君を愛する事は無い。夫はそう言った
6作目です。
今までとは毛色を変えてみました。
多分恋愛物です。
冒頭はアレですが、ざまぁはありません。
誤字報告ありがとうございます。
おかげでとても助かっています。
「君を愛する事は無い」
結婚式を挙げ、夫婦となった今日この日、夫となる男はそう言った。
「だから、君も好きな様にしてくれ」
続けて夫となった男はそう言った。
彼の言葉に妻となった女性は微笑んだ。
次期伯爵、カーティス・トラムには秘密の恋人が居た。
彼女は家に仕えるメイドで、彼とは幼馴染だった。
生れた時から一緒に居て、甲斐甲斐しく彼を支える少女。
その名はフィオナ。
彼女は乳母の娘だった。
丁度彼が生まれた時、乳飲み子を抱えていた若い女性……フィオナの母を乳母として雇ったのだ。
この時、フィオナの母は夫を事故で亡くしており、途方に暮れていた。
お互いに渡りに船だった。
トラム伯爵家は典型的な政略結婚で、カーティスの母は、跡継ぎのカーティスを産んだ後、療養を理由にアッサリと何処かに隠居してしまった。
カーティスの父もそんな母に対して何も言わなかった。
彼は彼で仕事こそが恋人であり、カーティスには当主として接するも、父親としての交流は殆ど無かった。
そんな彼にとって、フィオナと乳母は家族であった。
そう、幼い時はまだ、兄妹としての意味を持った家族であった。
月日が経ち、成長したカーティスは自覚する。
フィオナが唯の家族とは違う事に。
可愛らしく庇護欲をそそる彼女に、カーティスは恋心を抱く事になった。
しかし、伯爵家の嫡男である彼と愛しい幼馴染……フィオナとでは身分差が大きすぎた。
一介のメイドに過ぎないフィオナとカーティスでは家格が釣り合わないのだ。
彼女がせめて男爵家の令嬢であれば、まだどうにかなったかもしれない。
それでもフィオナを諦めきれないカーティスは、彼女をずっと傍に置き、寵愛していた。
だが、デビュタント前なら兎も角、貴族としては一人前となる年頃になれば、婚約者を据えねばならない。
これまでは何かと理由を付けて断って来たが、伯爵家嫡男として家格の釣り合う婚約者は必須である。
その為、カーティスは自分に都合の良い令嬢を探していた。
そして遂に見つけたのだ。
メルティナ伯爵令嬢だ。
家格的にも釣り合いが取れ、貴族として利もあるという、政略結婚には打って付けの相手だった。
カーティスは遂に見つけ出せた。
『お互いにとって、最も都合の良い相手』……を、だ。
次期伯爵夫人、メルティナ・クレース伯爵令嬢には秘密の恋人が居た。
彼との出会いは幼少期に遡る。
当時、父の伯爵と領地である街の視察に出た際、まだまだお転婆な少女だったメルティナは、護衛と逸れてしまった。
身形の良い少女が一人で街を彷徨う……どうなるかは結果はお察しである。
ならず者が彼女を攫おうとした。
恐れ多くも領主の娘に対して、信じられない不敬であるが、それが分かるような者達では無かった。
あわやという場面で、少女の手を取り、彼女を逃がそうとした少年が現れた。
結局、子供の足では逃げ切れず、少年はならず者たちに痛めつけられた。
自分を守る為にならず者たちに殴られる少年に、メルティナは心を痛めた。
だが、その時間が彼女達を救った。
騒ぎを聞きつけた衛兵と、護衛達が駆け付けてくれたのだ。
その後、ならず者達は捕えられ、メルティナと少年は救助された。
身体を張ってメルティナを守った少年を、伯爵は気に入り、メルティナたっての希望もあり、彼女の従者になった。
それからはいつも一緒だった。
少年は、メルティナに相応しい従者になれるように努力した。
これは、貴族に仕える事で得られる給金の為で、メルティナの為では無かった。
街でメルティナを守ったのも、単に謝礼を目的としていたに過ぎない。
貧しい家族の為に身体を張った……それだけの事だった。
最初の内は。
少年の内心を知らないメルティナは、少年に恋をした。
少年……ミックに心を寄せるメルティナは、事ある毎に彼に接触した。
ミックはそれに対して恐れ多さと、面倒さで辟易していたが、次第に彼女に惹かれて行く。
美しい貴族令嬢に、毎回笑顔で絡まれれば、それは落ちる決まっている。
人間、相手に好意を向けられれば、その相手に好意を抱く物である。
それに何だかんだで、ミックには家族の為に身体を張る事と、女の子をならず者から守るという気概と気骨があった。
ミックは人の好意を無下にするような男ではないのだ。
そんな感じで長年主従として一緒に居た二人は、お互いに心を通わせていく。
でも、それは何時までも続く関係では無いのだ。
殆ど恋人関係な程に彼等の心は繋がっているが、あくまで主従関係であり、何時かは離れなければならない。
何時かそんな日が来るのだ。
カーティスは社交界の場で、見定めていた。
自分に都合の良い婚約者を。
釣書を吟味し、社交の場で交流しつつ、慎重に立ち回った。
そうしている中で、カーティスは出会った。
メルティナ伯爵令嬢に。
彼女から、自分と同類の匂いを嗅ぎ取った。
そこからはトントン拍子で進んだ。
家格の釣り合いと、お互いに婚約者の居ない身、事業提携の面など、あらゆる意味で噛み合った。
親からも反対は無く、寧ろ奨励された事で婚約はアッサリと成ったのだった。
こうして、婚約後の顔合わせで、カーティスはメルティナに話を持ち掛けた。
メルティナはそれに二つ返事で返した。
そして結婚式までの準備を始める。
色々あったが、その中でミックをメルティナの従者として、トラム家に引き入れる件など様々な準備をした。
全ての準備を終わらせ、二人は結婚した。
心の中で、真に愛する者に誓いを立てて。
そして現在、初夜であるが二人が同衾する事は当然無い。
寝室には隠し通路があり、メルティナはそこからコッソリと部屋から出る。
そして、入れ替わりに、フィオナがカーティスの寝室に入って来た。
一方で、メルティナは隠し通路から自分用の寝室に戻る。
そこに彼女の最愛、ミックが待っていた。
お互い愛する者同士がこの日、真に結ばれた。
それから少しして、ミックとフィオナが結婚した。
勿論、これもまた主人同様、偽装結婚である。
四人は共犯者である。
上手く事を運ぶ為にはこれが一番都合が良かった。
とは言え、嘘と分かっていながらも、神に生涯の愛を誓い合う姿を見るのは心に来るものがあったんだろう。
その日の夜は、特に燃え上がったそうだ。
そして、メルティナとフィオナの妊娠が発覚される。
時期的にはミックとフィオナの偽装結婚の日だ。
同時に妊娠した事に彼等は苦笑するが、之は此れで面白いと思った。
それから時が経ち、メルティナとフィオナが産気づいた。
一応、メルティナは伯爵夫人である。
出産には領内の名医が立ち会った。
フィオナの出産には、なんと彼女の母が産婆として立ち会う。
フィオナの母は、伯爵家に乳母として仕えた後、メルティナの出産に立ち会う医者の下で看護士を務めていた。
そしてなんと、今はその医者の妻兼助手になっていたのだ。
四人の子供は無事に生まれた。
メルティナは女児を、フィオナは男児を産んだ。
此処で四人は予め決めていた計画を実行する。
メルティナとフィオナの子の入れ替えだ。
フィオナの子こそ、トラム家の血を引く正当な跡継ぎだからだ。
しかも男児である。
本来それは非常に難しい事だが、そこは出産に立ち会った医者が身内である為、カルテの書き換えは簡単だった。
同じ日に生まれたというのも大きい。
こうして、関係者が墓場まで持って行く秘密を抱えたまま、時が過ぎて行った。
暫くして、カーティスの子、ケルウィンはスクスクと成長していった。
対外的にはカーティスとメルティナ夫妻の子となっている。
メルティナの子、メディーナも健康に育っている。
両親は、ミックとフィオナという事になっている。
生まれた時から一緒に育った二人は、仲睦まじい関係だった。
カーティスは跡取り息子を自ら教育した。
傍らには常に、フィオナが仕えていた。
社交の場ではメルティナと共にいるが、伯爵家ではこの三人でいる事が多かった。
メルティナはメディーナを自身の専属メイドとした。
これまた家では、昔から仕えていたミックと三人でいる事が多かった。
傍から見ると、こっちが本当の家族に見える位に親密な空気が流れていた。
尤も、本当の家族なのだが。
カーティスはケルウィンに次期当主として厳しく教育した。
が、そんな教育タイムを除けば、良き父として振舞っていた。
幼い頃に実の両親から愛されていた実感こそ無かったものの、乳母やフィオナからは愛情を受けて育ったので、子育ては割と真っ当だった。
ケルウィンは実母と思っているメルティナを敬ってはいるものの、より慕っているのはフィオナだった。
常に自分に寄り添って、愛情を持って接してくれるからだ。
メルティナは実の娘に、淑女としての教育を施していた。
高位貴族に仕える為のマナーと教養を身に付ける為と言っているが、まんま淑女教育である。
メイドとしての作法は従者であるミックが担当していた。
このまま行けば、王宮の上級メイドになれるレベルの教育だ。
王宮に仕えるメイドは全て貴族令嬢である。
メディーナは主人たるメルティナに直接手ほどきを受けている。
専属とは言え、かなりの好待遇だ。
常に一緒に居るので、実母であるはずのフィオナよりも長く一緒に居る。
時々、彼女が自分の母親なのではと錯覚するほどに。
日々の教育は大変であったが、父ミックとメルティナとの三人の時間は、メディーナにとって大切な時間であった。
そんな日々を送っていたケルウィンとメディーナもそろそろ年頃を迎える。
家族のように育った二人はやがて、お互いを男女として意識する。
そんな二人の甘酸っぱい恋模様を、四人の影がニヨニヨしながら眺めていた事に気付かなかった。
そして……。
「父上、母上、今日は折り入ってお話があります!」
ケルウィンは意を決した様子で、カーティスとメルティナに声を掛ける。
何事かと伯爵夫妻と、控えていた従者夫妻がケルウィンに目を向けた。
「父上、母上……。私ケルウィンは、次期伯爵家当主と言う身でありながら、このメディーナを愛してしまいました! 何卒、彼女との結婚をお許しください!!」
そう言うケルウィンの隣には、メディーナが寄り添っていた。
その光景を見た四人は、大声で笑いだす。
それは嘲笑ではなく、心底面白い、楽しい、嬉しいといった感情が乗っていた。
「「??!!」」
普段の両親達からは考えられない、その姿に困惑するケルウィン達。
「ああ、突然済まなかったな。余りにも愉快であったのでな」
ひとしきり笑った後、カーティスがそう答えた。
「いやはや、時が経つのは早い物だ……お前達も、もうそういう年頃か……」
感慨深げに呟くカーティス。
残りの三人も頷いた。
まだ、状況が分からない子供達は困惑したままだ。
「そうだな……良い機会だ。お前達に全てを話そう」
そしてカーティスの口から、彼等の若い頃の話と、自身の出生に纏わる話が語られた。
「つ……つまり、父上……私の本当の母上は……」
「私の、お母様は……」
「フィオナさん!?」
「メルティナ様!?」
驚愕の事実に驚く二人。
「フフ……流石は我らの子だ。血は争えぬな」
「いえいえいえいえ、待って下さい! 取り換えはどうしたのですか?! そう簡単に出来る事では……」
無い筈、そう言おうと思った時、気付いた。
「ふ、気付いたか。そうだ。お前を取り上げたのはフィオナの母であり、お前の祖母である」
「そして、メディーナ。貴方は我が領のさる名医が取り上げて下さいました。その方はフィオナ様の義父にあたります」
「つ、つまり……出産に立ち合った者は全員……」
「身内だな」
「「……」」
開いた口が塞がらない二人だった。
「フフ、さあて、これから忙しくなるぞ! 先ずはお前達が婚約を結んだ事を周知せんとな!」
そう言って張り切りだすカーティス。
「お二人の婚約に関する手続きはほぼ完了しております。後は当人達のサインのみですね」
「「ええ!?」」
こんな事もあろうかと、既に書類を作成済みのミック。
「流石だな!」
ミックの仕事にカーティスもご満悦である。
こうして、一大決心で臨んだケルウィンの宣言を更に超えるインパクトのあった真実と、その後の迅速過ぎる流れによって、二人の婚約は無事に成立した。
カーティスは今、真に愛する妻であるフィオナと二人っきりの逢瀬を楽しんでいる。
メルティナ夫妻もそうであろう。
ケルウィンとメディーナは婚約後、学園へと入学した。
成績優秀者であれば平民でも入学出来るので、立場上は平民のメディーナも学園に通えるのだ。
トラム家はクレース家との事業提携の他、カーティスの尽力により貴族的にはかなり美味しい地位に居た。
結果、ケルウィンへの婚約の打診が後を絶たない。
伯爵家と言うそれなりに高い地位と、豊富な資産を皆欲している。
そう、あくまで政略的な旨味目的だ。
カーティス達も貴族である以上それを否定はしないが、余り高位の貴族と交わって力を持つ事に忌避感を覚えている。
権力を持つと、それ相応の責任……もとい厄介事を背負う羽目になるからだ。
今ぐらいが丁度良い。
そして幼い頃から見て来た我が子達の恋を成就させたい親心もある。
何せ、自分達は親を欺いてまで得た子供達が、真実愛し合っているのだ。
応援したくもなる。
それに、二人が結ばれる事で、トラム家とクレース家が真の意味で結ばれるのだ。
反対する理由も無い。
子供達が学園に通う様になり、ほんの少し寂しくなったが、その分愛する者と二人っきりでいられる。
カーティスとフィオナ、メルティナとミック……それぞれ愛し合う者同士、長い夜を過ごしたのだった。
後日、弟妹が出来た事を知らされる、若きカップルの胸中や如何に?
ありがとうございました。
評価を頂けると嬉しいです。
また、感想や誤字脱字報告もして頂けると嬉しいです。