Un altro essere umano demonizzato. 悪魔とされた別の人類 I
厨房に向かってせまい廊下を行くと、腐臭を感じた。
使用人しか使わない廊下だ。当主一家が使う廊下とは違い飾りはない。
ところどころにロウソク立ては取りつけてあるが、シンプルなものだ。
もちろん今日は、ここもロウソクの灯りなどない。
真っ暗い足元を伺う。
すぐ周囲にはなにもないようだが、廊下の先のほうにだれかの身体が横たわっているのが見える。
「……どんな様子だった」
ランベルトは尋ねた。
手燭を手にうしろをついてきたアノニモが、やや間を置いてから口を開く。
「詳細にご説明しますか?」
「いや……」
ランベルトは口籠った。
「耐えられるか分からないが……聞く義務はあるのだろうと思う」
「どれだけ詳しくお聞きしたいか、レベルを示してください」
「レベルって」
ランベルトは眉をよせた。
「……みな逃げまどったのか?」
「はい」
アノニモが答える。
「泣いていた者は」
「そうですね。家族のある者が」
ランベルトはしばらく黙っていた。
暗い廊下の先をながめる。
「……逃げのびた者は」
「それは先ほども聞いていましたよ」
「何人だ」
「正確にはまだ」
ランベルトは、手の上で松明を灯す厳つい悪魔の先導について行った。
先ほどから目に入っていた死体らしきものの横に差しかかる。
鼻孔に入る腐臭で、間近によらなくても死体であることが分かった。
松明と手燭の灯りでは、こまかい容姿まで確認できないが細身の男性のようだ。
「……ギレーヌという人だが」
「はい」
アノニモが返事をする。
「ギレーヌというのは、外国の名だな」
「いまのフランスに当たる土地の名前です」
アノニモが答える。
「その人は、フランスのほうからきた人だったのか」
「もともとコンティの先祖が、そちらの出だとは知りませんでしたか」
「知らなかった」
ランベルトはアノニモをふり返った。
「悪魔というか、べつの種族の人間たちはフランスにもいたのか」
「人の住むところには、ほぼ同じようにいたんじゃないですかね。最後に残った土地のひとつがポンタッシェーヴェなんです」
「……それなら、やはり彼らにも言い分はあるのでは」
「ランベルト」
アノニモが、やや厳しめの口調で言う。
「追いやられたのには、それなりの理由もあるんですよ」
ランベルトは、もういちどアノニモを見た。
「ある時期まではそれなり共存していたのに、徐々に対立していったのは何も単純な縄張り争いだけではない」
「では何が」
「言ったでしょう。彼らは精神からグラつかせるのが手口だとも、はかりごとが好きだとも」
アノニモは言った。
「教会が力をつけていくさいに「悪魔」という絶対的な悪物に仕立て上げられたのはたしかですが、そもそもの元ネタを提供していたのは彼ら自身の行動です」
ランベルトは眉をよせた。
「……コンティが、教会のいろいろな思惑を知りつつ協力したような背景が透けて見える気もするんだが」
ランベルトは言った。
「コンティとて、何も万能の一族ではない。生き延びるために、どちらにつくのかが大事なのは、いつの時代も同じですよ」
「おまえはそれを、どこで知った」
ランベルトは問うた。
「バルドヴィーノが言ったように、冥界で先祖のギレーヌから聞いたのか?」
「ギレーヌは、とっくに転生しています」
アノニモが答える。
ランベルトはうしろを振り返った。
手燭を持ったアノニモの姿が、ふり返った瞬間だけ半透明に透けた気がした。
「え……」
そうつぶやき立ち止まる。
「何ですか?」
「いま姿が……」
「増えてでもいましたか?」
アノニモが肩をゆらして笑う。
「いや半透明に」
「霊なのですから、それが本来でしょう」
アノニモが答える。
「私の見ていないところではそうなのか?」
「こちらに霊として出現するには、冥界とのいろいろな規約がありまして」
アノニモがランベルトの肩に手をかけて、前を向かせる。
歩を進めるよう促した。
「……そういうものなのか」
ランベルトはそう応じた。
手燭の灯りがきちんとついてきているかを横目でたしかめる。
「その冥界の管理者というのが、非常に色好みの両刀使いの御仁でして」
「は?」
ランベルトは顔を歪ませた。
「将校服の良家の青年が好みだとか言うので、許可が降りるさいにはヒヤヒヤもので」
「あ?」
「あなたも死んださいには気をつけるように」
ランベルトは眉をよせた。
何の話だ。
また何かはぐらかされたのだろうか。
ランベルトは、困惑しながら廊下を進んだ。




