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導入4

 車外に這い出ると、そこには捨て身の暴走アタックで間引いていたとはいえ、10体ほどの動物型モンスターの群れが待ち構えていた。


 真っ黒なモンスターたちは声を発さないが、きっと声を上げることができたなら「ウゥゥゥー」と威嚇するような唸り声を上げているだろう、前傾姿勢を取っている。


 ………面倒な。


 多数の敵に包囲されて、敵陣で孤立してしまっている状況に危機感を抱く。


 VRゲーム全盛期となり国民的ゲームへと躍進したVRACG(virtual reality action game)の金字塔『武士道』。


 本格派対人ゲームをうたう特殊なゲージ技などは存在しない、純粋なチャンバラによる対決を主眼に置いたゲームに心血を注いだプレイヤーとして、真正面からの一対一ならば、誰であろうと負けない自信はあるが、一対多は普通にワンミスで落とされる危険がある。


 ジリジリと距離を詰めてくる狼や猪のようにも見える、四足歩行のモンスターたちに捨て身になって一斉に襲い掛かられたら、自分でも対処仕切れるかは怪しい。


 「せめて、もう一本、剣があれば」と思うが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 

 ならば、せめて戦いのシチュエーションだけは、自分で作り出さなければならない。

 

 これまで様々なゲームで経験してきた。


 一対多での戦闘の経験則から導き出される勘だけを頼りに、モトは走り出す。


 敵の包囲の薄い、包囲網の端を突破するべく遮二無二しゃにむにに突撃する。


 とにもかくにも、敵に一斉に襲い掛かられる状況だけは避けなければならない。

 

 そうした自分の一点突破を狙う勢いに気圧されたのか、警戒したのか、包囲の端にいた狼のような化物は逃げるように包囲を解いてくれる。


 その隙を突いて包囲を突破する。


 ……よし。


 一番の死地を突破できた事に安堵しながら、走ったまま素早く他の敵の動きを確認する。


 背を向けて逃げる自分の背中を狙うもの、再び包囲網を敷くべく動くもの。


 先ほどまで統率されていた敵の動きに乱れが生じていた。


 この状況ならば、幾らか戦い様がある。


 傍目には逃げ出したように見える、自分に追い打ちを掛けるべく、一体の巨大な猪のようなモンスターが突出して突進してくる。


 これは逃げきれないと判断して、迎え撃つべく剣を正眼に構える。

 

 真っすぐ突っ込んで来る、猪のようなモンスターと向かい合い、拍子抜けをする。


 鬼畜難易度がデフォだという「スクラムゲー」のモンスターだからと警戒していたが、向かい合った瞬間、自分の脅威となるレベルの敵ではない事が察せられたからだ。

 

 

 ―――これまで幾つものVRゲームで、さまざまな武器で、さまざまな敵と戦い、分かったことがある。


 戦いとは、正中線(中心線)の奪い合いを征したものが勝つということだ。


 正中線とは何か――厳密には言葉で説明できない感覚的な部分も多々あるが、一番簡単に説明するなら、最短距離で敵を攻撃でき、同時に最短距離で向かってくる敵からの攻撃を阻止できる空間(一点)のことだ。


 つまり、戦いにおいて、最も効果的に敵を攻撃することができる空間(一点)は、同時に最も効率よく敵からの攻撃を防ぐことができる空間(一点)でもある。


 ―――戦いとは、言ってしまえば、その空間の奪い合いなのだ。



 そういう意味において、不用意に自分の間合いに入ってくる猪の正中線は、がら空きで、言ってしまえば余りに隙だらけだった。


 「フッ」


 がら空きの猪の正中線に刃を沿わせるように、イノシシの首を下から剣で斬り飛ばしながら斜め横へずれて、勢いを失いながら倒れ伏していくイノシシの骸を躱す。


 続いて、その攻防の隙を突くように襲い掛かってくる狼型のモンスターに向けて、自分の正中線を守り、敵の正中線を奪うように刀を構える。


 ――すると、こちらの隙の無さを察したのか、狼型のモンスターは、真正面から正対するのを嫌い、腰が引けたような逃げの姿勢を見せた。


 素早い動きが厄介だった敵が、動きを鈍らせた隙を見逃してやる理由はない。


 逆にモトの方から最短距離で間合いを詰めて、引け腰になった狼型モンスターが、逃げ出す暇も与えずに切り捨てる。


 ……やれる。自分の剣術は、スクラムゲーの敵にも通用する。


 その確信に自信を深めながら、瞬く間に仲間が倒されたことで、警戒した様に遠巻きに此方を包囲しようとしているモンスターたちの動きを把握する。


 だが、こちらが馬鹿正直に、その再包囲を待ってやる必要はない。


 敵が、弱みを見せたなら、そこに付け込むべきだ。


 その攻め時を感じたのは、自分だけではなかったらしい。


 「一気に押し込めぇぇぇー」

 

 「「「「「「おぉぉぉおおおー」」」」」」


 暴走運転による特攻アタックをしていた間、避難してくれていた。


 自分より先にモンスターたちと戦っていた人たちが、装備を整えて戻ってきてくれたようだ。


 何処から持ってきたのか、金属バットや斧などのほかに、暴徒鎮圧用のサスマタや盾のようなものを持っている人がいる。


 自分を包囲しようとしていた状況が一転して、逆に包囲される状況に浮足立った隙を狙い、手近な場所にいた2体の狼型モンスターを斬り捨てる。


 それと、ほぼ時を同じくして、自分を追って突出していた動物型のモンスターたちが、前線に戻って来てくれた人たちによって、瞬く間に駆逐されていくのが確認できた。


 「よくやったぞ、坊主、普通なら暴走運転でしょっ引くところだが、お陰でこっちも体勢を立て直せた」


 とりあえず近場の敵を倒せたことに安堵していると、ドラマの刑事のような人間的な厚みと逞しさを感じさせる警察官の制服を着た40歳前後くらいの男性が、年若い20代半ばくらいの警察官を引き連れて走り寄ってきた。


 「……先輩はそう言っているが、後で説教だからな」


 「うへぇー」


 一緒にやって来た、自分に負けないほど体格が良い、生真面目そうな年若い警察官が、しかめ面で小言を言ってくるのに辟易する。

 

 「あははは、まっ、そりゃ仕方ない、危ないことをしたんだからな、心配して怒られている内が花だと思っとけよ、少年―――まっ、悪いようにはしないさ、しっかり俺たちが擁護してやるから、何とか此処を全員無事で乗り切るぞ―――あと5分もすれば近隣の署からの応援も到着する筈だ」


 「「はい」」


 底なし穴から這い出てくる新手の黒い靄状の怪物を前に、そう励ますように笑って言ってくる中年警官の言葉に、モトは若い警官と一緒に威勢よく返事を返す。


 ――が、よく考えてみれば自分は、此処はゲームの中の世界であり、この空間は白い空間に呑み込まれていた自分が、それまでの記憶を反芻しているという状況なのだ。 


 ……と言う事は、この世界ではない場所に、どういう課程を経てかは不明だが、この世界を離れて白い世界に行く事が確定している訳で……。


 どう希望的観測を持っても、この世界で、その説教とやらを受けてやることはできないのだろうなぁ、とメタ的な視点で察してしまう。


 ――であるならば今、かろうじて何とかなっている状況を崩す、スクラムゲーらしい理不尽の化身が、これから出てくるのだろう。


 もしかしたら、その原因が何か分かれば対処できるのではないかと、注意深く周囲を警戒したからこそ、気付けたのかもしれない。


 何処からか微かに、広げたタオルを勢いよく振るったようなバサ、バサという音が何処からか連続して聞こえてきたような気がしたのだ。


 「無理はするなよ、粗方避難は終わっているんだ、後は時間稼ぎさえすればいい、そうすれば直ぐ応援が来てくれる」


 「後ろの避難所さえ守れればいいんだ、無理はするな」


 穴を這いあがってきた十数体いる黒色の骸骨騎士を前に、警官の2人が鼓舞するように声を張り上げる。


 「「「「「オォォォオオー」」」」」」


 その掛け声にモト以外の防衛側の人間が、ときの声を張り上げた。


 そのせいで、聞き間違いなのかを確かめるために耳を澄ませて聞こうとしていた羽音のような音が一瞬、完全に聞こえなくなってしまった。


 それが結果的には、警告を呼び掛けるに当たって、致命的な遅さに繋がってしまった。


 鬨の声が終わった後、聞き間違いなどではなく、ハッキリとバサバサという音が聞こえてくる。


 その音の発生源が何かは正確には分からないが、その音は穴の奥の方から、此方に向かって急速に近づいてきているのが分かった。


 「――何か穴から出て来るぞ!?」


 気付いたモトが、慌てて警戒を呼び掛けた瞬間、何か黒い巨大な影がマントをはためかせながら地上に飛び出してきた。


 それは、身長が2メートル以上はあるだろう巨大な人型の騎士のようだった。


 大穴の壁を駆け上がってきたらしい、全身甲冑を身に纏った黒い騎士は、人の身の丈ほどもある大剣を持っているとは信じられない身軽さを発揮して高速で突っ込んで来る。


 「なっ、ぐぅぅぅ」


 「うわぁぁぁああー」


 その最初の標的になった暴徒鎮圧用の透明な盾を装備していた人が慌てたように盾を構えるが、黒騎士は大剣を横薙ぎに一振りして盾ごと人を数メートル弾き飛ばすと、続いて隣にいたサスマタを持った人を返す刀で真っ二つに断ち切った。


 斬られた人の体は、斬られた部位から浸食が広がるように黒い靄に変わっていき、黒騎士に飲み込まれるように霧散していく。


 ――NPCがやられると、そうなるのか……


 血が噴き出し、臓物がこぼれたりしないグロ描写の表現レベルに安堵半分、人が黒い霧となって霧散していくという死体も残らないことを恐ろしさ半分に感じながら、明らかに先ほどまでの敵とは動きの質が違うレベルの敵の登場に、コイツがスクラムの洗礼となる敵のようだと確信する。


 明らかに一般人と同程度の力しかない人間が相手にできる能力値の敵ではない。


 「……面白ぇ」


 明らかに今の自分よりステータスが高いだろうボス的な敵を目の前にして———ゲーマの本能として、口元がつり上がるような笑みが浮かぶのが分かった。


 「――アイツは俺がやる、他の敵を押さえてろ」


 目の前で味方がやられたことで明らかに及び腰になっている、警官らに変わって前に出る。


 本当なら誰かの指揮の下で一個の部隊のように統率を持って動けたらよかったのだろうが、場の怯えた空気が伝染している今、逃げるにせよ、戦うにせよ、目の前の脅威に対して誰かがまず立ち向かわなければならない。


 ならば、それはプレイヤーである自分の役目だという咄嗟の判断だった。


 それは、このままではNPCとは言え無駄に人が死んでしまうという事への禁忌の気持ちの発露ではあったが、冷静な理論的な判断でも、高尚な自己犠牲の精神でも、ヒーロー願望でもなく。


 ボス戦なら「とりあえず敵をぶっ飛せば良いんだろ」という、ゲーマー的・短絡思考によるものだった。


 モトは、ボス的であるだろう黒騎士に向かって駆けだす。


 「いくぞ、スクラムゲー、この俺が簡単にやられると思うなよ」


 そう不敵な笑みを浮かべながら叫ぶ、自分に狙いを定めるように黒騎士は大剣を構えるのだった。

 Tips 『武士道』 VRフルダイブゲームを購入すると、最初から入っている入門体験的なVRゲーム。特殊技などはない、ただ純粋なチャンバラをするだけの対人ゲーム。若者からお年寄りまで楽しめるシステムで、血しぶきなどは出ない。リアルで居合や剣術をやっているプレイヤーが多数おり、VR空間内の練習場で道場のようなものも開かれている。総じてここの上位プレイヤーは生まれてきた時代を間違えたのではってくらい時代錯誤の剣豪揃い。

 やっぱり、本気の切り合いを何十、何百どころではない、何千、何万回と繰り返すことによる技能向上は、VRゲームがもともと軍事技術だったという理由をよく分からせてくれる。

 ほかの対人ゲームと違い、年配のプレイヤーが多く、剣道の礼節を重んじる空気があるため、そういう意味でもVRゲームの対人戦を入口として機能している。ただ、そんな武士道も多数VS多数の「討ち入りモード」や「合戦モード」になると、血の昇ったプレイヤー同士の罵詈雑言が行き交うことがあるので注意が必要。

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