた。
しばらく待ったが、アノニモの答えが返ってこない。
いなくなったのかと思い、ランベルトはうしろをふり返った。
つぎの瞬間、アノニモが身体ごと突進してきた。
将校服の背中と、壁との間にきつくはさまれる。
「なん……?」
結わえられたダークブロンドの髪が、鼻の横でゆれる。
アノニモが片腕でなにかを払いのける。
何者かの襲撃を受けたようだ。
長身の影が、獣のような息を吐いて向こうに飛びのく。
死臭がした。
「もっていてください」
アノニモはふり向くと、ランベルトに手燭を渡した。
「……ああ」
「ぐずぐずするな! やれ!」
松明を灯していた大男の悪魔にアノニモは命じた。
悪魔が手にしていた松明をそのまま膨張させ、長身の影に向かって放つ。
廊下の一角で、身をひるがえす長身の影が見えた。
暗い廊下の向こうに走り去る。
「追え!」
アノニモが悪魔に命じる。
「いや……追うまではしなくてもよいのでは」
ランベルトは制止した。
「あのままお父上のお部屋まで行ったとしたら?」
「あ……」
ランベルトはべつの棟を見た。
「ほら。あなたもさっさと身罷ってほしいと思っている」
「思っていない」
「まあ……」
アノニモが仮面をおさえる。
「お父上のところまで行くかどうかは、あの女の目的しだいでしょうが」
「あの女……」
ランベルトは顔を軽くしかめた。
「ダニエラ・バルロッティ嬢のことです」
「分かっている」
廊下のずっと先のほうで、赤い光がはげしくゆれながら床と天井とを照らして消える。
何かが宙を舞ったように見えた。
しばらくしてから、大男の悪魔がゆっくりとした足どりでこちらにもどる。
「この状況を、どこかで見ているのではないですかね」
アノニモは周辺を見回した。
「見ているのか?」
「死体があなたをおそうタイミングが、何となく意図的な感じがしませんか?」
アノニモは言った。
「ただ殺すというより、一定の間隔でちょっかいをだすというような」
ランベルトは、暗闇に映える白い将校服を見た。
ふと、壁の上方を見上げる。
やけに暗い感じがしていたのは、窓がないせいかと今ごろになり気づいた。
私室まえの廊下では射しこんでいた月明かりが、ここにはない。
「あなたが眠ったままでいる三日間のあいだは、部屋に入る死体は一体もいなかった。なのに目覚めたとたんに順番に襲いにきている」
アノニモが、指を二本立てる。
「二つめ。あの従者と話している最中は、襲ってくる死体は一体もなかった」
アノニモが肩をすくめる。
「たまたまですかね」
「意図的だとしたら、なぜそんなこと」
「さあ。女心に疎いもので」
アノニモはそう返した。
「……ということは女中が持った斧は、あの令嬢の趣味か?」
アノニモが顎に手を当てつぶやいた。
「先日の礼拝所の下品な女悪魔たちといい、あの種族の女は趣味で樵でもやるんですかねえ」
「どこかから見ているのなら、話し合いを呼びかけられないだろうか」
ランベルトは周囲を見回した。
「どんな?」
「まずは結婚話の正式なお断りを」
「そんなのあとにしなさい」
アノニモが口元を歪める。
「こんな状況を作り出している相手と話し合いですか? あなたはあの女に殺されかけた。そのうえ屋敷を死体だらけにされたんですよ」
アノニモが吐き捨てる。
「正式なお断りも何も、あったものではない」
アノニモが手をこちらに差しだす。
なに、というふうにランベルトは仮面の顔を見たが、手燭のことだと気づき手渡した。
「すでに死体になった者を気の毒の何のと言っている暇があったら、私が契約を遂行できるよう協力でもしなさい」
「契約……」
ランベルトはつぶやいた。
「……ダニエラ殿の抹殺か」
「そうです」
アノニモが答える。
「おまえは、あのときからダニエラ殿が何者か知っていたのか」
「知っていたから契約を申し出たんです」
こちらにもどった悪魔に向けて顎をしゃくり、アノニモはふたたび厨房までの廊下を照らすよう指示した。
「なぜ知っていた」
「それは」
ランベルトの背中を押し、アノニモが厨房に促す。
「そこから遠回しに私の素性をさぐろうとしていませんか?」
「……思いつかなかったが」
ランベルトは顔をしかめた。
「そういえば、対価とは何だ」
「それはあとで」
アノニモが答える。
「払い切れないようなものではないだろうな」
「払えそうな方だから契約を申し出たと言ったでしょう」
「何が欲しい」
ランベルトは尋ねた。
「コンティの財産か?」
「まえにも言いましたよ。霊がどこでお金を使うんですか」
「生前の何らかの名誉の回復か?」
「とくに黒歴史などありませんねえ」
暗い廊下に靴音がひびく。
「墓か? それとも司祭の聖書の読み上げが欲しいとか」
「どちらも間に合っています」
「そういえば、おまえの墓はどこだ」
ランベルトはうしろをふり向いた。
「ほら、うまいこと素性をさぐろうとしている」
「していない」
ランベルトは眉をよせた。




