C'è un diavolo in pianerottolo. 踊り場に悪魔がいる I
「では政略結婚というのは」
「新枕のおりにとって食おうとでもしたのか……」
アノニモが顎に手をあてて言う。
「……食うのか」
「ある意味」
アノニモが答える。
「どんな意味だ」
「子供みたいな質問しないでください」
ランベルトは困惑して眉をよせた。
「まあ、冗談はともかく」
アノニモがダークブロンドの前髪をかき上げる。
「……冗談なのか」
「ここまでは冗談です」
アノニモは言った。
「コンティと対立してきた悪魔どもの女王が、コンティを一族ごと騙して跡継ぎ息子との婚姻を画策した。もうこれだけで怪しいでしょう?」
アノニモが階段を一段降りる。
「コンティの内部に入りこんで、血の殲滅をはかるつもりだったとでも思うしか」
「不粋な方ですねえ」
階段の踊り場から声がした。
低く色気のある男性の声だ。
アノニモが真うしろを向き、ランベルトを背中に庇う。手燭を上にかかげた。
踊り場にある大きな肖像画を背に立つ人物がいる。
長身のバランスのよい体型に正装。客間に現れた悪魔、バルドヴィーノだ。
「夜分に失礼いたします」
「取りこみ中なのだが」
アノニモが答える。
「さほど長居はいたしません」
バルドヴィーノがそう返した。なめらかな曲線をえがく手摺に手を掛け、二、三歩降りてくる。
「こんなタイミングで現れてよろしいのか? 貴殿の主人がだれかバレてしまった」
「何のことやら」
バルドヴィーノが肩をすくめる。
「先日の居所の確認とは、けっきょくどういうつもりで?」
アノニモは問うた。
「せっかく会いにきたのに避けられてしまいましたから、往診とやらがほんとうかどうかたしかめてこいと」
「質の悪いつきまといのようですねえ」
アノニモがクククッと笑う。
「本音からランベルト君の体調をご心配なさったのですよ」
バルドヴィーノは微笑した。
「あなたこそ見当をつけていたなら、なぜ私の主人が男性に決まっているなどという意地悪を」
「本気でそう思っていましたよ」
アノニモが答える。
「食えないお人だ」
「男に食われる趣味はないので」
「ここ数日で、ずいぶんとランベルト君の信頼を得たようで」
バルドヴィーノが、ゆっくりと階段を一段降りてこちらに近づく。
「言ったでしょう。愛情が違うと」
アノニモが肩をゆらして笑う。
言葉は戯けているようだが、バルドヴィーノが動くたびにランベルトを庇った腕をわずかに反応させる。
「以前からランベルト君を知っていたのかな?」
バルドヴィーノが首をかしげる。
「おや。私は出会って間もない仕えたばかりの従者という設定では」
「そもそもあなたは、生者ではないだろう」
バルドヴィーノがまたゆっくりと一段降りる。
「われわれの世界にすんなりと入りこんで、妙な目眩ましを放ってくれた」
「あのせつはどうも」
アノニモが肩をゆらして笑う。
「せっかくランベルト君をこちらの領内にお呼びして、説得している最中であったのに」
「 “女は魔物だ” などというごまかしで言いくるめられては困る。貴殿の主人は、ほんものの魔物ではないか」
アノニモが言う。
“女性は魔物だとかいうではないですか”
そのセリフがランベルトの頭のなかをかすめた。
覚えがある。
どこで聞いたセリフだったか。
「ランベルト」
アノニモがこちらをふり向いた。
「私と契約した、あの夢とやらです」
アノニモがそう話す。
「私が話しかける直前、あなたと話していたのがこのバルドヴィーノです」
ランベルトは、アノニモの将校服の肩越しに階段の上段を見た。
ゆっくりと記憶をさぐる。
あの夢は、夢ではなくべつの世界なのだとアノニモは言っていた。
だが、アノニモと契約したところ以外は何か記憶がぼんやりとしているのだ。
「あなたが空間に切りこみなど入れて目眩ましするから、記憶が跳ばれたのでは?」
バルドヴィーノがこちらの表情を見て苦笑する。
「あれくらいでですか。根性で思い出しなさい、ランベルト」
アノニモが言う。
「手厳しい」
バルドヴィーノが、喉の奥を鳴らしてククッと笑う。
「従者というより、まるで歳の離れた兄上か何かのような」
ランベルトは目線を上げてアノニモの背中を見た。
そういえば、この男は何者なのだ。
ここのところ何となく馴れ合ってしまっていたが、肝心なことがまったく分かっていない。




