「深き森」探索3 小呪災攻略
魔物を排除しながら森を北上していくと、それまで平坦だったフィールドが、少しずつ勾配が強くなっていくのがハッキリと感じられた。
「深き森」は、山脈の麓一帯に広がる樹海のような森であるため、森の奥に入って行けば行くほど、緩やかな坂道や、ちょっとした小高い丘のようなものが自然と多くなる。
舗装されていない足元の悪い道を進みながら、魔物相手に遭遇戦を繰り返すだけでも心身を擦り減らすのに、緩いとはいえ坂道の上り下りまで追加されると、それだけで疲労感は倍増する。
きっと生身の身体だったら、体力的に根を上げていただろう。
いざと言う時、森の外に避難できるよう、森の淵沿いを進んでいる自分たちで、これだ。
「深き森」の奥に進んでいるフランクさんたちは、もっと険しい道のりを進んでいるのだろうと思うと、この世界のNPC(生身の人間)である二人は大丈夫なのか、流石に心配になる。
何より、ただでさえ樹海の木々で視界が遮られていたのに―――地形に高低差まで加わると、さらに敵の接近が分かりづらくなり、敵に潜伏される危険性が跳ね上がる。
今のところBGMで魔物の接近が事前に分かるから奇襲攻撃は喰らっていないが、鬼畜ゲーで名高いスクラムゲーだ。
いずれBGMとは関係なくアンブッシュしてくる魔物が絶対に現れるだろうと思うと、気を抜く事もできず、余計に心身を擦り減らす。
そんな中、VRS(Virtual Reality Shooter Game)ゲームやサバイバルゲームをやり込んだ経験を活かして、少しでも歩きやすく安全な道を選びながら、手慣れた様子で周囲の警戒をしてくれる、シャロの存在は非常に頼もしいものだった。
小高い丘を迂回する勾配の緩いコースを選びながらも、フィールドの危険なポイントを事前に察知して避けつつ、逆に此方が有利になるよう位置取りをしてくれる。その上で、敵の接近を一番に気付いて、ファーストアタックを確実に取ってくれるのだ。
初めて訪れるフィールドで、スカウト役として完璧な仕事ぶりを発揮してくれる辺り、シャロのセンスの高さを感じさせる。
だからこそ、木々を騒めかせる風に乗って聞こえてきた。「小呪災」の存在を示す、ダークで怪しげな雰囲気のBGMのノイズ音に最初に気付いたのも、当然のようにシャロだった。
シャロの先導に従い、わざと遠回りして回り込むように、3mほどある小高い丘の斜面に身を隠しながら進むと―――丘の向こう側から何処か怪しげなBGMがハッキリと聞こえてくるのを確認して、勾配の強い丘を上っていく。
「………おー、おー、こりゃ急に面倒なのが出てきたな」
「……だね、数も多いし」
「……盾持ちに、弓持ちもいるのか」
小呪災の発生地を3人で頭を低くしながら覗き込むと、丘の下に広がる薄暗い窪地の中心に15体の黒い靄で形作られた人型のモンスターの存在が確認できた。
周囲より低い場所にある窪地は、自然と丘の上に生える木々などによって光が遮られるせいで、光が差し込まず一段と薄暗い。
そのせいか、水はけが悪く、植物も違う植生となっているのか、根腐れして倒れた枯れ木の上に苔のような植物が生えていたりと一際、陰鬱な雰囲気を強く漂わせている。
そんな薄闇の中――――
【亡者Lv9】
・罪の穢れにより呼び出された死霊。朽ち落ちた絆は、裏切りの証であると同時に、それでも消えぬ絆の証でもある。
―――というテキストデータを持った、真っ黒な人影の【亡者】たちが、木陰の何もない空間を囲むように円になって座っている。
真っ黒な人影たちが一言も発さず、身動ぎもせず、項垂れるような姿勢で、武器を抱えるように持ち、円を作って座り込んでいる姿は、何か奇妙な呪術の儀式でもしているかのような不気味さと、恐ろしさを感じさせた。
「ぅぁー、こわっ」
「確かに、雰囲気あるなぁ、こう見ると本当に『呪い』なんだなって理解させられるな」
アオが身震いするように震えあがる傍らで、シャロが面白くなってきたと言わんばかりに笑う。
「……それで、どうする、さっきまでと明らかに雰囲気が違う、初見の敵だぞ?」
「……どうしよっか、何か明らかにヤバそうなんだけど……ここを攻略できたか、どうかが後のストーリー分岐を決定づけるポイントになる可能性もあるんだよね」
モトの質問に、アオは悩ましそうな声を上げるが、直ぐに決断する。
「……まっ、初志貫徹で行こうか、予定通り押し通ろう」
「そうこなくっちゃ、けど、どうする? あの密集具合を見ると各個撃破は難しいし、盾持ちと弓使いがいるから、アウトレンジから一方的に削ってくってのも難しそうだぞ」
「……そうだね、安全に行くなら小呪災で生まれたモンスターは、受肉するまで小呪災の範囲から出られないらしいから、エリアのギリギリを行き来しながら敵を少しずつ削っていくのが良いんだろうけど……それだと少し時間が掛かり過ぎるし……」
アオが、そう戦略の方針を考えながら、何かを期待するように此方を見てくる。
……どうやら、あの集団相手に吶喊して蹴散らすことを期待されているらしい。
「……まぁ、何とかなるだろう。スキルの扱い方にも慣れてきたしな」
「よし、決まり、それじゃあキツツキ戦法で行こう」
「おし、パパッと片付けてやろうぜ」
モトが特に気負った様子もなく答えると、アオは満足そうにニヤリと笑い、シャロは不適に笑った。
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モトが、アオとシャロから30mほど離れた場所にある、窪地側から見たら一番勾配がキツイ丘の物陰に隠れる。
アオとシャロは、自分が配置に付いたのを確認して、ハンドサインで準備は良いかと確認してくるのに指でOKマークを作って答えると。
アオとシャロは、一呼吸ほどの間を置いた後、塹壕から突撃する兵士ように丘から身を乗り出して窪地に突っ込んでいく。
「オリャァァアアー」
「くらえ」
シャロが丘の上から弓矢を射掛け、弓矢よりは魔法の射程が短いアオは丘の下まで駆け下りながら魔法を放っているだろうことを、音だけで確認する。
いざ、何か想定外のことがあれば、アオのアルカナスキル【私達に距離はなく】で急に呼び出される可能性もあるので一瞬も気を抜くことはできないが―――二人だけが戦っている状況に一刻も早く動き出したいと焦れそうになる気持ちを落ち着かせるように一つ大きく深呼吸をする。
………耳を済ませろ。
動き出すのは、亡者たちが立ち上がって一斉にアオとシャロに向かって走り出してからだ。
パァァーン ガン ガン
魔法が炸裂し、弓矢の一撃が盾で弾かれるような音が連続して響き。
「う、うわっ、ちょ、ちょっとタンマ、一斉に来るのは反則だって!?」
「アオ、無理するな、引け」
そんなアオとシャロの悲鳴の悲鳴に次いで、何かが動き出したような少し湿った足音の音が一斉に響き、近づいてくる。
……今だ。
モトは、その敵の視線がアオとシャロに集中しだした頃を見計らって、丘の陰から身を低くしながら出ると、丘の上に生えた木や茂みの陰に隠れながら進み、ほとんど崖のようになっている4mほどの高さの丘を半ば飛び降りるようにして滑り下る。
まさか、そんなところから新手が出てくるとは意識の外だったのか、アオやシャロに意識が集中していて此方に気付く余裕がなかったのか。
この時点で、亡者たちに気付かれることも考慮に入れていたのだけれど、亡者たちはアオとシャロに意識に向いたままだった。
……ここだ。
今が絶好の攻め時であると本能で感じ取り、意識が前を向いている敵の死角から攻め込むために回り込むように動きながら、アオを追い掛ける亡者たちの集団の中団を狙って横手から襲い掛かる。
【ステップ】を連続で発動させて10mほどの距離を1秒ほどで詰めると、前に意識が向いて無防備だった亡者の首を【致命の一撃】で刈り取り、突如現れた自分に反応しきれていない敵の隙を突いて、隣を走っていた、もう一体の亡者の首へ【致命の一撃】を突き穿つ。
―――2体。
後ろから走ってきた亡者が、動揺で動きを止めた隙を見逃さず、慌てて構えようとした槍を弾き飛ばしながら、すれ違いざまに首を【致命の一撃】で削ぎ切り。
その後ろを走っていた右手に盾を左手にショートソードを持った亡者が、盾を構えるのを確認して―――モトは見せ付けるように太刀を左に大きく振り被り、亡者に左側からの一撃を警戒させて盾を構えさせると―――半身になることで刀身を自分の身体の影で隠しながら一気に間合いを詰め、【無形の武器】を小太刀に変化させながらも太刀の間合いで刀を振るうことで、わざと空振りし―――太刀の一撃を受け止めようとして亡者が体を硬直させた隙を狙い、さらに一歩間合いを詰めて盾の淵を左手で掴んで押しのけながら、右手に持った小太刀でがら空きになった亡者の首を【致命の一撃】で掻き切る。
―――4体。
回りに敵がいなくなった一瞬の時間を活用して、周囲を確認すると自分が襲い掛かった中団の前を走っていた5体ほどの亡者は、そのままアオを追い掛けている。
ならば、目の前の6体ほどを手早く片付けることに集中してよさそうだ
弓を持った亡者が2体、盾持ちが1体、ロングソード使いが1体に、槍持ちが2体。
弓持ちの亡者2体を守るように槍持ちの亡者2体が槍を構えているのに、まず弓持ちの亡者を潰すべく、時間を掛けずに突っ込む。
隊列を組んだ相手と戦うのは、少しばかり面倒なのだが、今はその隊列が乱れている。何より、その面倒な手間を容易に可能にしてくれるスキルがある以上、やれない道理はない。
モトは、【無形の武器】を大太刀に変化させながら肩に担ぐように構えて【強攻撃】のスキルを発動する。
……中心線の取り合いを制し、勝つべくして勝つ、攻防一体の戦い方が信条である自分だが、こういう敵の数の方が多い乱戦では、ともかく、こちらが主導権を握り続けなければならない。
そのためには、どうしても示現流のような一太刀に全てを掛けるような剣技が必要になる。
リアル寄りのチャンバラを信条とするVRゲーム「武士道」での戦闘ならば、そんな博打を打ち続けるようなギリギリの戦いが強いられるから一対多の戦いは避けるべきなのだが、スキルでこれほどの剛剣が振るえるならば話は変わってくる。
亡者たちが、槍の穂先を向けて構えている2本の槍を纏めて打ち払うつもりで放った【強攻撃】の一撃は、二本の槍を半ばでへし折りながら亡者たちの腕から槍を弾き飛ばし、力ずくで体勢を崩した二体の亡者を、普通の太刀へと戻した【無形の武器】の返す刃で瞬く間に亡者二体を纏めて切り伏せる。
その先で2体の亡者が、此方に向けて弓を構えるのを見ながら、スキル【直感】で弓の弾道を把握して、その合間を縫うように、その場で跳ねるように【ステップ】を発動して、二体の間を駆け抜け様に一体の亡者の首を跳ね飛ばし、振り返りながら自分の姿を見失ったもう一体の亡者を後ろから切り伏せる。
―――これで8体。
やっぱりスキルって凄い便利だ。
戦いの最中に発生する、均衡状態や窮地を【力】と【速さ】で切り拓き、対応できる力を授けてくれるのだから―――正直なところ、この程度の相手ならば、独りで真正面から突っ込んだとしても負ける気が全くしなかった。
ロングソードを持った亡者が、遮二無二に上段に剣を振り被って突っ込んでくるのに、中心線ががら空きだと相手がロングソードを振り下ろすより早く間合いと空間を征して、何もさせずに切り伏せる。
ガンガンガンガン
最後に残っていた盾持ちの亡者が、救援を求める叫び声を上げられない代わりに、窮地を知らせるように盾を打ち鳴らす。
暫く後ろを走っていた味方が、壊滅していることに気付いた前団の亡者たちが此方を振り向き、動揺を露わにするのが見て取れた。
「ご愁傷様、ただでさえ化物みたいな英雄様にスキルなんてものを与えた、この世界を恨むんだな」
「さーて、こっからは、ずっと私達のターンだよ」
一気に駆け上るのは難しいくらいキツイ勾配の丘の上にいるシャロと、その横へアルカナスキル【私達に距離はなく】で瞬間移動したアオが、勝利を確信したように告げる。
完全な地の利を取ったアオとシャロと、自分に挟まれた、亡者たちは今や完全に狩られるだけの対象でしかなかった。
そこから高所を取った二人の弓矢と魔法に削られ、後ろから攻め立てる自分によって、亡者たちはほどなく壊滅させられるのだった。




