表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio cinque マスカレードマスクが邪魔をする

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/79

La maschera mascherata si mette in mezzo. マスカレードマスクが邪魔をする

 ランベルトは、白い将校服の背中を見た。

「……できれば」

「できません」

 アノニモが答える。

「ムダなことをして、自身の命まで危険にさらす気ですか」

「人間らしい情がムダか」

「人間から外れてしまった者にはムダです」

 アノニモが冷静に返す。

「銃で脚を撃てば、襲ってくることはできなくなるのでは」

 ランベルトはそう提案した。

 こうして言い合いをしているあいだに、使役する悪魔にむごい命令をだされるのではと、アノニモの肩をがっしりとつかむ。

「あなたが撃ちますか?」

 アノニモがゆっくりと振り返って問う。

「撃てますか?」

 ランベルトは、仮面をつけた顔を凝視した。

「いや……」

「銃の鍛練をするときの標的は撃てても、女中の形をしたものは撃てないでしょう?」

 アノニモが口の端を上げる。

「坊っちゃま」

「なっ……」


「邪魔しないでくださいませ、パトリツィオ(ぎみ)


 女中がしわがれた声で言う。

 ランベルトは眉をよせた。

 アノニモを、死んだ兄と間違えているのだろうか。

 ランベルトよりもずっと歳上と思われる女中だ。兄パトリツィオが生きていたころにも、すでにこの家にいたかもしれないが。 

「どいてくださいませ、パトリツィオ(ぎみ)

「妙な名前で呼ぶな。坊っちゃまに嫌われるではないか」

 アノニモが不愉快そうに返す。

「坊っちゃまは、兄君がお嫌いだったのだ」

「べつに嫌ってはいない」

 ランベルトは反論した。

 なぜ兄との仲を、見たことでもあるかのように言っているのか。

「間違いなくお嫌いだったでしょう」

「だいたい何だ、先ほどからのその坊っちゃまというのは」

「何か、ぴったりの呼び方のような気がしてきまして」

 アノニモがククッと笑う。

「いいではないですか。女中にもそう呼ばれているみたいですし」

「一部の女中だけだ。古株とかの」


「パトリツィオ(ぎみ)、どいてくださいませ」


 女中が斧を振り下ろす。

 アノニモの使役する悪魔が、斧を受け止め火柱で焼き溶かした。

 柄と刃の一部だけ残った斧が、床にカランと落ちる。

「どいてくださいませ、パトリツィオ(ぎみ)

 女中はしわがれた声で繰り返すと、ランベルトに襲いかかった。

 アノニモが女中の頭部をつかみ、横に払いのける。

「この調子で何体もこられたらどうします?」 

「何人もいるのか?」

「屋敷に人が何人いたと思っているんです」

 ランベルトは、大きく目を見開き仮面の顔を見た。

「……使用人全員なのか?」

「全員ではありません」

 ランベルトはホッと息を吐いた。

 アノニモが、おもむろにつづける。

「あとは、こうなった者たちに殺されました」

「なん……?」

 にわかには信じられず、真っ暗い廊下のつきあたりを見つめる。

「逃げた者は」

「庭師や馬丁なら何人かいたような気がしますが」

「外にいた者たちか」

「そうですね、おもに」

 「執事は」とランベルトは尋ねようとした。

 しかし家のなかにいるのが当然の立場で、高齢の執事では逃げ切れたわけはないだろう。

 屋敷のどこかに遺体でと想像し、息をつめた。

「執事は、若いころに槍の達人だったそうです」

 不意にアノニモが言う。

「槍の……そうなのか。知らなかった」

「自慢話を聞かされませんでしたか?」

「聞いたことはない」

 ほう、とアノニモが返す。

「あの執事も老けたものだ」

 こちらに背中を向けたまま、アノニモは含み笑いをした。

「聞かされたことでもあるのか?」

「従者も、それなり腕の立つ者は無事を期待できなくもないですが」

 アノニモがそう返す。

 また話をはぐらかしたのだろうか。ランベルトは眉をよせた。

「おまえは話をはぐらかしてばかりだな」

 女中が歯茎のなくなった歯を剥きだしにした。

 焼けただれた腕を伸ばし、ランベルトに襲いかかろうとする。

 アノニモが女中の腕をつかみ、グイッと横に払った。

「おまえは何者なんだ」


「パトリツィオ(ぎみ)……」


 女中が、体勢を立て直して焼け残った頭髪を耳の残骸にかける。

「何者って、それいま知らなければならないですか?」

「逆になぜはぐらかす」

「優先順位を考えましょうよ」

 アノニモが肩をすくめる。

 金属音がした。廊下のつきあたりからだ。

 金属を引きずっているような不快な音が、ゆっくりとこちらに近づいた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ