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チュートリアル6

 「おー、どうだサッパリしたか?」


 お風呂から上がってギルドのロビーに戻ると、フランクさんとカミラさんが出迎えてくれた。


 「はい、サッパリしました」

 

 「ほんと、随分と立派なお風呂で驚きましたよ」


 それに、この世界の村娘の普段着であるというTシャツの上にワンピースを着たような服装に着替えたアオとシャロが笑顔で答える。


 「でしょう、ここは温泉があるから、風呂回りの設備が、ほかのギルドと比べても随分と充実しているのよ」

 

 「ああー……それで、なんだ、せっかくリフレッシュした後で悪いんだが、夕飯の前に少しばかり人と会ってもらうことになっちまってな」

 

 「人ですか?」

 

 ………風呂の後に、晩ご飯まで用意してくれるなど至れり尽くせり過ぎるとは思ったが、そう上手い話しだけだはないようだ。気まずそうなフランクさん達の様子を見るに、少し面倒なイベントなのだろう。

 

 「ええ、今、このウォーカー村の領主様が来ているの」


 「領主!?」

 

 アオが驚いたような声を上げる。しかし、それも仕方がないだろう。


 もう今日のイベントは終わりだと気を抜いていたところで、急にメインシナリオが進んだのだ。せいぜい、何かあっても細々としたお手伝いを頼まれるサブクエスト程度だろうと高を括っていただけに、その落差の大きさに動揺してしまうのも無理はない。

 

 「ああ、心配ない、心配ない、アオたちが本当にマレビトなのかって事と、森の中で小呪災が発生したって事の事実関係を確かめに来ただけだから。―――聞かれた事に普通に答えて、アオの腰のポーチを証拠代わりに少し見せてやるだけでいいから」

 

 「ええ、ウォーカー男爵は、寛大な御方だから、あまり固くならなくていいわよ」

 

 「は、はい」

 

 そう、フランクさんとカミラさんは安心するように言ってくれるが、そう簡単に開き直れるものでもない。


 幾ら何でも急すぎるだろう。

 

 ……いや、そうでもないのか。

 

 事の次第を考えれば、むしろ遅すぎるくらいなのかもしれない。


 マレビトの訪れが呪災の前触れであるのならば、そこのトップとしては、その存在を確かめておく必要があるのは、ある意味で当然の事なのだろう。

 

 マレビトが現れたという第一報は、既にギルドマスターの名前で伝えられている筈で、ある程度の今後の対応策などは練られているのだろうが、本当に呪災に対応するとなれば相応に、人も物もお金も動くことになる。

 

 ならばトップか、それに近しい立場の人間が直接、確かめに来るのも当然の事なのかもしれない。


 そんな動揺が静まらない中、シャロはアオを落ち着かせるように肩に手を置きながら、「ふーん、分かった。それで、どこに行けばいいんだ?」と代表役を代わるように堂々と尋ねる。


 ……本当にシャロは、こういう時、一番肝が据わっている、

 

 「食堂よ」

 

 「分かった。それじゃあ、あんまりお待たせしても悪いし、さっさと行こうか」

 

 「ああ、いざとなればフォローするから、気楽にいけよ」

 

 「はいよ」

 

 ニヤリと不敵に笑うシャロの姿に安心したように、フランクさんとカミラさんは笑う。

 

 「んじゃあ、行くか」

 

 「うん」

 

 「ああ」

 

 何の気負いもなく笑うシャロの姿に引っ張られるように、アオとモトも笑って頷く。


 自分たちの気持ちの準備が整ったのを見て取ったフランクさんたちが、先導するように食堂へ向かう、その後に続くように歩き出す。


 隣を歩くアオが、気を引き締め直すように腰のウエストポーチを確かめるように触るのを横目に見ながら少し歩くと、それほど遠くない距離にあるギルドの食堂まで直ぐに辿り着く。


 閉ざされていた食堂の扉の前に立つと食堂の中から、笑い声の入り混じる和やかな談笑の声が、微かに聞こえてきた。

 

 ……その漏れ聞こえる声の雰囲気から察する限り、フランクさんたちが言っていたように、そこまで堅苦しい場ではないのかもしれない。

 

 その扉をフランクさんがノックをするのを後ろから見ながら、密かに荒事になる可能性も警戒して、研ぎ澄ませていた気を少しだけ緩ませる。

 

 すると、ほとんど間を置かずに食堂の扉が開かれ、見覚えのない片眼鏡モノクルを付けた執事服姿の男性が現れた。

 

 セバスチャンなんて名前が似合いそうなスマートな佇まいの30代前後くらいの男性に、ようやくこの世界のゲームシステムに適応してきたことで習慣化してきた【鑑定】のスキルを忘れずに使用する。


 【バトーLv15 ウォーカー家を補佐する代官】。

 

 「お呼びの3人をお連れしました」

 

 どうやら唯の使用人ではないらしい執事服の男に、フランクさんが端的に用件を告げる。

 

 バトーは、何かを確認するように自分たち3人の姿にザッと目を向けると頷き、「どうぞ、皆さまお待ちになられています」と恭しく招き入れてくれた。

 

 「どうも」

 

 シャロが軽く礼を言って中に入るのに続き、軽く頭を下げながら部屋に入る。

 

 すると、相も変わらず大衆酒場のような風情のギルド食堂にはそぐわない、お堅そうな雰囲気の4人の男性が、此方を見詰めているのが目に入った。

 

 食堂中央に置かれた大テーブルを囲む4人の男性の中で、見覚えがあるのは相も変わらず矍鑠かくしゃくとした佇まいを崩さないギルドマスター1人だけであり、後の3人には見覚えがない。

 

 だが、きっと上座的な場所に座った40歳前後くらいのイケオジっぽい、渋い魅力を醸し出している、ビシッとした服装の男性が、ウォーカー男爵なのだろう。

 

 そう当たりを付けてスキル【鑑定】を使ってみると―――【トマス・ウォーカーLv28 先の大呪災で功績を上げて男爵に任じられた騎士】――と、出てきたので間違いないだろう。

 

 思ったよりもレベルが高いというべきか、低いというべきか。


 ……この世界の事をフランクさんとカミラさんに色々と聞いた時に、この世界の統治体制について聞いたが、ここ〝西の大国セフィラ〟は、君主制国家だ。

 

 そんなセフィラ国における「男爵」とは、先の『大呪災』で功績を立てた騎士に与えられる勲章であり、責務だ。


 〝大呪災〟や〝呪災〟という脅威が身近な世界だからこそ、純粋な実力主義によって選ばれた指導者であり―――与えられた領土を守る戦士長として、領民を守り、人心を束ねる存在だ。


 いざという時に自分たちを守ってくれると信じられる、身近な強い庇護者の存在が、この過酷な世界で人心を束ねるためには何より求められているのだろう。

 

 そんな大呪災で、目覚ましい活躍をしたという男爵のレベルが20台後半というのは高いのか、低いのか。自分たちの指導役を買って出てくれたフランクさんとカミラさんと大してレベルの違いがない。

 

 それだけ冒険者の質が高いのか。


 思っていた以上にフランクさんたちが上位の実力者だったのか。


 もしくは男爵の実力が低いのか。


 ―――比較対象が少なすぎて判断できなかった。

 

 「やぁ、よく来てくれた。私はトマス・ウォーカー。このウォーカー村の統治を任されている者だ。恐れ多くも男爵位を授かっている者でもある」

 

 そんなことを確認しながら食堂中央のテーブル前まで歩を進めていると、何処か包容力のようなものを感じさせる笑みを浮かべたウォーカー男爵が、立ち上がって声を掛けてきた。

 

 「どうも、初めましてウォーカー男爵、シャロです。こっちは私の仲間のアオとモトです」

 

 「よろしくお願いします」

 

 シャロが代表して答えて、自分たちのことを紹介してくれるのに、モトも頭を軽く下げることで挨拶する。


 「ああ、よろしくシャロ君、アオ君、モト君。……うん、君たちの姿を見れば一目瞭然だ。確かに、この辺りの人間でないようだ」

 

 「ですな、特にアオ殿のような美しい髪色をした女性など見たことがない」

 

 男爵の言葉に同意するように頭頂部が禿げている50代くらいの少し気難しそうな男性が、生真面目な顔で同意する。

 

 「そうですね、ということは、やはり……」

 

 それに自分たちより少し年上くらいの実直そうな男性が顔を険しくする。

 

 「まぁ、そう急くなハワード。事を急ぎ過ぎるのが、お前の悪癖だ。……ああ、紹介が遅れたな、私の息子のハワードだ。私の従者として働いてくれている」

 

 「ハワードです」

 

 【ハワードLv13 ウォーカー男爵の長男で従者】

 

 男爵に窘められながら息子だと紹介されたハワードは、第一印象通りの実直な様子で反省をしながら頭を深々と下げて来る。

 

 「うむ、親の贔屓目もあるが、なかなか気骨のある息子でな。これで、後は早く嫁を貰ってくれさえすれば私も一安心なのだが―――誰に似たのか息子も、娘も、なかなか一つ所に落ち着いてくれなくてな。――どうだね、シャロ殿やアオ殿のような美しい女性が嫁に来てくれれば、こいつの無鉄砲も落ち着くと思うのだが? 考えてみてくれないか」

 

 「親父殿?」

 

 「はっはっはっは、挨拶のようなものだ。そう目くじらを立てるな」

 

 そんな、何処の世界でも親子の会話というのは、変わらないのだなと感じさせるような、やり取りをする二人に、アオやシャロは苦笑を浮かべる。

 

 「そして、そちらはカークス殿。生まれも育ちもウォーカー村というお人でな、この村に赴任してきた余所者である私と、この村の人との関係を取り持ってくれているお方だ。荒事ならばともかく、人間関係や村の畑の問題などは皆、彼を頼っているよ」

 

 「カークスです。私などせいぜい生き延びるのが得意なだけの小心者ですよ」

 

 【カークスLv18 ウォーカー村の住人の顔役】

 

 「なに、誰もが勇敢に戦うだけでは、世界は回らない。何より、この世界では生きること、そのものが戦いなのだ。カークス殿のお知恵、人柄は得難いものですよ」

 

 「ありがとうございます」

 

 そう頭頂部の禿げた少し気難しそうな男性は、少し恥ずかしがるような素朴な笑みを浮かべてお礼を述べた。

 

 「ギルドマスター殿は、ご存知だな。鋼鉄と仇名される御方が、我が領土のギルドマスターとして在任してくださっていることは、何よりの僥倖だ」

 

 「……もったいない、お言葉です」

 

 【イーサン??? ??????????????】

 

 続いて紹介されたギルドマスターは、相変わらず笑みの一つも浮かべずに矍鑠かくしゃくとした佇まいを崩さずに感謝するように頭を下げる。

 

 「うむ、それで、そこの執事服の男が、私の上役であるヴィルヴァン伯爵領から派遣された代官として、私の拙い領地経営を支えてくれているバトーだ」

 

 「よろしくお願いいたします」

 

 【バトーLv15 ウォーカー家を補佐する代官】。

 

 恭しく頭を下げるバトーさんを初めとした4人の自己紹介を聞きながら【鑑定】をしていたが、その結果。余計にこの世界の人間のレベル帯が謎になる。


 一般兵と一般人のレベル差が見えてこないのだ。

 

 おそらくレベル10前後くらいが、一般の騎士の平均レベルなのだろうとは思う。

 

 『深き森』に出てきたモンスターのレベルの大半が3~5Lvくらいだった事を思うに、それに対応する騎士に求められるレベル帯も、そのくらいだろうと予想できるからだ。


 だが、そうなると………。


 バトーさんのレベルが高いのは、唯の執事ではなく、代官という特別な役職を持っているからだと理解できるとしても、カークスさんのレベルが異常に高いことになってしまう。この世界では一般人でも兵役を課されるらしいから、そこで地道にレベルを上げたのだとしたら、年齢を重ねている分だけ大呪災を経験した回数が多いからレベルが高いのだと考えるのが、妥当だろうか?

 

 それより、謎なのはギルドマスターが【鑑定】できなかったことだ。


 レベル差があると【鑑定】できないみたいな設定はありがちだが、そういうことだろうか? だとするならば、一体どれだけの実力を持っているのか。二つ名持ちは伊達ではないということなのかもしれない。

 

 「「よろしくお願いします」」

 

 そんなことをボンヤリと考えている内に、アオとシャロが改めて頭を下げるタイミングから遅れてしまった。慌てて後を追うように頭を下げておく。

 

 「うむ、まぁ、そういう訳で、ここにはウォーカー村の主だった顔役が集まっている。そう言う訳で、下手な虚偽など交えずに正直に答えてもらいたい。……君達は、本当にマレビトなのだね?」

 

 ……なるほど、わざわざと長々と自己紹介をしたのには、そういうプレッシャーを掛けることも目的だった訳だ。……男爵が、そういうことをする人なのだと分かって、ようやく男爵の人物像と急な来訪の狙いが見えてきた。

 

 「……どうなんでしょうね。少なくとも、この世界で聞く事、見るもの全てが物珍しく、初耳の事のように感じているのは確かです。――ですから、少なくとも此処とは全く違う場所から此処に来たってのは間違いないと思うんですが……それがマレビトって呼ばれる証拠になるのか、私には判断が付きません」

 

 そんな小癪なプレッシャーなど何も感じていないようにシャロは、あっけらかんと苦笑しながら、小細工なく答える。

 

 「……ふふっ、道理だな、正直な答えをありがとう。ならば状況証拠から憶測を固めていこう。村の近くで小呪災が発生していたのだね?」

 

 「ええ、そもそも呪災なんてもの自体、こっちに来て初めて聞いたんで、私自身じゃ判断はつきかねるんですが……フランクさんとカミラさんが、指導してくれたところによると、小呪災ってもんだったそうですよ」

 

 「間違いないかね」

 

 「はい、あれは間違いなく小呪災でした。深き森の浅瀬ですから、村から10㌔も離れていないと思いますよ」

 

 シャロの客観的な物言いの真偽を確かめるように男爵が訪ねると、フランクさんは擁護するように力強く応えてくれた。

 

 「ふむ、その小呪災を祓った結果、収納拡張の加護が付いたバッグが出たというが、確かかね」

 

 「はい、アオ」

 

 「うん」

 

 アオが腰に付けていたウエストポーチを外して掲げると、歩み寄ってきた執事服を着たゴトーさんに手渡し。ゴトーさんの手から主人である男爵にポーチが手渡される。

 

 「……うむ、確かに加護の付いたバッグだ。ギルドマスター殿、これは、ギルドの倉庫にあった備品ではないんだな」

 

 「はい、間違いありません。そもそも収納拡張の加護付きのバッグなどという上物が、ギルドの倉庫に残っている筈がありません」

 

 「……まったくですな、我が領内にも数えるほどしかない逸品ですからな。……で、あるならば間違いはあるまい。これほどのアイテムが代価として生まれるほどの呪いの溜まりが、村の直ぐそこに生まれていたのだと」

 

 ギルドマスターの全く迷いのない返答を聞いて、男爵は諦めたように、もしくは覚悟を決めたように大きな溜め息を吐き出した。

 

 「私は、これをマレビトの出現による呪災の前兆の一つだと判断した。異論のある者はいるか」

 

 「「「「「「「………」」」」」」」

 

 男爵が確認するように部屋の中にいる人間の顔を見回すが、誰もが重苦しい沈黙を持って答えた。

 

 「ならば決定だ。彼女らをマレビトと認め、呪災に備える。バトー手筈通りに備えを進めてくれ」

 

 「ハッ」

 

 「ハワード、今夜から備える。待機している団員たちに予定通り、夜警の数を倍にして3交代制にすると伝えろ」

 

 「承知しました」

 

 男爵の声に従って、バトーさんとハワードさんは慌ただしく部屋を飛び出していく。

 

 「そういうことになりましたので、カークス殿」

 

 「はい、承知しております。村民にも警戒を強め、力の有り余っている若い衆には騎士団の手伝いをさせるように致しましょう」

 

 「ご協力感謝します」

 

 「はい、では今夜中には村人に伝えたいので、私もこれで失礼いたします」

 

 そう言ってカークスさんは、自分たちに会釈するように頭を下げると慌ただしく、部屋を後にしていった。

 

 その台風や地震といった災害の緊急対応に動くのと同じか、それ以上の緊迫感を持って動く村の顔役だという人たちの対応を見て、知識としてだけ聞かされていた「呪災」の本当の恐ろしさを身近に感じられたような気がした。

 

 「ギルドマスター殿も、冒険者の数が足りていない事は承知しているが、よろしいか?」

 

 「もちろんです。幸いにも今回のマレビト殿たちは、実力もあり、我らの事情を承知で力を貸してくれております。深層はベテランの二人が、浅瀬はマレビト殿たちが間引きをしてくれるでしょう」

 

 「そうか、危険の兆候を自らの手で掴み取ってくれてきた事と言い、やはりマレビトは、この世界への恩恵の一つであるか」

 

 ギルドマスターの返事を聞いて、男爵は感じ入ったように目を瞑る。何やら勝手に話が進んでいるが、話の流れから言わんとしていることは理解できる。


 村の防衛は騎士団が担い、冒険者が外に出て魔物を間引く、従来の互いの役割分担通りに事を進めたいという話なのだろう。

 

 何やら大仰に感じる男爵の様子を見るに、フランクさんやカミラさんが、今日の内から森に踏み入って実戦を経験させたのは、マレビトである自分たちの心証を少しでも良くするためという計算があったのかもしれない。


 「……マレビト殿、改めてお願いする。縁も所縁もない、この地のために命まで捧げてくれとは言わぬ。繁栄期の今、冒険者の数が足りないのだ。遅くとも5日後には、伯爵領から応援が到着する。それまでの間、我らに力を貸してくれ」

 

 そんな嘆願を受けてシャロが、確認するようにアオと自分の顔を伺ってくる。

 

 良い様に使われている事は薄々理解できているが、村のために働いてくれという真摯な願いに嘘はないように感じて黙って頷くことで答えると、アオはニッと笑い。

 

 「任せてください、私達はもう冒険者見習いですから」

 

 自分たちのボスとして、堂々と答えるのだった。

 

 「感謝する」

 

 そう深々と頭を下げる男爵さんから、代価として〝信頼できる〟マレビトであるという証明書を頂戴することになるのだった。

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