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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio sei 踊り場に悪魔がいる

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C'è un diavolo in pianerottolo. 踊り場に悪魔がいる II

「よけいなことを考えていないで思い出すことに集中しなさい」

 アノニモがふり向き、子供を叱咤(しった)するように言う。

 なぜべつのことを考えたのが分かるのだ。ランベルトは将校服の背中を見つめた。


「思い出しているあいだに、べつの話題を」


 アノニモが言う。

「いや……まて」

 ランベルトは口を挟んだ。

「いま思い出さなくてはいけないのか?」 

「そうしてください。ランベルト様」

 アノニモが心なし「様」を強調する。

 従者らしくないと言われたことがそんなに気になるのか。

「貴殿の主人が贈られてきた薔薇(ばら)のせいで、こちらは大迷惑だ」

 アノニモが切り出す。 

「使用人が大量に死亡し、何人かの者は死体も残らないなど、おかしなウワサでも立ったらどうしてくれる」

「どうしてくれるとは?」

 バルドヴィーノが口角を上げる。

「ウワサが立つとしたらコンティ家だが、あなたの生前の生家と何か関係が?」

 そう返す。

 アノニモが、ククッと肩をゆらして笑った。

「血の伯爵夫人の城もかくやというありさまだ」

「そうはおっしゃるが」

 バルドヴィーノが苦笑する。

「死体も残さないところまで焼かせたのはあなたでは?」

 そう言い声音を落とす。

「……われわれの同族の者を使って」

 バルドヴィーノが階段の一点を見つめる。

 アノニモが使役していた大男の悪魔は、いつの間にか姿を消していた。

 手に灯していた炬火(たいまつ)だけが人魂のように暗い階段のうえに浮いている。

「重宝しておりますよ」

 アノニモが指先で仮面を直す。

「そんな下級の者でよろしければ、お好きなように」

 バルドヴィーノは言った。


「ほう。“上級” の貴殿らは、やはり簡単にはとりこめないか」

「あなたと同じで、男にとりこまれる趣味はないので」


「それはけっこう。おたがいの趣味が確認できたところで」

 アノニモがこちらをふり向く。

「そろそろ思い出しましたか、ランベルト」

「いや……ちょっと待て」

「早くしなさい」

 アノニモがなじる。

「どうしてもいま思い出さなくてはならんか」

「ここでいまあなたにできる仕事なんて、それくらいではありませんか」

 やりとりを見ていたバルドヴィーノが含み笑いをする。

「少々きびしすぎませんか、“兄上どの” 」


 ランベルトは何気なく顔を上げ、アノニモの背中を見た。

 アノニモが呼応するようにふり向く。


「何ですか?」

「いや……」

 アノニモがふたたびバルドヴィーノのほうを向いた。

「なかなか思い出せないようなので、もうひとつ」

 アノニモが手袋をはめた手で指を一本立てる。

「貴殿らは “悪魔” と称されるが、それは教会側につけられた呼び名だ」

「ご存知でしたか」

 バルドヴィーノが答える。


「正確には、私たちとは違う種類の “人” だ」


 アノニモが言う。

 バルドヴィーノが階段を一段だけ降りる。

「……どういうことだ」

 ランベルトは口をはさんだ。

 アノニモがこちらをふり向く。

 また集中しろと言われるか。ランベルトはわずかに顔を引いた。

「三万年ほど前まで、人というのは二十種類ほどいた」

 アノニモは言った。

「ほかは滅びて、いまはまあ一種類ということになっているのですが」

「……何の話だ」

 ランベルトは困惑して眉をよせた。

「人というのは、神の造りたもうた一種類だけでは」

「それは聖書のおとぎばなしです、ランベルト」

 アノニモが答える。


「あなた方よりも少々薬術などが得意で魔力のようなものを持ち、べつの世界へ出入りする能力を持っていた人類ですよ」


 バルドヴィーノがおだやかに言う。

「そして、いまこちらに残った人類に追われた」

 アノニモがそう補足する。


「ポンタッシェーヴェの土地が自分たちのものだと主張したいらしいが、そこを打ち捨ててべつの世界へと居を移したのは貴殿たちでは?」


「最終的に完全に打ち捨てるところまで追いつめたのがコンティ家だ」


 バルドヴィーノが言う。さらに一段、階段を降りた。

「七百年もまえの話だ」

 アノニモが肩をゆらして笑う。

「ちょっ……ちょっと待て」

 ランベルトは声を上げた。

 アノニモの腕をつかむ。

「拳銃で撃っても、ひるませる程度と言っていなかったか?」

 アノニモはふり向かなかった。

「人なら、撃ったら死ぬのでは」

 ランベルトはアノニモの腕を強くつかんだ。

 アノニモがゆっくりとふり向く。

「聖書で育った人間に、べつの人類なんて話をいきなり言っても呑みこめないのではと思いまして」

 アノニモが答える。

「とりあえずそういうことにしておこうかと。ご自身で身を守っていただくのが先ですから」

「そうして(だま)して、あなたに人殺しをさせるつもりだったのかもしれませんよ、ランベルト(ぎみ)

 バルドヴィーノが苦笑する。

「いずれにしろ貴殿たちは、弾丸など魔力である程度は防ぐであろう?」

 アノニモがククッと笑う。

「そういった能力にも個人差がありますよ。そんな危険なことを乱暴に決めつけないでいただきたい」

 バルドヴィーノが答える。


「それであなたは、そんなことをどこで知った?」


 バルドヴィーノが問う。階段をもう一段降りた。

「コンティには、もうほとんど伝わっていなかったようだが」





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