8.誤魔化せるはずもない(バート)
アルバートは額を押さえ嘆息した。そして居住まいを正しクルトを真っ直ぐ見る。
「クーニッツ伯爵。ご挨拶が遅れ大変失礼しました。私はシュトール王国のブルメスター侯爵家次男アルバートと申します。彼とは偶然にも名前が同じです。自国にいる時は周りの者たちは彼のことはアル、私のことはバートと呼び分けていました。出来ましたら伯爵もそのようにお願いします」
「アルバート……。そう、そうか、君もアルバートというのか。それなら出迎えの時にマリエルがアルバートと確認したのを否定しなかったのも理解できる」
「私はなぜ目の前の女性が私の名前を知っているのだろうと一瞬疑問に思いましたが、てっきりアルから手紙で知らされているのだと思いました。でもそうではなかったようですね」
思わず苦笑いをする。あのとき名乗っていればその場で誤解を正すことが出来ていたはずだった。
「伯爵はアルが医学校に通っていたのはご存じですか?」
「それはもちろん。医者になりたいとシュトール王国へ留学を希望したのだからね。ただ勉強が忙しくて帰国は出来ないと先延ばしになっていた。息子は勉強の進捗についてはこまめに報告するのにそれ以外は一切知らせてこなかった。ただ医者になることは大変なことだから忙殺されているだけだと思っていた」
この親子には意思疎通が不足している。アルは意図的にそうしていたのだろうが、伯爵もいくら息子を信頼しているとはいえ十年間手紙だけのやり取りですましていたのはいただけない。
「その医学校は我がブルメスター侯爵家が経営しています。そして病院や薬局も併設しています。両親も私の兄姉も医者ですが私だけが唯一騎士になりました。私は幼いころから病院や学校に手伝いで駆り出されることも多く、そのことで縁あってアルと友人になりました。彼は周りに打ち解けて楽しく過ごしています。とても元気にやっていますよ」
事情は長くなるのでとりあえず元気でいることだけは伝えたい。
「そうか、元気なのだな。それはよかった」
クルトは眉を下げ力なく笑みを浮かべた。伯爵の胸中に思いを馳せれば複雑な気持ちになる。
アルが元気であることは嬉しいだろうがここに本人はいない。十年間一度も帰らなかった息子が、更に帰国を拒絶した。それも事情を一切説明もせずにだ。親として信頼されていないと苦しんでいるに違いない。
アルバートは腹をくくって全ての事情をクルトに話した。
全てを聞いた後クルトは項垂れていた。息子の苦悩に気付かなかったことで自分を責めているようだった。
「アルの気持ちは分かった。ならば私からあの子に会いに行こうと思う」
「ならば私の帰国に同行されますか?」
「ああ、そうさせてもらえるとありがたい。それと……マリエルにはどう説明していいかの今の私には判断がつかない。本当ならアルが彼女ときちんと話すべきことなのだが……。とりあえずアルに会って話をしてからマリエルに事情を話したいと思う。バートには申し訳ないが数日だけアルの振りをしてもらえないだろうか? ベルツ伯爵とも相談したい。すまない」
「えっ?!」
アルと自分とでは似たところが一つもない。髪色や瞳の色は同じだがそれだけだ。振りをするには無理があり過ぎる。そう反論したかったが憔悴しているクルトに断る事もできず、仕方なく引き受けた。
いくら十年振りの再会だとはいえ、帰国までの数日間果たしてマリエルを騙せるのかと疑問に思った。
結果はすぐにバレていたようだ。彼女のデートの提案には面食らったが、一日マリエルと過ごしてみて彼女は聡い人だと思った。初日のようにアルバートのことをアル様とは決して呼ばない。私とアルのことを区別しているようだ。気付いているがこちらの様子を伺っているのかもしれない。
なるようになるだろうと細かいことは考えずにマリエルとのデートを楽しんだ。彼女は気さくで話しやすく楽しい。気位の高い女性のような振る舞いをマリエルはしない。馬車の前に飛び出してきた子供にも親切で優しい笑顔を浮かべていた。素敵な女性だと思った。
デートから戻るとすぐにクルトに相談してマリエルの意思を尊重することにした。彼女に自分がアルではないことを告げた上で、アルが帰国しなかった本当の理由を今知りたいと言えばすべてを話すことにする。アルと直接会って彼の口から聞きたいと希望するなら、ベルツ伯爵を説得してシュトール王国にマリエルを同行しアルと会わせようということになった。
アルは真実を知られることを嫌がっていた。一生隠し通せないことは彼自身が理解しているはずなのに、逃げ続けていたのだ。このままではご両親やマリエルも辛いだろう。彼の苦しみを見ていたので躊躇する気持ちは分かるが、避けては通れないことだと思った。
それに数日過ごしただけとはいえ、ご両親やマリエルはしっかりした考えを持っているように見受けられた。一方的にアルを否定することはないだろう。
アルに対して私は腹を立てていた。嘘をつき何の説明もなくツェーザル王国まで自分を送りこみ、事態の収拾を丸投げしたのだ。この貸しは大きいものになる。いずれ返してもらうつもりでいた。