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黒伯爵と銀の髪 12

 

 買い物に行くというセシルに、アルが無理矢理のように付いていくと言って聞かなかった。別にいつものお菓子と茶葉を買いに行くだけだから来なくていいと言ったのに、リチャードに頼まれたのだと言う。

 

 「危険なところになんて、行かないよ?」

 「何だか分からんが、べったり張り付けと命令されたんだよ、観念しな」

 

 二人で王都一賑わいのある通りの左右の店を覗きながらゆっくりと歩いた。今日のセシルはいつもの素っ気ないブラウスとスカートといった恰好ではなく、可愛らしいふんわりとしたデザインの若草色のワンピースを着て肩からショールを羽織っている。王宮の事務官としてのジャケット姿でない彼女を見るのは久しぶりかもとアルは思った。しかも軽くではあるが珍しく化粧までしている。どうもいつもと雰囲気が違うのだ。

 

 「――お前、何かあったのかよ? リチャードはどうしてあんなに心配してるんだ?」

 「別に何もないけど。兄いの心配性が出ただけじゃないの?」

 

 見るからにご機嫌な彼女は鼻歌まで出てくる始末だ。時折ステップを踏み、足取りまでも軽い。

 

 「それで? 今日は休みなんじゃないのか? だったらこんな仕事に絡んだ買い物しなくても」

 「お休みだよ。アンが休みだから私も休み。久しぶりにアンとジークフリード様が二人揃って休みだからって馬で遠乗りにお出掛けしたし」

 「ふうん。――ジークが一緒ならお前の護衛は必要ないってか」

 「そういうこと」

 

 セシルは普段事務仕事しながら、実はアンの護衛も兼ねている。アンが出掛けるときはなるべくセシルがお供するようにしているが、今日は下手な騎士よりも格段に強いジークフリードが一緒だ。そうなるとセシルはお役御免で休みになるのだ。

 そのセシルのお目付け役としてアルが付いてきたのだが。

 

 ご機嫌なセシルは、あちらの店こちらの店と巡ってお菓子やら何やら買い物をしている。ただ黙って付いているのも退屈だがこれも仕事と割り切るしかない。

 

 「アルー、最後にここで紅茶買うからね」

 

 洒落た文字があしらわれた看板には『最後の(いこい)』とある店だ。からんと音を立てて扉を開いた。ティールームも備えているらしい。修復室で見かけた黒馬のラベルが付いている大きな缶がカウンターの後ろに並んでいた。貴族受けしそうな重厚なインテリアで、人気の店らしく、なかなかの人出だ。セシルはきょろきょろしながら品物を確かめている。ぐるりと一周してからお目当てを見つけたようで顔を輝かせてカウンターの店員に声を掛けた。

 

 「こちらの茶葉をください」

 

 にこやかにセシルに対応した店員は、限定商品なので、とカードの提示を求めた。セシルが王妃の誕生パーティーで貰ったサンプルに付いていたカードを差し出した。それを見るとぱっと満面の笑みを見せる。

 

 「限定品ですので誰にでもお売りしている訳ではないんですよ。お嬢様はラッキーですね、こちらのカードだと量も自由にお売り出来ます。あとであちらでお茶をご馳走しますので是非試していって下さいませ」

 

 他の客には聞こえないよう声を落としてそう言うと、いそいそと大きな紅茶缶からセシルの伝えた量の茶葉を掬ってカウンター上に広げた紙の上に置いていく。模様の浮き出た美しい紙だ。先日からアンが紙の話をしていたせいか、使われている紙も気になってきた。

 

 「その紙、とても綺麗ね」

 「あまり見かけませんよね。私もここで働き始めてから初めて見ました。透ける模様が美しいですよ」

 

 その時だった。店の奥から背の高い人物が現れた。セシルを認めて口角を上げて微笑んでいる。

 

 「先日王宮のパーティーでお会いしましたね。さっそくのご来店、ありがとうございます」

 

 興味無さげに後ろから見守っていたアルが、はっと反応する。髪は黒いが何処となくジークフリードに似た背格好の男を凝視した。そしてセシルの耳が赤く染まり、これまで見たこともないような歓喜の表情に塗り替わっていくのを見ていた。成程、リチャードの心配は的を得ていたらしい。その男は笑みを湛えたまま、セシルからアルへ視線を向けて被っていたハットに軽く手を添え会釈した。はっきり連れだと分かってしまったらしい、仕方なしに会釈を返す。

 

 「さて、お嬢さんの名前を是非教えて下さいね。そちらのお連れ様もこちらへどうぞ。お茶をお淹れしますから」

 

 ここは私が出資している店で、茶葉をうちの商会で卸しているんです、と説明しながら優雅な手付きでお茶を淹れ始めた。何故だか三人でお茶を飲む羽目になってしまい、アルは動揺していた。銀髪ではないが、メイヤー伯領で見かけた男はコイツだと確信していた。しかもセシルの様子も気になる。すっかり恋する乙女の顔をしているではないか。そしてその様子を見ていると胸の奥がずきりと傷むのにも困惑していた。

 

 「そちらのカードは、これは、という方にしかお配りしなかったのですよ。来ていただけて本当に良かった」

 

 零れるような優し気な笑顔をセシルに向けている。彼女の顔が益々赤く染まる。こんな調子では、いざという時護衛として役に立たないではないか。全く、らしくないと彼女の頬を張りたくなった。

 

 「ベネディクト・ブラック・フォレスト、伯爵位を戴いています。よろしくお願いしますね」

 「セシル・トンプソンです。戴いたサンプル品がとっても美味しくて、買いに来てしまいました」

 「嬉しいですよ、セシル嬢。紅茶の味に一家言あるとみえたので、カードをお渡ししたのです。私の目に狂いはなかったようだ」

 「そんな、……一家言だなんて」

 

 セシルは完全に陥落したようだ。アルは焦った。コイツが本当にうちの傍系の銀の髪だとしたら、俺はどうしたらいい? 本家を継いでくれとコイツに頼むのか。セシルはどうなる? いやそれは、可能性の一つであって、確実なことでもないし。

 アルの頭の中でいろんな考えが逡巡している横で、二人の会話は進んでいく。

 

 「ところで、サリーフィールド辺境伯様はご存じですか? 今度辺境伯様のタウンハウスでパーティーを開く予定があるんですが、うちの商品を提供するんです。名簿にお名前を入れておきますので是非とも参加してください。どなたかご一緒されたい方がいらっしゃれば、そちらの方もお名前を頂戴できれば名簿に入れておきますよ」

 

 そう言いつつ彼はアルへと視線を向けた。

 

 「じゃあ、アン・トレイシーも連れていきたいです」

 「そちらの彼氏じゃないんですか? ええと、お名前は?」

 「……アル・ブレンナーだ。彼氏じゃねーし。……お前勝手にトレイシー嬢の名前出すなよ」

 「だって、紅茶に目がないのはアンも一緒だよ? それに少しくらい息抜きさせなきゃ」

 「では、改めて招待状をお送りしますね。三十歳以下限定の集まりなので気楽にお出で下さい。楽しみにしていますよ」

 

 ではこれで失礼、と立ち上がり今度はハットを取って二人に頭を下げて挨拶した。その様子を見守ってアルは、苦虫を潰したように顔を歪めていた。



◇ティールームの名前は、とある物語から。

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