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黒伯爵と銀の髪 13


 エドワード王太子は事態をただこまねいて見ているだけではなかった。

 まず、アンから紹介を受けて、ブラック商会へと紙について問い合わせをした。確かにこれは『東方紙』と呼ばれる特殊なものだと判明した。だが似たようなものはあるが、全く同じ紙を取り扱ったことはないとの回答を得た。


 フローデン室長の協力を得て、その似た紙を細工して例の割符の複製品を作り、近衛騎士に持たせて貴族のタウンハウスで開かれた二、三のパーティーへと潜り込ませた。社交をしながら話しついでに探りを入れさせた。黙って紙を見せつけたりしてみたものの反応は得られなかった。考えていたような規模での麻薬の広がりはないとみえて、そのことは少し安心材料とはなったが、狙いの上位売人は見つからない。

 

 以前捕らえた貴族令息から名前の割れた売人はすぐに連行し、例の紋章入りの紙を見せつけて問い詰めると、また別の貴族令息から買ったのだとあっさりと吐露した。線入りの紙を持つ人間は、自分自身で麻薬を摂取する場合もあるが、それよりも線なしの紙を持つ人間に薬を売ることで稼ぎを得ていたらしい。

 

 たまに娼館に行くと、ついでのようにそこの女たちに売ることもあったようだ。だが、紋章入りの紙は女たちには渡されていないはずだとその新たに捕らえた貴族令息は言った。娼館では媚薬代わりに使われていて、あくまで娼婦は客に過ぎなかったと。閨で香を焚く時に薬を混ぜるやり方で使われていたことも分かった。

 

 上位の売人は、色付きの紙を持っているとも暴露した。接触方法は顔見知りならばパーティー会場もしくは酒場でだったと言う。他の接触場所については知らないと言い張った。そうなると色付きの紙を持っていた例の遺体は上位の売人だったのか。

 

 ここ数か月で頻繁に開かれるようになった若手限定パーティーは、招待客のリストを手に入れる事が出来たので今は順々に当たっているところだ。


 それよりも気になる報告が騎士隊から上がってきた。古参の騎士が、森の中で死んでいた遺体の顔に見覚えがあると言い始めたのだ。十年から昔のことなので、はっきりとしないのだが、と前置きした上でこう話した。十年前の贋作茶会の関係者じゃないかと。あの時捕らえた画商だったか、それとも画商の下で働いていた男だったかに似ているような気がすると。

 

 「あの茶会で贋作を売ったとして捕らえられた画商は、ヨハネス・デュムラーという名前です。元々ブランデンブルグ皇国出身で、あちらではかなり羽振りが良かったようですね。本人は平民ですが、奥方は貴族の令嬢だったらしく、その伝手で皇宮へも出入り出来たとか。貴族相手に騙して贋作を売りつけたことで国外追放になりました。ここ王国だけなく、皇国へも出入り禁止になっています」

 「今どこにいるのか分かっているのか?」

 「どうやら、東方国らしいのですが、ご存じの通りかの国は現在政情が不安定でして、情報が錯綜してます」

 「それで、その画商じゃない方は?」

 「ええ。当時番頭のような右腕の男がいたようです。裏帳簿を持って逃げたのは彼だと言われています。名前が、……ええと、フォルカー、としか分かっていません。行方不明になっています」

 「実際問題、東方国から画商が舞い戻ってきた可能性はあるだろうか?」

 「難しいと思いますね。我が国だけでなく、皇国からも追放処分になっている訳ですから。それに現在の状況を思えば、戻ってくるにしてもかなり危険ですよ」

 

 東方国は、皇国の向こう側だ。簡単に渡って来られる距離ではない。

 

 「十年前に実際に顔を合わせた人間が、王宮内にもいる筈だよな。接触したことがある者に話が聞きたい。何とかならないか」

 「……殿下、あの茶会の報告書、閲覧可能なものはどうも隠されている部分が多いように思うのです。いっそ関係者であるトレイシー嬢から働きかけてもらって、ウィンチェスター公爵家のウィルフレッド様に協力いただいてはどうでしょうか」

 「ケアリー、どうしてそう思う?」

 「報告書を私も読みましたがどうも不完全なものとしか言いようがない。だったら誰かが意図的にそうしたと思えるのです。何処かに完全なものが別にあるのかもしれません。公文書館内の文書を探して貰いましょう。当時の公文書庁長官だったウィンチェスター公爵ご本人がいらっしゃったら良かったのですが、今はご領地だとお聞きしましたので」

 「……探しきれると思うか? 膨大な量だぞ」

 「私の勘ですが、ウィンチェスター家が関わっているんじゃないかと思うんですけれどね」

 「……トリアを巻き込みたくない」

 「ジーク、彼女は知りたがっているんじゃないのか? 自分の家のことだ、それに茶会の当事者だよ。守るってのは、ただ隠しておくってことじゃないよ」

 

 彼女に嫌な思いを出来る限りさせたくないジークフリードは憮然とした。ケアリーはいつもの穏やかな笑顔で、君だって分かっている筈だ、と窘めるように肩をたたいた。

 

 「殺されたのが画商もしくはその関係者だとすると、どうして今頃? と思わざるを得ないな。あの紙を持っていたとなると、麻薬絡みは確実だろう。贋作の件とどう繋がっているのか…… しかし麻薬が何処から来るのかも今のところ判然としないし、誰が大元なのかも分かっていない。さて、どうしたもんかな」

 

 エドワードは頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれに身体を預けて天井を見上げた。

 末端の中毒者はこれまで何人も取り押さえているし、持っていた麻薬も没収した。麻薬を売られたという娼館も家探しが済んでいる。重篤な中毒患者は今のところ見つかっていない。先日とうとう意識不明に陥ったエミリーだけだった。

 医官に命じて麻薬に関して研究させている。摂取方法は、香と共に焚く、煙草と混ぜる、煮出す、紅茶葉と混ぜる、といった方法があるらしく、効き目もそれぞれかなり違いが出るようだ。見た目は茶葉と変わらない。混ざり込んでいても分からないというのが厄介なところだ。だからこそ、今のうちに何とかしておきたい。

 考え込むエドワードの肩に、エカテリーナが労うように手を添えた。


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