チュートリアル4
小呪災の浄化を終えたところで、フランクさんの「今日の訓練はこれくらいにしとくか」という判断に従い、ウォーカー村への帰路に付いていた道中。
「まぁ、記憶を取り戻す手伝いをしてくれるって、約束してくれたのをキッカケに、ずっと一緒に冒険者として世界を旅してきたから……まぁ、自然とね」
「へぇー」
「やっぱり、そういう関係だったんだ」
深き森を抜けて、ウォーカー村が遠くに見えてくる頃になると、今までの先生と教え子という関係で、冒険者に必要な知識や、この世界の成り立ちなどについて聞くことが中心だった話題は、次第に私的なものに移り変わっていった結果。今、女性陣はカミラさんとフランクさんの関係を話の種に盛り上がっていた。
「あははは、まぁー、美人な姉ちゃんのために頑張るのも、口説くのも、男の仕事の内だかんな」
「ひゅー」
「ひゃー」
そんな女性陣の少し後ろを、モトと並んで歩いていたフランクさんは、ニヒルな笑みを浮かべて煙に巻くように答える。その男前な返答にシャロとアオは、楽しそうに歓声の声を上げる。
でも、後ろで話を聞いただけでもカミラさんとフランクさんの関係は、少し憧れてしまうような関係であるようだった。
なんだったら二人のこれまでの関係性だけで、物語が一本書けそうなくらいなスペクタルロマンであったらしい。
記憶喪失のエルフの女性と、故郷と家族を失い冒険者となった男が出会い。
互いに最初は人を寄せ付けない者同士だったらしい二人が、世界を旅しながら、少しずつ互いの距離を詰めながら、互いを支え合っていき、結ばれた。
……きっと自分の居場所を失った者同士が、ようやく見つけた新しい居場所なのだろう。
恥ずかしそうに語るカミラさんの言葉の端々に滲む、喜びと苦悩がそれを思わせた。
「まぁ、昔の記憶を取り戻すことも、元の世界に帰るための方法を探すことも、全く未練がなくなった訳じゃないんだけどね。……これ以上は私達の手に負えなさそうだって分かって、諦めがついたっていうか。もう、いいかなって自然と思えたの。
私が諦めるまで、この人は告白してくれそうになかったってのも理由の一つだけどね」
「「「へぇー」」」
「おい、ニマニマした顔でコッチを見るな、仕方ねぇーだろう。何でも区切りってのは必要なんだよ」
でも、まぁ、そうなのだろう、何かを本気で求めている人の傍らにいるには、その手伝いをするしかない。……どうやらフランクさんは、見た目によらず健気な男であったらしい。正直、俺の中でフランクさんへの好感度が爆上がりしている。
晴れて結ばれたことで、さっぱりと冒険者ってそれまでの生き方を捨てて、新しい地に足の着いた生き方に戻ろうとしている所も、私的には好感度ポイントが高い。
「いやー、愛されてますなぁー」
「ほんと、お熱いですなぁー」
それはアオとシャロも同じようで、その恥ずかしがる年上の関係を祝福するように囃し立てる。
「まぁーね」
それを真正面から受け止めて嬉しそうに笑うカミラさんに、恥ずかしがっていたフランクさんも毒気を抜かれたように朗らかに笑う。
それは隣で見ていて、とても幸せそうな絵になる光景だった。
「おぉぉー、これが勝ち組みか」
「あははは、ごちそうさん……でもカミラさん、それだけ必死に元の世界の手掛かりを探してきたのに退いたのは、どういう理由で? これ以上は手に負えなさそうだって言ってましたけど、そんな危険なんですか? それとも何か違う理由で?」
そんな二人の様子を見て、これ以上弄るのは品がないという所で、シャロが自然と話題を変えるように尋ねると。
「……そうね、貴方達は知って置いた方が良いわね」
カミラさんも、その話題転換に乗っかるように話してくれた。
「私達なりに色々、世界中を探してみて、分かったことがあるの。記憶の方はともかく、もし仮に元の世界に帰れる方法があるとしたら、その可能性がある場所は一つしかない……中央の失われた大国『エイデン』にしかね」
「中央の失われた大国ですか?」
カミラさんが、それまでの照れ交じりの顔ではない、真剣な表情で語る新しい世界の設定に、アオが目を輝かせながら問い返す。
「ええ、この世界には4つの大国があるといったけど、それはあくまで人が統治する国の話で……実際には、もう一つ人智の及ばぬ領域があるの。それが大陸・中央にある、遥か昔は国だったと言われる場所よ」
「どんな場所なんですか?」
「そうね、言ってしまえば『呪災』の呪いの元凶が生まれたとされる場所よ」
カミラさんは、そう重々しく語って、話を続ける。
「『呪災』の説明をした時、アオが聞いたでしょ? どうして『呪災』って呼ぶのか? 何か呪われる心当たりがあるからなんじゃないかって? それ実は良い読みだったのよ。事実、この世界は〝誰かに呪われている〟とされているわ」
「まっ、聖教の教えの神話的な話で、実際に正しいのか、正確な所は分かってないんだが……でも、まぁ、この世界の大多数の人間は、そういうもんだと信じているってことは知っておいた方がいいだろう」
そう但しおいて、二人は中央の大陸を語る上で外せない、この世界で最も知られる神話の話を話してくれた。
―――聖教の聖典曰く。
およそ今から2000年前、〝聖竜〟と呼ばれる存在が、竜の一族を率いて、世界を統治していた。
聖竜は、世界を慈悲深く統治し、世界の守護者として君臨しており、世界中の人々が進んでその庇護下に入ることを望むような偉大な賢王であったという。
けれど、ある時、その聖龍が謀殺された。
その黒幕は、竜に仕え、守護されていた筈の『空の一族』と呼ばれる翼を持つ人間であり、我欲の強い裏切者となる竜を言葉巧にそそのかして実行したのだという。
そして、その後に訪れたのは、裏切者の竜と空の一族の天下などではなく、地獄のような戦争の時代だった。
慈悲深い聖竜という統治者を失い、野に放たれた竜は、己の力に見合うだけの何かを求めて、暴虐を尽くし、世界を奪い合った。
この『竜大戦』と呼ばれる戦いによって、世界は散々に破壊し尽くされ———その暴虐から人々は逃げ惑うしかなかったという。
そして、その大戦は結局、人類には誰が最終的な勝者なのかも分からないままに終わりを迎えた。
聖龍の後を継ごうとした竜が勝ったのか。
我欲のままに振る舞うことを求めた竜が勝ったのか。
それとも別の勢力が勝ったのかも分からない。
分かることは唯一つ、竜という超越種が、この世界に見切りを付けて、この世界から姿を消したという事実だけ。
こうして、竜と言う超越者が消え去り、人の時代が始まった。
しかし、それは世界の調停者・守護者を失った、永劫の戦いが続く呪われた時代の幕開けでもあった。
『呪災』という侵略者との戦いの歴史は、そこから始まったと言われている
「その聖龍が統治していたと言われる超大国があった場所こそが、中央の失われた大国『エイデン』だったとされているわ。―――今は、亡者のようなモンスターが溢れんばかりに蔓延る、黄泉の国となっているけどね」
「ああ、そこは、この世界の人間にとって禁則地みたいなもんでな。別に、そこに向かうことを禁じている訳じゃないが、その奥地に向かって帰ってきたものはいない。
そして、このエイデンの嫌らしいところは、呪災の補完的な役割をしてくるところだ。考えてみろ、この千年のサイクルの中で、人類側が優勢になったことがないと思うか?
―――んな訳ない、あるんだよ―――歴史に名を残すような大英雄の力によって大呪災の被害を最小限に抑えて人類側が勝利を繰り返したことが……けれど、人類側が余力を持つと、それを禁ずるようにエイデンから亡者の大軍勢が侵攻して来て、帳尻を合わせていきやがる」
「『まるで4国が下手な余力を持つことを禁じているかのようだ』と、この世界の偉い人達は感じているみたいね。―――復興と破壊の終わらない鼬ごっこを繰り返させる『人の時代』を1000年以上も強いてくる世界の仕組みを指して、この世界の人たちは『呪い』と呼んでいるそうよ」
カミラさんとフランクさんの説明を聞き終えて、想像していた以上にハードな世界観であることを再認識してしまう。
「……なるほど、そう聞くと確かに、そりゃ『呪い』だわ」
「うん、でも、その話を聞く限り、この世界の秘密を解く鍵も、そこにあるんだろうね」
そんな重苦しい話を聞いてシャロとアオは納得したように頷く。
「そうね、本気で真実に辿り着きたいなら、いずれ中央を目指すにしかないわ。でも、その前に、しっかりと実力を付けて、協力者を得てからにしなさい。……少なくとも今の貴方達では無理よ、それなりのベテランである私達ですら、手を出せないって諦めてしまうくらいには、危険な場所なんだから」
「はい」
「ああ」
カミラさんの忠告の言葉にアオとシャロは、生真面目に頷くことで答えるのだった。
――そんな話をしている内に、先ほどまで遠くに見えていたウォーカー村に帰り付いた。
BGMがフィールド音楽から、村の中のBGMに変わり、日が沈み夕焼けで赤くなった牧歌的な農村風景が広がる。
畑仕事を終えた人々が戻ってきたのか、村の中からは昼間以上に人々の喧騒の音が、風の音に乗って漏れ聞こえてきた。
そして、そこまで辿りつけば、村はずれにある冒険者ギルドは直ぐそこだった。
「それじゃあ、今日はお疲れさん。想像以上に優秀な教え子で驚いたぜ」
「ええ、本当にお疲れ様、今日はお風呂を用意してもらっているから、ゆっくり浸かってちょうだい」
「ありがとうございます」
「いやったー、お風呂だー」
「いぇーい」
前線拠点となるというシッカリとした造りの建物である冒険者ギルド前で、二人に一日の終わりが告げられてモトは生真面目にお礼を言い、アオとシャロは歓声を上げる。
「それじゃあ私達は、ギルドマスターに小呪災のことで報告があるから、3人で入ってきなさい。湯浴み着や石鹸を渡すから付いてきて」
「「はい」」
カミラさんの後に二人がルンルンで付いて行く後を追おうとしたところで、ガバリとフランクさんに肩を組まれた。
「よー、モト、両手に花だが、どっちかと良い感じなのか?」
先ほどまで自分が話の種にされていたお返しをするようにフランクさんが、ニヤニヤと笑いながら、声を潜めて尋ねてくる。
「いや、どっちも、そんな関係じゃないですよ。普通に友達っていうか、親友です」
「ほうほう、それじゃあ、どっちが本命なんだ?」
モトが苦笑しながら話を逸らすように答えたが、フランクさんは悪戯な笑みで追及してくる。
そう聞かれると色々と恥ずかしいし、難しい。
アオとはずっと昔から家庭の事情もあって、お互いの家に居候し合うくらい、同じ時間を過ごしてきた。……あまり家族関係の事で、被害者面のようなものはしたくないが、そういう意味において同じような境遇の中で生きてきた同朋だ。
ほかの誰にも打ち明けられない秘密を自然と共有しながら生きてきた。その関係は、自分たちの結びつきを強めると共に、普通の関係というものとはほど遠い、何処か共依存的な歪な関係を作り出してもいる。
そんな、歪な関係性の上に成り立っている関係であるだけに……アオに抱く感情が世間一般でいう恋愛感情なのかは自分でも分からなかった。ただ、言えるのは何より大切な仲間で、誰よりも幸せになって貰いたい兄妹(姉弟)のような存在であるということだ。
そして、シャロの方は、人間的には本当に大好きな、惚れこんでいる相手と言っていいのだけれど、性別不詳の相手なので恋愛感情的な意味での感情は持っていない。
綺麗な女性のアバターを使って配信活動をしている人の動画も見たりするが、素顔も知らない相手に恋しないのと一緒だと言えば分かって貰えるだろうか。いや、そういうアバターを使った女性配信者に対してガチ恋勢なる人が存在していることは承知しているのだが、少なくとも自分はそういう恋愛感情のようなものを抱いたことはない。好きになるのは、その人の人柄であって、恋愛感情的なものではない。シャロに対して抱いているのは、そういう感覚に近かった。
だから、どっちがと聞かれれば……
「あー、まぁ、どっちかって言うと、アオなんですかね?」
「ふーん、そうか」
そうモトが少し恥ずかしそうに答えると、フランクさんは何か自分たちの少し複雑な関係を察したように、それ以上は踏み込まずにそう感想を述べるのに留めた。
「まぁ、でも安心した、お前にはちゃんと大事な人がいるんだな。大事にしろよ。……大事なものは何時だって失ってから気付くっていうが、本当に大事なものは、自分が今、大事だって思っている以上に、大事なものかもしれないってことだからな」
「……はい」
「よし、そんじゃあ風呂いってこい、少しくらいイチャイチャしてても許すから」
「……えっ、混浴なんですか?」
「当たり前だろう?」
何を当たり前の事をという感じのフランクさんの言葉に、「そうなんですか」と答える。
いや、確かに性別を変えてプレイできる以上、男湯とか女湯とか、関係ないのだろうけど……。
お風呂場で水着のようなものを身に着ける設定付けのためとか、いろいろ理由があるのだろうけど……。
とりあえず、グッジョブと心の中で賞賛の言葉を捧げておくのは、男としての義務だと思うのだった。




