9.感動の再会です!!
シュトール王国に向けてクーニッツ伯爵夫妻とバート様と共に客船に乗った。マリエルにとって初めての船旅に興奮が抑えられない。潮風を浴び海を見ればイルカの群れが泳いでいる。
「バート様! イルカがたくさんいますよ。なんて可愛いのかしら」
「マリエル。あまり前の方に行かないほうがいい。危ないから」
本物のイルカを見ることが出来てついデッキの柵に手を掛けて身を乗り出してしまった。このスピードの船から落ちたら大変なことになる。慌てて一歩下がった。
「はい。気をつけます」
バート様は優しく見守ってくれる。彼が側にいるだけで安心感がある。私たちは数日過ごしてすっかりと打ち解けた。アル様の事情は本人から聞くべきだと何も教えて下さらないが、これから会って話せるのだからそこは気にしていない。
すでに全てを知っているクーニッツ伯爵夫妻は深刻そうな顔で落ち着かない。なにか力になりたいとは思うが事情を知らないマリエルに出来ることはなかった。申し訳ないと思いながら、今はただバート様との船旅を楽しんでしまっている。
4日ほど船での生活が終わると大きな港についた。ここからはシュトール王国だ。
なんて活気のある港町なんだろう。色黒な水夫たちの豪快な笑い声や陽気な女性たちが港市場で声掛けをしている。街の人達も一様に笑顔で素敵な国だと思った。
バート様が事前にご実家に連絡をしてくれていたので迎えの馬車が来ていた。アル様はバート様のご実家ブルメスター侯爵領の屋敷で私たちを待っているそうだ。
もうすぐ会える。そう思うと興奮して頭がくらくらする。なんだか興奮してばかりで淑女失格だと苦笑いをしてしまう。密かにバート様は私の姿に呆れていないかと顔を伺えば楽しそうに私を見ている。きっと大丈夫だ……と思う。好感度が下がっていないことを祈った。ちなみに私のバート様への好感度が上がりっぱなしで困っている。やはりこれはアル様に対して浮気になってしまうのだろうか。アル様に嫌われてしまうのは辛い。恋心らしきものを再び心の棚に仕舞った。
そんな複雑な思いのまま馬車は順調に進み、ブルメスター侯爵邸に着いた。
なんて大きなお屋敷なのだろう! さすが名門侯爵家。ブルメスター家は代々医者の家系ということで領内には医学校、病院、薬局など医術に関る施設が多くあるそうだ。
ここはその元締めとなる。古い屋敷の外観は年代を感じさせるが手入れが行き届いているので趣があって素敵だ。門から玄関まで続く道の横には美しい花壇の花や立派な木々が整えられている。馬車が止まりバート様のエスコートで降りればそこには出迎えの人々がいた。
そしてその中心に一際美しい女性が佇んでいた。私は一目でアル様だと分かった。十年の月日が経っても色あせない美しさ、いや、更に磨き抜かれた絶世美に目が眩みそう。
「ア、アル様……ですよね?」
その人はコクリと頷いた。
「マリエル……ごめんなさい」
アル様はみるみる瞳に涙をためた。そして瞬きと共に涙がこぼれ落ちる。それは真珠のように見えアル様の憂い顔を一層美しく飾った。
私の目の前には天使様改め女神様が降臨された。幼い頃もアル様に胸を射貫かれたが十年経った今、もう一度射貫かれてしまった。私の知っている性別ではないようだがそんなことは些事だ。アル様がアル様でいる限り崇めることはやめられない。
マリエルの目の前の絶世の美女は、キラキラサラサラの金髪を片方の肩に束ねて垂らし、シンプルなAラインのアイスブルーのドレスを着こなしている。綺麗すぎて国の一つや二つは滅ぼせそうだ。
私は両手を胸の前で組み、アル様を見つめ絶賛した。詳しいことは分からないがアル様が美しいことだけは分かっている。
「アル様!! 素敵です!綺麗です!似合っています!もう大好きです!アル様というだけで大好きなんです!」
「マリエル……あなたは……ありがとう」
アル様は目を真ん丸にして私の興奮にやや仰け反り気味になるも微笑んでくれた。
「アル。本当にアルバートなのか?」
アル様のお父様のクルト様は呆然としたまま名前を呼んだ。クルト様は事情を知っていたはずなのにそれでも驚きを隠せないようだ。アル様は目を伏せまるで罪人のような悲壮な表情で謝罪の言葉を口にした。
「父上、申し訳ございません」
「ああ……いや。お前は悪くない……」
クルト様はなんと言っていいのか分からないようで言葉に詰まっている。
「アル? アルなの?」
アル様のお母様カサンドラ様が目を見開いてよろよろとアル様に近づく。
「母上。っ申し訳ございません」
「アル……あなたったら!」
カサンドラ様の声にアル様の顔は強張った。
「なんて綺麗なの! 亡くなった美貌のおばあ様そっくりじゃない! 絶世の美女!! 私、ずっと娘が欲しかったのよ。知っていれば……。何てことかしら。もったいないことをしたわ」
「えっ?」
ポカンとしたアル様をカサンドラ様がぎゅっと抱きしめた。さすがカサンドラ様。母強しだ。カサンドラ様は涙を流しながらアル様の背を労わるように撫でた。
「アル。何があってもあなたは私の大事な子よ。愛しているわ。今まで……あなたの苦しみに気付いてあげられないダメな母親でごめんなさい」
「違う、母上のせいじゃない。私がいけない――」
「待って!! 今、謝りあうのはやめましょう。まずはお話ししましょう! ね?」
謝り大会になりそうな雰囲気に私は大声で提案した。いつまでも屋敷の玄関前にいる訳にもいかないだろう。
「そうだな。マリエルの言う通りだ」
バート様が爽やかな笑顔で私の提案に頷いてくれた。