言霊
アウルの根幹に有って、最も奥にしまい込まざるを得なかった感情が、自分自身への不信という形で出て来ていた。
それを解き明かしたのはアレンであり、彼もまた同じ苦しみを抱いていたからこそ理解し得たのだった。
俺の声に応えようとするものの、まだ深い余韻に翻弄されたままの彼には、言葉を綴ることも容易では無かった。
何時もいつも、後悔無しには見ていられない様な状況だったと言うのに。他の誰の目にも晒されたことの無い、俺一人の前だけで顕現する、この上無く美しい彼に魅了されて、愚行を繰り返す。
今夜も、俺の為に傷付いた彼を癒やす目的で抱いていながら…細い指先が頰に触れて、涙を拭われたのだと知った。
プラチナの結婚指輪でダイヤの雫が揺れた。堪らず手を取って拝跪してしまう。
女扱いするなと叱られるのが判っていながら。
抱き締めた肩口に、我が儘を言い募らずに居られない顔を隠した。
「もう、2度と今夜のようなことはしないと約束して下さい」
「…父上への詫びのことか?!迷惑だったと?!」
「いいえ!この上無く有難かった。けじめを付けただけで無く、父の積年の謝罪を受けて貰った事で、悔いを残さずに済んだ」
「なら、良いじゃ無いか」
「貴方が傷付いている!!」
思わず怒鳴った俺に、腕の中の彼は、微かに微笑った。なんだ、そんな事か、と。
「俺には何よりも貴方が大事だと言ったでしょう?!父や母はおろか、俺自身と比べてもずっと…なのに、俺に報いるために自分を削って、壊れかけて終っている!!」
言いながら俺はぼろぼろ泣いていた。
「…私は自分が信じられないんだ」
「俺を信じられない?!」
「お前じゃ無い。私自身だ」
「俺が愛して、命よりも大切に想う貴方を、信じられない者だと言うのは、俺を信じられないと言うのと同じでしょう?!」
「俺のこの想いは、錯覚か、まやかしで、その区別も付かない愚か者だと」
「それとも、俺を愛しているという、貴方の心を?!」
「貴方に出逢って、きっかけを貰って、今夜、父の赦しを得た」
「俺をずっと縛ってきた自己嫌悪の呪縛から解き放たれたんです。幼い頃から自分の中で渦巻いていた、自分への怒りから解放された」
「俺は貴方の傍に居ながら、貴方の口から父上を詰る言葉を聞いたことが無い」
「きっと…たったひと言口にしたが最後、瞬時に爆発してしまう程の激しい怒りが、自分の中に在るのが判っているんだ」
「だから、自分自身を信じることが出来ないんです」
「…俺と出逢った事に免じて、父上を赦して差し上げなさい。そうして、貴方を縛る怒りの呪縛から解き放たれて下さい」
放心したように俺を見詰め、懇願を噛みしめるように、己が内に引き取り、再び俺に視線を戻すと、唇に微笑みを載せて、深い溜め息を付いた。
「お前が正しい。これからは…如何して良いか判らなくなった時は、お前に従う」
「私を預けて良いか?!」
「俺で良ければ」
「他には居ない。私にはお前だけだ」
それきり、彼が自分を疑う事は二度と無くなった。
お読み頂き有り難うございました!
アウルのお話を長々と書いて参りましたが、此処までが彼の過去とも言える部分で、これから先が未だ有ります。
ぼちぼちやって参りたいと思っております。その節はまた、お付き合い下さいませ!