Il profumo delle rose e la fanciulla cadavere. 薔薇の香りと死体の女中 III
「いや……」
ランベルトはつぶやいた。
「この女中は今日の昼間は生きていた。そこにある薔薇を運んで来た女中だ」
ランベルトは窓ぎわを見た。
ダニエラが送りつけてきた大量の黄色い薔薇が、花瓶を覆うように活けられている。
「仮にその直後に死亡したとしても、こんなにすぐ腐乱するわけは」
「よいところに気づきました」
アノニモが口角を上げる。
「いまくらいの気候だと、腐臭がしはじめるのはだいたい三日目あたりからです」
アノニモが手袋をはめた手で三本指を立てる。
「あなたは三日間ほど寝ていました」
「寝ていた……?」
ランベルトは女中を押さえたまま聞き返した。
「それはもう、かわいらしい寝顔で」
「病やケガをしたわけでもない者が、三日も寝ていられるわけが」
「お腹すいていませんか?」
アノニモが問う。
「すぐにお食事をご用意します」
「驚きすぎて腹は減っていない」
「それは便利な機能だ」
アノニモが答える。
食事よりもまずこの状態に手を貸す気はないのか。
ググッと肩で押してくる女中を押し返しながら、ランベルトは心の中で詰った。
ベッドのそばでは、アノニモが呼びだした厳つい男性が片膝をつきひかえている。
「私は生前、驚いても食事量は一定していました」
アノニモが言う。
生前から神経が図太いということはよく分かった。
アノニモはコツ、コツと靴音をさせ部屋の出入口に向かうと、ゆっくりとドアを開けた。
ドアの向こう側を覗く。
「これはまた……」
そうつぶやいた。
「なっ、何だ」
「こちらは、あとにしましょう」
そう言ってドアを閉める。
「もったいぶるな。何だ」
ランベルトは、女中の肩を押し返しながら問うた。
「ではそちらの女中を片づけてから」
「うちの使用人に手を出すな!」
「どうしたらいいんです」
アノニモが肩をすくめる。
「殺すな」
ランベルトはそう指示した。
「もう死んでいます。それは死体です」
女中が真横にニィッと口を開く。ランベルトの顔に甘酸っぱい唾液を落とした。
ランベルトは、無言で顔を横に逸らした。
拭うこともできず顔をしかめる。
ややしてから、ベッドの横にきたアノニモと目が合った。
「唾液、ついてますよ」
アノニモが自身の頬をつつく。
「それでも殺すな」
ランベルトは言った。
「使用人は全員、うちであずかっている身だ。あつかいを決める権利がある分、守る責任もある」
「そういう考え方は、主家の者として立派ですが」
アノニモがこちらを見下ろす。
「それはもう、ただの死体です」
アノニモが、身を折ってランベルトの顔を覗きこむ。
「あなたが考えるべきことは、その女中の家族に渡す弔慰金をいくらにするかということと、御悔やみの一言くらいです」
アノニモの合理的すぎるものの言い方に、ランベルトは怖いものを感じた。
冷たすぎはしないか。やはり信用してよいのか分からない。
「だいたい、死体だという根拠は何だ。動いているではないか」
「落ちついて、ランベルト」
アノニモが手を出して言葉を制する。
「体温がないでしょう」
ランベルトは目を見開いた。
先ほどから女中の肩をおさえている手に、体温が伝わっているかどうか意識してみた。
「いや……ほんの少し」
「それはあなたの体温で温まっているだけです」
アノニモが言う。
「身体はもう冷たくなっているはずです」
「だが先ほどまで、慈悲がどうのとしゃべっていた」
「応じたんですか?」
「この体勢を見て分からないか!」
ランベルトは声を荒らげた。
「そんなのと交わったら、身体が冷えてくしゃみが止まらなくなりますよ」
アノニモが言う。
……死体としたことでもあるのか。ランベルトは顔をしかめた。
アノニモが呼びだした厳つい男性が、ベッドの横で唸り声を上げる。
じっとさせられているのが苦痛という感じだ。
「動くな。おまえはそのまま待機していろ」
アノニモが男性に向けて言う。
「お坊ちゃまは、納得いくまで説明を受けないと人の言うことなんか聞かん質だ」
アノニモがそう告げる。
女中を押さえたまま、ランベルトは眉をよせた。
「それ、むかし兄にも言われたな」
「ほう」
アノニモがふたたび身を折り、ベッドの上のランベルトの顔を覗きこんだ。
「大っ嫌いな兄上さまに」
「べつに嫌っていたとは言っていない」
ランベルトは反論した。
「でも、お好きではなかったでしょう」
「だからいまそれは関係あるのか?」
「ありません」
アノニモは上体を起こした。
「それ、先ほどから動かないですね」
「え……」
ランベルトは目を見開いた。
言われてみれば、女中が少し前から動作もなく言葉も発しない。
「きみ……」
ランベルトは声をかけた。
女中が首をがくんと下に向けた。