ドラクロの世界へ5
長身のガッチリとした体格の男性と、鋭い雰囲気を感じさせる細身の女性に「一緒にお茶でも」と誘われて、案内されたのは冒険者ギルドの一階に併設された大衆酒場のような風情の食堂だった。
ちょっとした居酒屋くらいの広さの食堂には、自分たち以外に人はいない。
最初に出会った気の良いオジサンとオバサン以外には店員も給仕もいないらしく、「直ぐにお茶と摘まめるものを用意しますね」と二人が厨房側に戻ってしまうと、本当に自分たち以外に人はいなくなってしまった。
……冒険者ギルドの食堂や酒場と言えば、荒くれ者っぽい人間が酒を片手に管を巻いている、良くも悪くも活気に溢れているイメージがあったのだけれど、それとは真逆のいっそ牧歌的なまでの寂れ具合だった。
そんな食堂の窓際の端のテーブル越しに二人と向かい合うようにモトたちは座る。
「そんじゃあ、改めて自己紹介から始めようか、俺の名前はフランクだ」
「私の名前はカミラよ」
長身のガッチリとした厳つい体格であるのに関わらず、何処か愛嬌のようなものを感じさせる優男がフランクさんで、もう一人の金髪のロングヘアー印書的な鋭い雰囲気の細身の女性はカミラさんというらしい。
「私はアオです」
「シャロだ」
「モトです」
何を、どこまで話していいのか分かっていないこともあり、必要最低限の名乗りをせめて不愛想な印象にならないように返す。
「アオに、シャロに、モトだな。よろしく」
「「「よろしく(お願いします)」」」
「ええ、よろしくね」
そんな必要最低限の自己紹介を終えたところで、さっそく話の口火を切るようにカミラさんが話し始めた。
「先ほどは、ごめんなさいね。ギルドマスターは職務に忠実な人だから」
「ああ、なんせ、鋼鉄のイーサンと言えば、自分の息子の命よりも魔王討伐を優先した。鉄の規律で動く厳格さで有名だった男だからな」
「けど、根は冷たい人じゃないのよ、指揮官として私情を挟まないだけで、現役の時は部下にも慕われる度量のある人だったそうだし……。フランクが言っていた魔王討伐の時も、息子さんの救援ではなく、討伐部隊の方に援軍を送る決断をした時も、涙ながらの苦渋の決断だったそうよ」
「そうなんですか……」
どうやらギルドマスターは、歴戦と言っていい古強者であったらしい。あの鋭さすら感じさせる身に纏った風格を思えば、それも納得できる。むしろ、それより魔王などという単語が普通に出てきたことの方が驚いたくらいだ。
――けれど、それ以上に問題なのは、そんな職務に忠実な男が有無を言わさず問い詰めざるを得ない、何かに自分たちが関与していると疑われている事実だろう
「あはは、そういうことなら、気にしてないですよ」
「だなぁ、むしろ何か、こっちが迷惑を掛けてるみたいだし」
同じ事に気付いたのだろう、アオが苦笑しながら答え、シャロが少し牽制して探るように言葉を返す。
「いえ、貴方達は悪くないわ。これは、この世界の事情なのだもの」
「まっ、そうだな、これでお前さんたちが悪いってことにしたら、俺の相棒まで悪者になっちまうからな」
そんな自分たちにカイナさんとフランクさんは、まるで同じ境遇であるかのような口ぶりで、同情などではなく本気で擁護してくれていることが感じられた。
「……カイナさんも、ですか?」
「ええ、私もね、〝マレビト〟なの」
カイナさんは、そう言って金髪のロングヘアーの耳元をかき上げて、普通の人よりも長く伸びたエルフ耳を見せながら、秘密を打ち上げるようにそう言った
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聞いたこともない茶葉の紅茶によく合う、素朴な甘みのスコーンを御馳走になりながら、聞いた話によると。
〝マレビト〟とは、外の世界から来た異邦人のことを指し示す言葉であるらしい。
マレビトは、自分たちと同じような人間であることもあるが、エルフやドワーフ、獣人のような普通の人間にはない外見的特徴を持って現れることも多く。
また、その特徴として、この世界に来る前の元の世界の記憶の大半を失っていること、と。
この世界に来る前に〝何か〟によって元いた場所が破壊されていく光景が、最後の記憶として残っていることが、共通しているようだった。
もともと、ここから数キロほど離れた「深き森」と呼ばれる魔獣なども出る危険地域に、自分たちが見慣れぬ装いで倒れていた時点で、マレビトなのではないかと推測していたらしく。先ほど自分が、口八丁で記憶が曖昧だと答えたのを聞いて〝マレビト〟だと確信を持ったという。
実際に、それらの条件に自分たちが当て嵌まるかを考えると、現実世界の記憶は残っているが―――ここに来る前の世界の記憶は、大穴からモンスターが出てきた時からの記憶しか残っていないし。
何より、別世界からの来訪者であるという大前提が正しいのだから、自分たちは〝マレビト〟と呼ばれる存在であることは間違いないのだろう。
―――そして、ギルドマスターが、あれほど強引に問い詰めるようにしてでも確認したかった事とは、自分たちが本当に〝マレビト〟なのか?
その事実関係を、一刻も早く確認したかったかららしい。
というのも、ドラクロの世界では古来より〝マレビト〟の出現は、呪災と呼ばれる凶事の前触れとされているからだ。
呪災とは、言ってしまえば、このドラクロの世界に来る直前に体験した現象のようなことだ。突如、どこかにモンスターを延々と生み出し続けるスポット(大穴だったり、亀裂だったり、城のような建造物が生まれたり)が発生して、世界に混乱と破壊を撒き散らす。
流石に、ドラゴンという魔王級のモンスターが出てくるような呪災は、大呪災と呼ばれる一つ上の括りに分類されるらしいが―――おそろしい事に、このドラクロの世界では、そんな大呪災や呪災と呼ばれる凶事が、人々の営みのサイクルの一つになるほど身近らしい。
サイクルというのは、文字通りの意味だ。
この世界では、大呪災という災害がいっそ何かのシステムのように一定のルールの下で周期的に発生しているのだ。
その主だったルールとは以下の通り。
一つ、このドラクロの世界には、東西南北にそれぞれ大国が存在するが、何処かの大国で必ず大呪災が発生しており、それが解決されれば次の国で遠からず大呪災が発生する。
一つ、そのサイクルは、北、西、南、東と反時計回りの順番である。
一つ、周期で発生する大呪災には、必ず魔王と呼ばれる他のモンスターを意のままに従える、強力なモンスターが存在する。
一つ、魔王が倒された時点で大呪災は終了し、解消されていく。
―――といった具合だ。
一度発生した大呪災は、一つの大国の全軍を動かすような激戦となり、ほかの大国に援軍を出すことが叶わないほどの被害を受けるのが通例だ。
そんな破壊されては復興し、また破壊されては復興するという約5年周期のサイクルを、この世界の人は千年以上に渡って繰り返し続けているらしい。
「―――『竜の時代が終わり、永劫の戦いが続く、呪われた人の時代が始まった』とは、聖教のお偉いさんの有難いお言葉だが、話の事実関係はともかく、この世界の実情を的確に言い表している言葉ではあるな」
そう話してくれたフランクの皮肉と諦観を混ぜ合わせたような、笑うしかないという表情が、やけに印象深かった。
そうした延々と戦い続けるサイクルの中で、ここ西の大国セフィラ国は現在、繁栄期。
一月ほど前に北の大国で大呪災が発生したばかりで、サイクルの中で一番最も復興が進み、次の大呪災に備える準備期間でもある。
本来ならば呪災が最も発生しにくい筈の時期に、呪災の前触れであるマレビトが現れたとすれば、直ぐにでも応援を呼んで警戒や対応を強めなければならない。
だから、ギルドマスターもピリピリしていたのだと二人は説明してくれた。
「なるほどなぁー」
一番熱心に話を聞いていたアオが納得したように頷く。
「まっ、駆け足で説明しちまったから、質問はいろいろあるだろう?」
そんなアオを何処か微笑ましそうに見ながらフランクさんが尋ねてくる。
「はい、聞きたいんですけど、大呪災っていうのがサイクルになっていることを、この世界の人たちはどう思ってるんですか? さっき呪われた人の時代が始まったって言ってましたけど、それって、つまり呪災の現象だけを指して呪いって言ってる訳じゃなくて、何か呪われる心当たりみたいなのがあるってことでしょ? それってやっぱり竜の時代が、どうこうって言ってた事と関係あるんじゃ?」
「あー、どうどう、少し落ち着けってアオ。そういう世界背景みたいなのを聞く前に、まず身近なとこで確認しとかなきゃいけない問題があるだろ」
勢い込んで質問を重ねようとするアオの隣に座ったシャロが苦笑しながら、肩を押さえて落ち着ける。
「あ、あはは、そっか、そだね、そっちから聞くべきだよね……こほん、それじゃあ、改めてお聞きしたいんですけど、この世界で私達、マレビトの扱いってどうなってるんですか? やっぱり呪災の前触れとかって言われているってなると、あんまり良い扱いではないんですか?」
「うーん、そいつなんだが、こう一言で言えるようなもんでもないんだよなぁ」
「……ここは、私から説明するべきでしょうね」
アオの質問にフランクさんが困ったような表情を浮かべるのに変わって、カイナさんが口を開く。
「そうね、当事者の一人として言わせて貰うと、貴方達が心配するほど悪い扱いはされていないわ。―――この世界でマレビトは、呪災がもたらす数少ない恩恵の一つとして認知されているからね」
「呪災の恩恵?」
「ええ、そういえば、これは説明してなかったわね。どういう理屈か、正確なところは分かってはいないんだけど、『呪災』の呪いは祓われると裏返る性質があるのよ」
「裏返る?」
まったく予想していなかった言葉にアオが不思議そうにしながらも、目を輝かせて問い返す。
「そう、何故か、大呪災や呪災を祓った後の数年間は必ず大豊作が続くの。荒れた大地に種を撒いても嘘のように作物が育つのよ。そうじゃなきゃ人類なんて当の昔に衰退して滅んでいたでしょうね」
「へぇー」
「そして、それは大地だけじゃないわ。モンスターを倒した人間も、呪いを祓った恩賞として、急激に特別な力を身に着けることができるの。英雄と呼ばれるような多くの魔物を倒した戦士の中には到底、人間では勝てないようなモンスターを独力で倒す力を身に着けた人もいるしね。ほかにも、多くの魔物を倒した武器が、特別な力を宿したりする事例もあるわ。
……詳しい理屈とかは王都の研究者が今も研究しているらしいから、あくまで経験則的な通説なんだけど……私自身も体感的に、呪いは祓うと裏返って、私達に恩恵を与えてくれると確かに実感してるわ」
「ほぉー」
なるほどレベルアップのための、経験値要素をそういう風に落とし込んできたのか。
「そして、マレビトの出現も、それと同じ恩恵の一つだと、この世界の人たちは基本的には受け止めてくれているの。……この戦って、復興して、また戦って、っていうサイクルに囚われて、何かを新しく生み出す余裕なんてない、この世界の人たちにとって。私達マレビトが僅かに残った記憶の中からもたらす新たな知識は、この世界のサイクルに変化を与えてくれるものとし好意的に受け止めてくれているわ」
「だな、実際、この人の時代の繁栄を支えた知識の内の半分は、マレビトがもたらしたものだって言われてるしな」
なるほど、内政チート的なものですね。分かります。
けど、きっと、その齎された知識が良い方面だけだったってこともなかったのだろうな。
「はぁー、なるほど…でも、私達、そんな何か特別な知識があるかなんて、分からないですよ?」
「それを言うなら、私もそうよ。マレビトの知識が、この世界に最後に大きな影響を与えたのは、もう100年近く前らしいわ」
アオが期待され過ぎても困ると予防線を張るように告げると、カイナさんも苦笑しながら擁護してくれた。
「だから、そういう意味では今のマレビトは良くも悪くも期待されてないの。一応、過去の実績があるからマレビトだって証明書みたいなのは貰えるし、それを持っていけば、どんな領主にでも直談判できて、成算のあるアイディアって認められれば研究資金とかを出してもらうこととかもできるらしいんだけど……そんなマレビトは見た事ないわね」
それは、また随分と世知辛い立ち位置だ。けれど、そういうことなら、やりようによっては内政チート的な方面からゲームストーリーを進めていくことも可能なのかもしれない。―――もし可能なら、絶対にそうした方面の縛りプレイでゲームクリアを目指す動画とかが出てくるだろうな。
「まっ、だから今のマレビトの立ち位置は、本当に微妙なの。今は呪災の前触れだっていうデメリットの方しか目立たないしね。そのせいか、マレビトは、この世界に混乱を持ち込む『悪魔の子だ』なんて声高に叫ぶ連中も少数派ながらにいたりするしね」
「……だなぁ、そういう連中に限って声が大きいもんだから、これがまた面倒なんだ」
きっと、そんな少数派だという連中に迷惑を掛けられた経験があるのだろう。二人の顔は明らかに険しく、徒労感のようなものが滲み出ていた。
「……ええ、だから、貴方達も遠からず、この地を離れた方がいいわ。ここの人たちはマレビトに偏見はないけど、呪災の被害が出た後に変な恨み辛みをぶつけられないとも限らないし。……お互いに嫌な思いをする前に離れた方がいいわ」
「だなっ、俺達は、最後の仕事として、その呪災の対応をしなきゃならんし。……とりあえず、呪災が発生するまでに、お前さんたちだけで此処を旅立てるように準備するってのが当面の目標かな」
「いいんですか?」
そこまで自分たちの面倒を見てくれる気があるという二人にアオが驚いたように、申し訳なさそうに尋ねる。
「ええ、同じマレビトとして放っておけないし……それに私達ができるのは冒険者のイロハを教えてあげることだけだから。街についてから、どういう風に生きるかは貴方達で考えなさい」
「ああ、だなぁ、お前さん達は最初から仲間がいるんだし、もっと自由に生きればいいさ。……カイナは一人でこの世界に放り出されたせいか、余裕がなくて、元の世界に戻るために、記憶を取り戻すためにって、必死に世界を駆けずり回ってたが、どうやらお前さんたちは、そんな感じでもないみたいだしな」
そんな自分たちを何処か弟や妹を見るような優しい目で見詰めながら二人は、そう言ってくれる。
「……はい、いろいろ考えてみます。この3人でなら、どんな世界でだってやっていける気がするので―――でも、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「よろしくお願いします」
アオが頭を深々と頭を下げるのに続いて、モトとシャロも深々と頭を下げる。
「ええ、ビシビシ行くからね」
「覚悟しとけよ」
そんな自分たちのお願いを受け止めて、カイナさんとフランクさんは快活に笑うのだった。




