Zio e cugino di Pontasseve. ポンタッシェーヴェの叔父と従妹
執務室での仕事を終え、ランベルトはうす暗くなった廊下を歩いていた。
座りっぱなしで身体が鈍りそうだ。
軽く伸びをしながら廊下を進む。
廊下のつきあたりから、長身の男性がこちらに来るのが見える。
黒髪に涼しげな切れ長の目元。
細面でスッと通った鼻筋。
童顔のランベルトとは、ほとんど正反対と言っていい顔立ちだ。
「ガエターノ叔父上」
ランベルトは声をかけた。
ポンタッシェーヴェに住む母の弟だ。
本来ならこの家を継いでいたところだが、生まれたのは長姉の母が遠縁の父と婚姻し継いだあとだった。
叔父とはいえ、年齢は親よりランベルトに近い。
「なぜここに」
「義兄上の様子を伺いに」
ガエターノが父の部屋のほうを振り向く。
「父なら相変わらずです」
ランベルトは苦笑した。
「相変わらずか」
「会ってきたわけでは?」
「部屋に入れてもらえなかった」
ガエターノが答える。
「私が開けますが」
「いい。血縁としてはほとんど他人だ。無理にこられても鬱陶しいだろう」
ガエターノが手で制する。
ランベルトは、ふと思い出して年若い叔父の顔を見た。
「そういえばポンタッシェーヴェの所有地が人手に渡ったなどという話はありますか?」
「いや?」
ガエターノが答える。
「何も変わらないよ」
「そうですか」
やはりあそこがバルロッティ家のものになっていたなどというのは何かの間違いか。
父の乱心につけこんでバルロッティ家が虚偽の説明をしていたのだろうか。
「あの所有地が何か?」
「いえ」
ランベルトは言葉を濁した。
ここまで話してダニエラ嬢の話も出てこないところをみると、それも伝わっていないのだろうか。
どこを見ても奇妙な話ばかりだ。
「クラリーチェは元気ですか?」
ランベルトはそう尋ねた。
ガエターノの一人娘だ。今年で十六歳になる。
そろそろどこかに輿入れすべき年齢であるのに、どこの家とも婚約の話すら進んでいない。
ガエターノは何をしているのかとぼやく親戚もいる。
「元気だよ」
ガエターノは微笑した。
「その後、輿入れの話などは」
「ないよ」
ガエターノは言った。ふたたび父の部屋のほうを見る。
「義兄上だが」
そう言い、ゆっくりと腕を組む。
何となくアノニモと似た仕草に思えた。
「何なら姉上といっしょに田舎で療養させては」
「どうしてもいかがわしい女どもを侍らせようとするので、母の近くに置くわけにもいかないんです」
ランベルトは答えた。
「遠縁からの養子というのは、いろいろ気苦労でもあるのかな。私からすれば、姉上とともに代わりに家を継いでくれたありがたいお人だが」
「そういうものなのですか」
ランベルトは尋ねた。
「叔父上からしたら、どう思っているのだろうと思っていたのですが」
「おまえ、家なんか背負いたい?」
ガエターノが問う。
「いや何とも……」
「ああ、いまはおまえが跡継ぎだったな」
ガエターノは苦笑した。
「パトリツィオが亡くなって何年になる」
「兄ですか。十五年です」
「そんなになるか……」
ガエターノは落ちかけた前髪をかき上げた。
「面白い人だったが」
ランベルトは目を見開いた。
「面白い……?」
「冗談好きな人だったろう」
ガエターノが答える。
「いえ……」
ランベルトは困惑した。
「兄は、真面目で頭がよくて完璧な人だった印象が」
「それはおまえと年長者の前だけだ」
ガエターノが微笑する。
「たしかに有能な人だったが、少々変わっていたというか」
廊下は、先ほどよりもうす暗くなっていた。
「会話によく変な冗談を挟みたがるので、つかみどころのない人だった」
「そんな面が」
「根はいい人であったが」
ガエターノが言う。
「ではな」
そう続けてガエターノが立ち去ろうとする。カツッと靴音をさせて歩を進めた。
「叔父上」
ランベルトは小走りで駆けよった。
「あの」
何と切りだそうか。非日常的な話なので、言葉選びに困る。
「コンティが、何世紀もむかし悪魔祓いをしていたなどという話はご存知でしたか?」
ガエターノがわずかに目を見開く。
「いや」
「だれか知っていそうな人はいますかね」
「どこからそんな話を?」
あまりに頓狂な話に思えたのか。
ガエターノの表情が、困惑しているように見える。
「人から聞いたというか」
「では、その人がくわしいのでは?」
「ああ……そうか」
ランベルトは苦笑いした。
「それはそうなんですが」
できれば裏をとりたかったのだ。
とつぜん現れた正体不明の霊の話すことだけでは、鵜呑みにする気にはなれない。
父母の様子が急におかしくなった原因につながりそうなものは、いまのところこの話だけではあるが。
「何というか……親戚内の人間に聞いてみたかったというか」
「その聞いた人物は、親戚ではないのか」
「ええ、まあ」
先祖かと聞いたが、はぐらかされた。
「私はまったく。聞いたことはないな」
ガエターノが答える。
「女性のほうがくわしいですかね」
「なぜ女性」
「何かそういう話が好きそうではないですか」
「悪魔祓いと恋占いはまったく違うだろう」
ガエターノが肩をゆらして笑う。
「興味のない者からすれば、まあまあ近い分野かなと」
「その興味のない者が、なぜそんな話を」
「いえ……」
ランベルトは曖昧に返した。
「そういえばクラリーチェは……」
おかしくなってはいないかと聞こうとした。
先ほど元気かどうか聞いたばかりではないかと思い直して口をつぐむ。
「いえ」
ガエターノが、しばらくのあいだこちらの顔をながめていた。やがてきびすを返す。
「帰られるのですか」
ランベルトは尋ねた。
「夕食を用意させますが」
「いやいい」
ガエターノが答える。
「クラリーチェが待っている」