ドラクロの世界へ4
ドラクロの世界に改めて飛び込むべく、部屋の外へと通じる木製の扉を押し開く。
部屋を出ると、等間隔で幾つもの扉が並ぶ、石畳の長い廊下があった。
「……部屋から出るのがフラグだと思ったんだけど……誰も来ないね」
部屋を出た瞬間、何らかの反応があると思っていたのだが、何のアクションもなく。
無反応であることに困惑したアオが、キョロキョロと周囲を見渡す。
どうやら自分たちは、廊下の最奥の部屋に寝かされていたようだ。
部屋を出て、正面と右手側は壁となっており、分厚く不透明な窓ガラス越しに光が差し込んでいるため、足元を確認できるくらいには明るいのだが、電灯が当たり前である現代人の感覚では少し薄暗く感じられた。
「とりあえず、行ってみないか」
「そうだな」
だからこそシャロが唯一、建物内の何処かに通じているだろう、左手側の廊下の先に行くことに提案してくるのに一も二もなく同意する。
「うん、行ってみようか」
アオが先頭に立って進んでいく、その後ろをシャロと並んで歩きながら、異世界情緒溢れる見慣れぬ様式の建物内を堪能するように見回す。
たいした知識もないので専門的なことは分からないが、長い廊下に等間隔で同じ造りの木製の扉が並んでいるのを見る限り、おそらく部屋の内装や用途も先ほどまで自分たちが寝ていた部屋と似たようなものだろうことは類推できた。
ベッドが4つ置かれた寝泊まりするためだけの部屋が、幾つも並んでいるとなると考えると、ここは宿屋的な建物だろうか?
もしくは少し捻って、お貴族様の従者的な人たちが寝泊まりする使用人スペースということも考えられるかもしれない。
また、人の気配を探ろうと耳を澄ましてみたのだが、石の壁が音を吸収してしまうのか、生活音のような人の気配を感じさせる物音は聞こえてこなかった。
その割に、先ほどからずっと聞こえてくるケルト調の音楽だけは、何処からか変わらず聞こえてくる。この音楽は、やはり誰かが演奏している音楽ではなく、ゲーム内のBGM的なものであるようだった。
そんなことを確認している間に、廊下を歩き終えてしまう。
「こんにちわー、すいませーん」
アオの呼び掛けの声が反響するように響く、そこは言ってしまえばロビー的な場所だった。
立派な門構えの玄関扉があり、無人のカウンターのようなものが存在し、幾つかの閉じられた扉が存在し、奥には2階へと続く階段が確認できた。
だが、何より目を引くのはカウンターの奥に飾られた、剣と槍が交差するような紋様が入った巨大な盾の存在だろう。実用品ではないのか、紋様に傷などが付いた様子はないが、確かな重厚感を感じさせる、それは確かに本物の大盾であるようだった。
「……ただの宿屋って訳じゃなさそうだ」
「ああ、かと言ってお貴族様のお屋敷って感じでもないな」
何とか互いが聞こえるくらいの小声で、モトとシャロは簡潔にお互いの認識を確認し合う。
廊下の長さを見た時点で薄々、感づいてはいたが、なかなかに立派な建物であるらしい。
「ぉぉー、何アレ、何かの組織のシンボルかな?」
「――すいませーん、誰かいませんかー」
立派な盾に目を奪われているアオに変わって、今度はシャロがお屋敷中に響きそうな大声で問い掛ける。
「はいはい、あら、起きたのね」
「おおっ、よかった、お腹は空いてないかね」
すると、向かいの扉が開き、そこから現れた。農村の仕事着らしい服を着た、50代前後くらいの老夫婦らしき女性と男性が、穏やかな笑顔を浮かべながら、気さくに問い掛けてくる。
なんだか随分と、気の良さそう人たちだ。
逃げ出そうと思えば、幾らでも逃げ出せる部屋に寝かされていたので、そこまで身構えていなかったのだが―――正面カウンターの奥に盾を掲げているのを見て、物騒な連中かもしれないと警戒心を強めていた所だったので少しホッとしてしまう。
「あはは、はい、ありがとうございました。部屋で休ませてもらって」
「はい、お腹は大丈夫です。それより、その色々とお話を聞きたくて、此処は何処なんですか?」
同じような感想を抱いたのだろうシャロとアオが、何処か安心したように明るく声で返事を返し、問い返す。
「此処が何処かという問いが、この建物のことを指しているのなら、ここは冒険者ギルドのホームだ。―――そして、何処というのが地名のことを尋ねているのならば、ここはセフィラ国・ヴィルヴァン領のウォーカー村だ」
その問い掛けの答えは、気の良さそうな目の前の二人からではなく、2階へ続く階段の上から聞こえてきた。
声のした方向を向くと、白髪交じりの黒髪を無造作に伸ばした初老の男性が、ゆっくりと階段を下りてくるのが目に入った。齢は50を超えたくらいだろう。ゆったりとしたローブのような簡素な服をピシッと着こなした。歴戦の強者という雰囲気がピッタリの矍鑠とした佇まいが印象的な人物だった。
「―――聞き覚えはあるかね?」
そんな初老の男性が、背後に部下か護衛だろう二人を従えて、鉄のように固く鋭い印象を受ける声で有無を言わさず問い掛けてくる。
初老の男性の背後に控える、長身のガッチリとした体格の男性も、鋭い雰囲気を感じさせる細身の女性も、どちらも明らかに戦える人間特有の空気を身に纏っており、穏やかではない空気が感じられた。
「……どうでしたかね、聞き覚えがあるような、ないような、残念ながら直ぐには思い出せませんね」
モトは荒事担当として、何処か警戒し探るような目で自分たちを見てくる初老の男性から、アオとシャロを庇うように一歩前に出ながら、はぐらかすように答える。
「ふむ、では逆に聞こう、君達は一体何処から来たのかね?」
明らかに余所者を警戒しているらしい初老の男性の詰問に、正直に別世界から来ましたなどと答えていいものか、悩んでしまう。
近代になって高度に発展したAIは、ある一定の役割下でのロールプレイならば、下手な役人より、きっちりお役所仕事をこなすような相手だ。
こちらの下手な答えは、そのまま不審人物の烙印を押されかねない。
けれど、ここで下手に応えに窮してしまえば、それこそ此方に何か負い目があると誤解されかねない。
「………どこだったかな、ちょっと記憶が曖昧な所があるんですが……記憶が間違ってなければ『日本』っていう国だったような気がします」
考えをまとめる余裕もないままモトは、苦し紛れの予防線を張りながら正直に答えるしかなかった。
「『日本』ね、聞いたことがないな」
「なら、記憶違いで、違う国だったかもしれないです」
問い詰めるように聞いてくる男性の詰問を躱すように、苦笑交じりの愛想笑いを浮かべて誤魔化す。
そんな自分の真意を見透かすようにジッと目の奥を覗き込むように見詰めてくる初老の男性に「やべぇー」と内心で冷や汗を掻きながら、どうするのが正解なのかを考える。
――が、どう無い頭を絞っても、明らかに情報が少なすぎて何が正解なのかも、何が地雷なのかも分からない。
そんな息の詰まるような睨み合いの状況を打破したのは、
「……まぁまぁギルドマスターさんよ、お気持ちはお察ししますがね。客人も起きぬけに詰問されちゃあ、答えられるものも答えられないでしょうよ――まずは、お茶でもしながら信頼関係を育むところから始めちゃあ如何ですかね?」
「ええ、記憶が曖昧だって時点で、もう半分答えは出ているようなものですし―――。それなら、まず先に説明してあげないと余計に話が抉れるだけだと思いますよ」
初老の男性の背後に付き従っていた部下か、護衛だと思っていた、体格の良い男性と細身の女性の助言の言葉だった。
「……ふむ、確かに話を急ぎすぎたか……客人殿、不躾な質問を謝罪する。そういうことならば、私は同席しない方が気兼ねなく話すことができるだろう、二人に任せる。……後で結果だけ報告するように」
「了解です、マスター殿」
「はい、お任せください」
なんだ、なんだと事の成り行きを見守っているとギルドマスターと呼ばれた初老の男性は、最後に自分たちに目礼をすると、元来た道を戻るように階段を上がっていく。
その姿が見えなくなるまで見送ると、体格の良い男性はニカリと何処か子供っぽい悪戯な笑みを浮かべると、「さーて、それじゃあ勇ましい坊ちゃんに、麗しいお嬢様方、そう言う訳で一緒にお茶でもどうだい、奢るからさ」と誘いの言葉を投げかけてくる。
「茶菓子もつくなら喜んで」
「話を聞かせてもらえるなら、是非」
相手の男性のノリに合わせるようにシャロが悪戯な笑みで答え、アオが好奇心を隠さない様子で答えるのに、「ごちそうになります」とペコリとモトも軽く頭を下げるのだった。




