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黒伯爵と銀の髪 06

 

 「今朝は騎士隊から上がってきた報告がいくつかあります。」

 

 エドワード王太子は朝から不愉快な報告を聞く羽目になった。

 朝一番にいつも、側近たちとその日の予定の確認作業を行っている。予定の擦り合わせが終わると、近衛騎士団第一中隊所属の護衛騎士イライアス・モートン卿が重い口を開いた。エドワードは彼の執務室に集まった顔触れを順々に眺めた。今居るのは側近中の側近たちで、それこそ幼い頃から付き合いがあり、その上で選ばれた面々だ。将来の国王に仕え国を支える為のメンバーだった。政務補佐官のジークフリードとケアリー、秘書官のマイクロフト、護衛騎士のイライアスとクレイグの五人だ。

 

 「嫌な、とはどんな?」

 「一つ目は、郊外の森の中で中年男性の遺体が見つかった件です。動物に食い荒らされていて酷い状態だったそうで、しかも身元を示すものが何もなく、名前も分かっていません」

 「死因は?」

 「損傷が酷いのではっきりはしませんが、どうも剣で切られたような跡があったそうです」

 「殺されたか……」

 「何か印章のようなものが押された紙切れを手に握り込んでいたと騎士隊から報告がありましたが、現物はまだこちらには届いていないので確認は取れていません。急がせます」

 「印章があるなら、身元が割れるかもな。私が出張る案件ではないだろうが、物が届いたらまた見せてくれ」

 

 イライアスはこくりと頷いた。そして眉を顰めて息を吐く。これから一層嫌なことを言わねばならない。

 

 「殿下、城下で不愉快なビラがまた撒かれました。これで何度目だったか、、、」

 「不愉快なとは」

 

 そう問うたのは、ジークフリードだった。彼は皇国へ4か月ほど研修に行っていたので時折皆とは齟齬が出るのだ。

 

 「要約すると、今の王家は王族に非ず、というやつだ。血統原理主義というか、とにかく内容としては薄い主張でくだらないの一言なんだが、……陛下も殿下もお前のような銀髪を持っていないから、相応しくないと言いたいらしい」

 

 馬鹿々々しい。ジークフリードはエドワードに代わって吐き捨てた。

 今の王家は既に他国との政略結婚などもありいろんな血が混ざり合っている。国王や王太子の髪色は、榛色や金髪で、平和の象徴と言っていい。確かに先々代の内戦時代からそれを引き摺った先代国王の戦後では、見た目の荘厳さも重要だったかもしれないが、そういう時代は終わったのだ。自分の髪色はその昔、王家から降嫁した王女の存在を証明するに過ぎない。髪色だけで一国を治めることが出来るのならば、いっそ楽だと言っていい。

 

 「まあ、不愉快ではあるが、そういう批判も出来る社会を作っていると思えば、勲章にもなるね」

 

 エドワードは苦笑した。確かに王家の血を引いている証拠であるジークフリードの銀髪を羨ましく思ったこともあるが、それだけだ。幼い頃、婚約者候補として集められた姫君たちの中には、親の意見を代弁するように露骨にがっかりされることもあった。いくら楚々と令嬢らしく振舞っていても、見た目でしかも髪の色だけで判断するような女など狙い下げだ。だからこそそんな拘りもない北の国の騎士志望の勇ましいエカテリーナに惹かれたのだと今にして思う。

 

 「不敬だと切り捨てることは簡単だが、そんな下らぬことで断罪はしないよ。放っておけ」

 「御意に」

 

 おおらかさを示してエドワードは笑顔を見せた。この方は確かに王太子に相応しいと、そんな方に仕える自分が誇らしいと思える笑顔だった。

 

 「それから麻薬絡みの事件です、殿下。今までも時々はありましたが、ここ数ヵ月で一気に検挙数が増えてきました。しかも二、三十代と若い人間が多い」

 「薬か、、、それはまた厄介な」

 「加えて娼館でも被害が出ています。しかも貴族向けの高級娼館で、です。所持容疑で拘束の上、凡そは罰金刑で必要があれば専門の療養施設に送り込んでいますが、何せ増えてきたので困っているとのことです」

 「入手先をはっきりしておきたいな」

 「それがなかなか難しい。騎士隊の手には負えないかもしれません」

 「貴族たちか……まあ、金がないと薬も買えないからな」

 

 そう言い放ったのはジークフリードだった。彼に向けて顔を顰めてみせたのはケアリーだ。

 

 「そんな簡単なことじゃないよ。多いのはそこそこの貴族のしかも嫡男以外の令息だ。高位貴族は体面を大事にするから薬とか怪しいものに手を出すことはあまりないからね。……例えば君のような?」

 

 ケアリー自身は伯爵令息だ。ジークフリードの担当は主に財政面や政務に関わることで、外交や交渉事に関してはケアリーが担当している。真っ直ぐに生きてきたジークフリードに対して、少しばかり年配のケアリーは柔軟性に富み、人間関係の難しさを重々承知していた。

 

 「全く嫌味だな。侯爵家嫡男の俺には理解出来ないってことか」

 「中途半端な立場の者が引っ掛かりやすいってことだよ。君に対する嫌味じゃない。それに、金の問題じゃないんだ、稼ぐ手段は問わないとすれば何かしら見つかるからね」

 

 人好きのする笑顔を見せているが、ジークフリードには腹の中まで読めない人物の一人がケアリー・フィッシャーだった。

 

 「陛下はどう仰っている?」

 

 エドワードは父王の意向を大事にしている。方向性を確かめておきたかった。

 

 「国王陛下も憂いておられるとのこと、エグルストン宰相閣下にも素早い解決をと指示を出しておられました」

 「……それは宰相に丸投げってことかな?」と苦笑いする。国王として出来ることは案外に少ないものだ。

 

 「ジーク、エグルストンから何か聞いてないか?」

 「閣下からは特に何も伺っていません。情報がまだ少ないのでしょう」

 「うーん、騎士隊では解決が難しいかもな……何処からどうやって手に入れるのか、だな。近衛が出張ると嫌がるかもしれんが、イライアス、騎士隊と情報共有をお願いしてくれ。麻薬絡みだと国家レベルの話になるかもしれないからな」

 

 簡単に言うと、近衛騎士団は王族や王宮の、王立騎士隊は国民の守りを担当している。伝統的にあまり仲がいいとは言えないが、嫌な顔一つせずイライアスはエドワードに一礼した。

 

 その時、執務室の扉が不躾に開かれた。先ほど話に出ていた宰相のエグルストンである。

 

 「ジーク! 近衛のリチャードが持ってきた服から、こんなものが出てきたぞ」

 

 珍しく興奮気味に声を上げて何かを掲げた。そして付け足したようにエドワードに対して礼を取った。

 

 「エグルストン、早いな、挨拶もなしか?」

 「おはようございます、殿下。そんなことより見て下さい」

 

 そう言うと紺色の大き目なボタンを差し出した。良く見ておいて下さいよ、と大きな手でボタンを弄り始め、それはカチッと蓋が開くように二つに分かれた。中から小さく折り畳まれた白い紙が現れた。

 

 「殿下、これは今は修道院にいるエミリー・グラントが持っていた女官服に付いていた飾りボタンです」

 

 エミリー・グラントとは。

 ジークフリードとアンが皇国に行く直前の夜会で騒ぎを起こした女官だ。何やら薬を盛られていたようで、言動がどうしようもなくおかしく意識の混濁も見られた。ジークフリードに纏わりついていたものの、罪を犯していた訳ではなかったので、暫く拘留した後、病気療養の為の修道院へと送られていた。医官曰く、中毒性の高い薬の常用で、許容量を超え精神的に病んだのではないかと言うことだった。

 

 エグルストンが紙を開く。手のひらサイズの紙に大きな円形の朱の紋章が押されていたが、それは三分の一ほど欠けたものだった。

 

 「……これは、もしや、割符、か……?」

 

 それを見るなりエドワードは言い淀んだ。ジークフリードも珍しくも唖然としている。一緒に見ていた面々もその紋章の意味するところを正確に理解して、ジークフリードの顔を凝視した。

 

 「――これは、シュバルツバルト家の、紋章、です。しかも、皇国本家の、双頭の黒鷲と、黒馬の、です」

 

 表情の抜け落ちたジークフリードは、自分に言い聞かせるかのように一言一句ゆっくりと呟いたのだった。


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