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コシュマール 〜薔薇の心臓〜  作者: 路明(ロア)
Episodio quattro 薔薇の飾られた部屋
12/79

Stanza la decorato di rose. 薔薇の飾られた部屋

「贈りもの?」

 ダニエラの訪問から数日。彼女から贈答の品が届けられたと執事から伝えられる。

「品はどんな」

 ランベルトは尋ねた。

「花でございます」

「花……」

薔薇(ばら)の花束です」

 ランベルトは鼻白んだ。

「何だか男女が逆になったような話だな……」

「あちらは婚姻に乗り気だということでしょう」 

 ランベルトは無言で眉をよせた。

 私室の窓ぎわに置いた椅子に腰かけ、しばらく窓の下を見つめる。

 ダニエラのあの偽ものじみた雰囲気を思い出した。

 うつくしいが、どこか違和感を覚えるのだ。

 ほかの者は何も感じないのだろうか。ランベルトは、執事の(しわ)の刻まれた顔をチラリと見た。

 ポンタッシェーヴェの所有地はそのままだと叔父のガエターノが言っていた。

 彼女とバルロッティ家に関しては不可解なことだらけだ。

「どこから贈ってきたと」

「は……」

「いま彼女がいる土地だ」

 執事がしばらく考えるような仕草をする。

「ポンタッシェーヴェでは」

「……ポンタッシェーヴェは、やはりうちの所有のままだとガエターノ叔父上が言っていたが」

 執事はランベルトの顔を見た。


「ガエターノ様といいますと……」

「は……?」


 ランベルトは目を見開いた。

「ガエターノだ。母上の弟の」

 執事が首をかしげる。

 ランベルトは眉をよせた。

 おかしなことだらけだ。

 次から次へと。

「贈りものはどこにお運びしましょう」

 何事もなかったかのように、執事が室内を見回す。

「送り返せないのか」

 そう言った瞬間、ランベルトは背後に何かの気配を感じた。

「そうですねえ。花ならばやはりお部屋に飾るのがよろしいかと」

 背後からなめらかなテノールの声がする。

 ランベルトはふり向いて小さく呻いた。

 アノニモだ。

 相変わらず目の部分をかくすマスカレードマスクと将校服。

 ランベルトの背後に、従者か何かであるかのように立っていた。

「贈られたご本人のお部屋がやはり」

 アノニモが続ける。

 執事がうなずいた。

「お部屋にお持ちしてもよろしいですか、ランベルト様」

「あ……ああ」

 ランベルトは曖昧(あいまい)に返事をした。

 背後のアノニモに抗議の目線を向ける。

 執事が退室した。

「ランベルト、少々押しの弱いところがありますな」

 アノニモが含み笑いをする。

「おまえが強引なのだ」

 ランベルトは顔をしかめた。

「やはりあなたに悪魔祓いの能力があるとしたら、(ほふ)る方でしょうかね」

「押しが強いか弱いかが、ほんとうに判別の方法なのか」

「私の独自の判別方法です」

 アノニモがシレッと言う。

 相変わらず、つかみどころのない受け答えをする。生前もこうだったのだろうか。

「困ったら呼べと言ったな」

「はい」

 アノニモが答える。

「困ってはいないが?」

「これから困るのではと思いまして」

「どんな」

「予想がついたら苦労はしませんよ」

 アノニモが肩をすくめる。おもむろにコツ、コツと革靴の音を立てて部屋を横切った。

「とりあえず、あの令嬢の贈りものというものに対処しましょう」

「送り返させればよいだけなのに、何を横から口を出しているのだ」

「生花でしょう? 送り返しにくいのでは」

「常識的にはそうだが」

 ランベルトは顔をしかめた。

「常識はいちおう守りましょうよ」

 アノニモがそう返す。

「この場合は違う。下手に婚姻に賛成だと思われても困る」

「ランベルト」

 アノニモがズイッと顔を近づける。 

「常識も守れないような子に育てた覚えはありません」

 ランベルトはポカンと口を半開きにした。

「おまえに育てられた覚えはないが」

「いちど言ってみたかっただけです」

 アノニモが言う。

 つかれる。

 ランベルトはげんなりと眉根をよせた。


「生前は子供はいたのか?」

「いませんよ。独身です」


 アノニモが指先で仮面を押さえる。

「では若いときに死んだのか」

「見かけどおりですよ」

 アノニモは肩をすくめた。

「死因は?」

「病死です」

「どんな」

「ペスト」

 アノニモはゆっくりとした口調で言った。

「ペストか。では、街中が大変だっただろうな」

 アノニモは手袋をはめた手をランベルトの目の前に出すと、指を二本立てた。

「二、天然痘(てんねんとう)

 指を三本にする。

「三、心の臓の不具合」

 アノニモが落ち着いた口調で続ける。

「お好きなのを選んでください」

「何だそれは」

「私にとってはもうどうでもよいことなので、お好きな死因を創作してくださってけっこうです」

「いやおまえ自身の……」


 部屋のドアが開く。


 カラカラと音がした。

 女中が、食事を運ぶカートに特大の花瓶(かびん)を乗せ入室する。

 屋敷でいちばん大きいであろう花瓶に生けたにも関わらず、薔薇の花はぎっちりと詰められるように生けられている。

 黄金に近いような黄色の薔薇だ。

 剣弁咲きの薔薇が豪勢に広がったさまは、広めの私室内ですらかなり場所をとられる印象がある。

 ほう、とアノニモがつぶやいた。

「これはまた大量な」

 女中が礼をし退室する。

 甘い香りが部屋中に広がった。

 不快な香りではないが、やや強くないかとランベルトは感じた。


「匂いますか、ランベルト」


 アノニモが問う。

「あ……ああ」

 ランベルトは横目でアノニモを見た。

 霊には匂いは分からないのか。 

「吸わないように」

「えっ」

 思わず鼻を手で(おお)う。

 その反応を見て、アノニモが天井をあおいだ。

「あーあ」

「なっ、何」

「何が起こるかは分かりませんが」

 アノニモが言う。


「あなただけは全力で守ります」





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