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第2話 目を覆いたくなる日常の光景

 柊也が脅しに屈してから約半年後。

 すでに見慣れた入り口のドアを開けた次の瞬間、柊也は額に手を当て、天を仰ぐ。


「何でまたこんなに散らかってんだよ! おい! (つぐる)!」


 視界に飛び込んできた悲惨な光景に、怒鳴るのを我慢することができなかった。


 広がっているのは、窓から差し込むオレンジ色に染まった事務所の中、机の上と床にこれでもかというほど盛大に散らかされた書類やファイルの海である。


 海はオレンジを鮮やかに反射し、(まぶ)しく輝いていた。柊也は怒鳴ると同時に泣きたくもなったが、それは決して眩しさのせいではない。


「んー?」


 そんな柊也の怒りをものともせず、緩慢(かんまん)な動作でほんのわずかに顔を向け、またすぐに戻したのは大和(やまと)(つぐる)


 柊也を妖魔と呼ばれるあやかしから助け、その場で「うちで働かないか」と脅迫、もといスカウトした張本人である。


 モノトーンを基調とした綺麗めな服装の継は、社長専用の椅子に座って、うっとり刀を鑑賞していた。


 手にしているのは、継の愛刀である緋桜(ひざくら)だ。


 柊也が少しだけ聞いた話によれば、生まれた頃からずっと一緒にいて、妹のように可愛がっているらしい。


 刀が妹とか意味わからん、などと思いながらも、柊也はあえてその辺りに触れることはしていなかった。


 触れたが最後、絶対面倒なことになるのが目に見えてわかっているからだ。きっと丸一日は継の話を聞く羽目になって、家に帰してもらえないだろう。いや、下手をしたら家までついてくる可能性だってある。


 触らぬ神に何とやら、だ。


「俺のバイト初日の仕事覚えてるか!? ああ? 社長の継サンよぉ!?」


 柊也が存在を誇示(こじ)するように、わざとらしく大きな足音を立てながら詰め寄る。


 ちなみに、柊也の言葉と態度があまりよろしくないのは、まだ反抗期から抜け切れていないせいだ。

 けれどこれから先、反抗期が終わったからといって、これまでの言葉遣いなどが良くなるかと問われれば、そこには疑問しかないのだが。


 そんな柊也に詰め寄られ、継はようやく柊也の顔をしっかりと見る。次にはきょとんとした表情を浮かべた。


「さあ? 何だっけ」

「ここの大掃除だよ!」


 周りと同じように散らかっている継の机を柊也が乱暴に叩くと、無造作に置かれていたペン立てが勢いよく倒れ、中身が派手に散らばる。


 しかし、継はそんなことをまったく気に留める様子もなく、


「そうだったかな?」


 真顔で首を傾げた。


「そうだよ! まだ半年しか経ってねーんだぞ。もう忘れたのかよ!」

「半年前なんて、年寄りから見れば遥か昔の出来事だよ」

「アンタはまだ大学卒業したばっかで、年寄りなんて歳じゃねーだろーが!」


 柊也がさらに声を張り上げながら、継に思いきり容赦のない蹴りを入れると、大きな音を立て、継が椅子から転げ落ちる。続くように椅子も倒れた。


「あ、それお年寄りの皆様に失礼だよ。今の時代、歳をとってから大学卒業するお方も多いからねぇ」


 だが継は平然と起き上がると、「よいしょ」と倒れた椅子を戻し、また深く座り直す。

 そして、咄嗟(とっさ)に机の上に避難させていたらしい緋桜を手に取ると、丁寧に(さや)に戻す作業に入った。


「くっそー!」


 適当に受け流されたうえに、正論を突きつけられた柊也が、悔しそうに歯嚙(はが)みする。


 継は緋桜を鞘に戻し、(そば)にある刀掛けにしっかり落ち着かせると満足げに数回頷き、柊也の顔を見上げた。


「それより、早く昨日の結果教えてよ」

「それより、ってなぁ……」


 これ以上はもう無理だと悟った柊也は、大きな溜息をつく。仕方がないので素直に継と話をすることにして、言葉を続けた。


「やっぱり依頼されてた猫だった。依頼料は今日中に振り込むってさ。やっと見つかったって大喜びだったよ」


 言いながら、床に散らばった書類やファイルをひょいひょいと上手いこと避けて、事務所の奥にある台所へと向かう。


 その背中に、継は笑顔を向けた。


「ん、ありがとう」



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