「深き森」探索6 蝕む呪骸
【蝕む呪骸LV23 供物を捧げる儀式を通じ顕現した、人の世を呪う代行者にして執行者。血と呪術者の人間性を捧げて呼び出された『捨てられた世界』に蔓延る呪いは、呪術者が何かを捨ててまで望んだ怨恨に呼応する。————ああ、呪いは、呪いによって育まれていくのだ】
「gyalaalaalaalalaalaalaaaaー」
素体となった生贄の名残を残すように頭部に鹿のような立派な角が生やした「黒い触手が人型になったような化物」は、2m50cmほどの巨躯の体を不気味にギクシャクと震わせながら、金属が擦れるような耳障りな咆哮を上げた。
「レベル23!?」
「こりゃ、見事にスクラムの仕掛けた地雷を踏んだなぁー」
最初のドラクロ世界への導入時に戦った黒い靄で形作られた「悪魔騎士」と同じように、相対するだけで本能的な寒気を感じさせる敵を前にアオが悲鳴を上げ、シャロが逆境を楽しむように笑った。
不意にギクシャクと不気味な挙動をしていた「蝕む呪骸」の動きがピタリと止まる。空気が張りつめていくのに敵が臨戦態勢に入ったことが確かに感じられた。
それを裏付けるように「蝕む呪骸」の人型の体が不自然に脈動するように膨れ上がり————1m近くまで巨大化した触腕が、自分とアオ目掛けて30m近い距離を伸び襲い掛かってくる。
体感速度的には、高校生男子が全力で投げたドッジボールが減速することなく飛来したような巨大な触腕の一撃に、少しばかり不意を突かれながらも二人で余裕を持って横に飛び避ける。
「ゴッ」とまるで巨大な鉄球を叩きつけたかのように重く鈍い音を響かせながら、先ほどまで自分たちがいた地面を陥没させた————次の瞬間、巨大な触腕が引き戻される動作に合わせて鞭のようにしなり、自分たちの回避した方向に追い打ちを掛けるように振り払われる。
攻撃を回避して気が抜けていたらしい、一瞬反応の遅れたアオを横から抱き抱えながら、更にもう一歩横に飛び退いて一撃を避ける。
「気を付けろ」
「っ———シャロ、左に展開。モト、真正面、頼んだ」
自分の腕の中で目を白黒させていたアオが、素早く敵の脅威度を修正しながらフォーメーションを指示してくる。
「あいよ」
その指示にシャロが左手側面に回り込むように弓を構えながら走り始め、モトは相手の真正面から相対するように無言のまま、「無形の刃」を手にゆっくりと前に歩み出る。
「さぁ、ボス狩り始めるよ」
「「応」」
アオの号令に従って、シャロが全力で走りながら弓矢を連続で放っていく。
ほぼ全力での移動しながらの連射でありながら、正確無比に飛んだ矢は「蝕む呪骸」に向かっていく。
腕を通常の長さまで引き戻した「蝕む呪骸」が、巨大な腕で弓矢の連撃を受け止め弾き飛ばし、お返しとばかりにシャロにヘイトを向ける。
——————反応早いな
前衛として自分以外の仲間にヘイトを向けさせたくなかったが、攻撃を受けてから反撃に移り、行動に移すまでが、これまでのエネミーと比べても格段に早い。
シャロは突っ込んでくる「蝕む呪骸」に弓矢で牽制するように射掛けるが、その攻撃を意にも介さず突進し、本物の獣のように数メートルの距離を一瞬で無にするように飛び上がりながら腕を振り下ろしてくる。
「———アオ!!」
————パチン
シャロが鋭い声で、アオに呼び掛ける声と共に指を弾く音が響き、シャロの姿が掻き消え————その場所に「蝕む呪骸」のジャンプ攻撃が炸裂弾のような轟音を響かせて叩きつけられる。
シャロが、アオの傍らにアルカナスキル【私たちに距離はなく】で移動したのを確認し————モトはジャンプ攻撃の反動で動きを止めた「蝕む呪骸」の隙を狙い、背後から「無形の刃」で連続で斬り付ける。
「ふっ」
鋭く息を吐きながら袈裟懸け、横切り、切り上げという三連撃を叩き込む。
「glalaaaaaaaaaa」
………うわっ、気持ち悪
敵を斬った感触が明らかに生物を斬った感触じゃない、まるで粘土や泥を斬ったような、刃がぬるりと滑るような感覚に得体の知れない、悍ましさを覚えながら———バックブローのように振り返りながら振るわれた腕を、地面ギリギリまで体を伏せることで避けて————もう1撃、胴体を斬り付けながら横を駆け抜けるようにして距離を取る。
……さて、これだけ斬ってやったのに与えた裂傷が、瞬く間に修復していくのを見るに長期戦となりそうだ。
「仕方ない、少し付き合って貰おうか」
デカ物の相手のヘイトを稼ぐ回避盾となるために、トントンと二歩、三歩と後ろに下がり、通常の剣の間合いの3倍ほどの距離となる5~6mほど距離を取って「蝕む呪骸」と相対する。
「gulululuuuu」
真っ黒な相貌が此方を見るのに、夜中に家で見たら悲鳴を上げそうな面だなと思いながら————
右腕を大きく振り被りながら一歩、二歩と間合いを詰めてくる「蝕む呪骸」に合わせて左に一歩、二歩と横にズレるようにサイドステップを行い。
敵の目測をズラスことで間合いの奪い合いを制し、巨大化させた腕を降り下ろしてくるのに合わせて左に一歩鋭く移動して拳を回避し、腕を切り落とすつもりで一閃、一足分の間合いを開けるように飛び退くという動きを一連の流れでこなす。
右腕を半ばまで断ち斬ったことで、「蝕む呪骸」に数瞬の硬直は生じさせたが、それで怯む事無く自分を捕まえるように闇雲に右腕を延ばしてくる。
—————甘い
中心線の奪い合いも何もない、不用意な追撃をスキル【パリィ】で跳ね上げるように受け流す。
元来、受け流しとは敵の力の向きに合わせて力の向きを少し反らして攻撃を払うことしかできないのだが、スキル【パリィ】は此方に向かう力を反らす力が補正してくれる。
それにより腕力差や質量差を考えたら、どう考えても打ち払うことなどできない筈の「蝕む呪骸」の巨大な右腕を跳ね上げるように斬り払い。
その力の方向を無理矢理捻じ曲げるように払われたことで、体幹を崩し無防備になった隙を逃さず懐にするりと入り込む。
「蝕む呪骸」の懐に素早く踏み込み、アルカナスキル【死神】のスキル【死神の目】で敵の弱点が体の中心にあることを把握し、大剣に変えた【無形の刃】を体ごとぶつかっていくように突き立てる。
「GYaAaaKAaaAa」
急所に的確に攻撃を当てたことで、死神のアルカナスキル【致命の刃】の効果で大幅な補正が入ったクリティカルダメージを受けて、「蝕む呪骸」は、金属がひしゃげるような金切り声を上げながら、その一撃でスタン状態になったように体を硬直させた。
十分なダメージを与えられた事を確認し、無理な追撃はせず、再び動き出す前に大剣を小太刀に代えて引き抜きながら素早くバック【ステップ】で距離を取る。
膝から崩れ落ちそうになった体を持ち直した「蝕む呪骸」が、ギロリと憤怒の籠った真っ黒な相貌で睨み付けてくるのを、真っ直ぐに見返しながら忠告してやる。
「俺だけ見てていいのか?」
その言葉と共に、先ほどの弓矢とは比べ物にならないほど強力な矢が「蝕む呪骸」の右側頭部に突き刺さり、よろめくように蹈鞴を踏ませる。
その隙を狙って【ステップ】で間合いを詰めて一撃、二撃と「無形の刃」で剣撃を浴びせて、「蝕む呪骸」が反撃に出る前にバック【ステップ】で先ほどと同じくらいの距離を取ると——今度は「蝕む呪骸」の左半身に魔法の【火球】が衝突して爆ぜる。
「gyalaaaaaaaaaaaaa」
その攻撃に体を振り回しながら逃げるように移動し、いつのまにか自分、シャロ、アオの三人で三角形を作るようなポジショニングを取っていた、魔法攻撃を行ったアオに怒りの目を向けてアオの方に向かおうとする【蝕む呪骸】の隙を付く。
「まっ、だからって、俺から目を離して良い訳じゃないけどな」
これまでに伊達に幾つものゲームを一緒にプレイしてきた訳じゃない。
この手のボスを相手取るのも初めてではないのだ。
こちらから意識が外れて、中心線ががら空きとなった「蝕む呪骸」の懐に素早く踏み込み、アオへと向かう出足を止めるように大剣に変えた「無形の刃」で足を斬り払い、自分以外にヘイトを向けることは許さない。
「GaAAaA」
癇癪を起したように腕を振り回してくる「蝕む呪骸」の巨大化させた両腕の攻撃をヒラリヒラリと、足さばきとスキル【ステップ】を組み合わせた緩急を付けた回避で危なげなく避けていると————シャロの【強攻撃】の弓矢が連続で「蝕む呪骸」に襲い掛かり、ダメージを蓄積させていく。
【蝕む呪骸】のAIは、まずは自分を倒さなければいけないと判断したのか、集中的に襲い掛かってくるが、だからといって無理に相手はしない。
今の自分はあくまで回避盾であり、役割としてはタンクだ。
自分以外にヘイトを向けようと意識を反らした隙を狙うだけでいい。
いつもより広めに間合いを取っているので軽く一歩飛び下がるだけで攻撃を避け、お返しに体の末端を削るように無理に踏み込まず、手や足といった末端を攻撃して地味に敵のHPを削りながらヘイトを集めるだけの簡単なお仕事だ。
———そうすれば敵が自分に集中した隙に、脇からシャロとアオが弓矢や魔法で削っていってくれる。
そして、今みたいにシャロの弓矢に苛立ち、シャロの方にヘイトを向けるという、目の前の自分から意識を反らすという決定的な隙を付いて懐に入り込み、体の中心の急所に三段突きを叩き込んで距離を取って————こちらに強制的にヘイトを向けさせながら背後から襲い掛かるアオの【火球】からも意識を反らしてやる。
火球が衝突して、痛みに悶える体を振り乱した後、怒りに任せたように自分に襲い掛かってくる攻撃を避けて、受け流しながら————あくまでもアタッカーであるアオとシャロが攻撃だけに集中できるように場を整えることに注力する。
これが自分たちの単体ボスを相手にした時の必殺の陣形の一つだ。
………一対一なら、もう少し緊迫した勝負になったかもしれないが、単騎運用されたボスの悲哀を呪ってくれ。
アオの火球とシャロの【強攻撃】の弓矢によって、「蝕む呪骸」にダメージが少しずつ蓄積していき、瞬く間に修復していた傷跡の直りが遅くなっていく。
少しばかりタフな敵ではあったが、このまま押し切れそうだという展望を抱きはじめたところで、「蝕む呪骸」が今までにないモーションを行った。
まるで、龍などのモンスターが行うブレスの予備動作のような、何か大きな息を吸うような仕草で—————。
「っつ!?」
その初めてのモーションに警戒して、あからさまな攻撃の隙ではあったが、警戒して距離を取るように今までよりも数歩下がったところで、それは放たれた。
紫色の毒霧のような見た目のブレスが「蝕む呪骸」から急速に広がるように襲い掛かってくる。
パチン
その瞬間、何かに引っ張られるような僅かな浮遊感の後、目の前の景色が切り替わる。
「さすがに、このまま、すんなりとはやられてくれないね」
「—————みたいだな」
いつの間にかアオの傍らにアルカナスキル【私たちに距離はなく】で転移させられた位置から、まるでスモークのように「蝕む呪骸」の姿を覆い隠すように急速に広がる毒霧に、これが序盤のボスのやる事かよと、スクラムの嫌らしさを痛感する。
「アオ、アレは不味いぞ」
離れた位置にいるシャロが鋭い声で叫ぶ。
これまでのように安定して自分がタンクとして立っていられるという前提が崩れた以上、戦闘を長引かせるのは紛れが起きる可能性が高くなるからだ。
「分かっている、あのブレスは私が対処する、一気に畳み掛けるよ」
「ああ」
それを瞬時に悟ったアオが、決意を込めて決断して叫ぶのにギアを入れ直す。
それを待っていたように毒霧の濃霧の中から「蝕む呪骸」が飛び出してきて、シャロの方に突っ込んでいく。
「———チェンジ」
パチン、パチン
アオの指を弾く音が連続で響き、アルカナスキル【私たちに距離はなく】の効果によって、シャロの傍らに自分が転移し、シャロはアオの傍らに転移する。
「—————さぁ、終わらせようぜ」
「GYAAaAaAaAaAaAaAaA」
「蝕む呪骸」が巨大な腕を伸ばしながら拳を叩きつけてくる攻撃を避けて、飛び掛かってくる攻撃を【ステップ】で回避しながら、大剣にした「無人の刃」を【強攻撃】の一撃で振り抜き、体幹を力技で崩す。
「————ここからは潰し合いだ」
生み出した一瞬の隙で懐に入り込み大剣で、「蝕む呪骸」の急所である体の中心にあるコアを大剣の切り上げの【致命の一撃】で削る。
「Ralaiwjdawa」
「蝕む呪骸」が両の拳を我武者羅に振り回してくるのを、回り込むように回避し————連続攻撃が止まった、打ち終わりを狙って、懐に入り込む。
「無人の刃」による【強攻撃】で、急所を横薙ぎの【致命の一撃】で両断し、後ろに仰け反らせるようにノックバックさせた「蝕む呪骸」が、反撃だと左腕で殴り掛かってくるのを【パリィ】で弾き、体制を崩したところに【強攻撃】の袈裟斬りで【致命の一撃】を与える。
そこで再びノックバックさせられた「蝕む呪骸」にアオの【火球】が直撃する。
「AAAaAaaGAaaAa」
その攻撃に「蝕む呪骸」が、これまでのように炎を振り払うように身悶えする。
パチン
その隙を狙いすましていたようにアオのスキルで、自分の隣にシャロが転移してくると鋭く叫ぶ。
「行け、英雄様」
シャロは両手にスキル【武具生成】で指の間に挟むように作りだしていた片手に4本ずつで計8本の投げナイフを次々と投げ放つ。彼女のアルカナスキル【進む限り】の効果によって、これまでコンボを重ねてきたことで威力が跳ね上がった投げナイフは、弾丸のような威力となって「蝕む呪骸」に至近距離から襲い掛かり、その内の2本は黒く染まった相貌をどちらも穿ち抜く。
「GYAAkakaAAa」
「オオオォォオー」
それによって今度こそ怯んでスタン状態になったように膝をつく「蝕む呪骸」の、がら空きになった懐に入り込み、体ごとぶつかるような勢いで突いた「無形の刃」による渾身の【強攻撃】の【致命の一撃】は全てを貫いた。
——————獲った
何かを穿ち貫いた感覚を確かに感じながら、大剣をグリっと掻き回すように引き抜き————残心の意識から素早く敵を弾き飛ばすように距離を取る。
自分が穿ち貫いた「蝕む呪骸」は、倒された魔物が光のエフェクトを放ちながら消滅していく。
その後には、一つの腕輪だけが残っていた。
【解毒の腕輪 毒ダメージを無効化する腕輪。————それは守るべき筈の人間に息子を毒殺された呪術者の真の望みを反映して生まれた祝福である】




