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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio quattro 薔薇の飾られた部屋
17/79

Tu sei il mio importante committente. あなたは大事な契約者 I

 ベッドの上で、何かがが跳ねる音がした。

 寝具のなかにつめられていた羽毛が飛びちる。

 ランベルトはふり向いた。

 先ほど無反応になった女中が起き上がっている。

 細い手がこちらにのび、ランベルトの首をつかんだ。

「グッ」

 ランベルトは女中の手首をつかんで抵抗した。


「やれ」


 アノニモが(いか)つい大男に命じる。

 女中が強い力で首をしめつけた。

 女性の腕力ではない。

 ランベルトは渾身の力で引き剥がそうとするが、細い手首はびくともしない。

 アノニモの使役する大男が、火焔(かえん)を灯した手をうしろに引いた。

 ()えるような声を上げながらベッドに飛びかかり、女中の顔を肉厚の手でつかむ。

 女中は顔をのけぞらせて、ランベルトの首から手を離した。そのまま男に投げ飛ばされベッドの横の壁に激突する。

 ランベルトは、ゴホッと(せき)をして首をおさえた。

 大男は天蓋(てんがい)の布を雑にのかすと、土足でベッドに上がった。

 動かなくなった女中の顔を、ふたたび大きな手でつかむ。

 男の太い腕に濃いオレンジ色の火焔が(うず)をまいてからんだ。

「ちょっ、ちょっと待て!」

 ランベルトは、ベッドの上を這うようにして大男の背後に近よった。

 あわてて止めに入る。

「何を待つんです。それは死体ですとなんど言ったら」

 アノニモが言う。

「だとしても、もういいだろう。あとは埋葬すればいい」

 アノニモは構うなというように男に向けて(あご)をしゃくった。

「骨だけにする気か!」

「違います」

 アノニモが返す。


「骨も残すな」


 男の太い腕にからんだ火焔が、蛇のように(うね)って拳に集まる。

 女中の顔の皮膚が溶け、どろどろになり首から垂れる。

 いやな臭いの煙が立った。

 むき出しになった骨までが溶け、上質の絨毯(じゅうたん)の上に女中の細い脚だけが残る。

「ぐ……」

 ランベルトは、口をおさえて身を二つに折った。

 不快な焦げのにおいが、(から)の胃に強烈な刺激を食らわせる。

「うっ」

 さいわい胃のなかには吐くものもなかったが、それでも(のど)の奥からつきあげる吐き気をおさえる。

「うえっ……」

「大丈夫ですか?」

 アノニモが身体をかがめて背中をさすってくれる。

 横目で見ると、なぜか口元が微笑していた。何がおかしいのかと思う。

「……理由があったのか?」

 ランベルトは問うた。

「遺体も残せない理由が」


「私の大事な契約者に手をだした」


 背中をさすりながらアノニモが答える。

「立派な理由でしょう?」

 ランベルトは、ゆっくりと顔を上げてアノニモの顔を見た。

「……何だそれは」

 ふたたび吐き気をもよおして、口をおさえる。

 肉を焼き溶かした不快な臭いが、いつまでもベッドにただよいつづけている。

「窓を……」

 ランベルトは、口をおさえたまま立ち上がろうとした。

 上体を曲げたとたん(から)の胃が圧迫される。

 もういちど吐き気がこみ上げた。

「うっ」

 オエッとえずいて舌をだす。

「あーあ」

 アノニモは横に座り、ふたたび背中をさすった。

「どうしたいんです」

「……窓を」

 ランベルトは前方を指さした。

 アノニモは立ち上がり、窓のほうに向かった。

 部屋中央の窓を開ける。

 かたわらのテーブルに飾ってある大量の薔薇(ばら)をながめた。

「窓を開けたら、薔薇の匂いがベッドまで行くと思うのですが」

「……きてる」

 不快な焦げ臭さは散らされたが、薔薇の匂いは微風に乗ってふたたび室内にだだよいはじめた。





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