夢の続き
アレンを残して帰途に就いたアウルだったが、もう一つの秘密を知ることに成った。
夢のような会見を終えて、父上がメイズに伴われて祝いの席に戻られるのを見送っていた。
自分の中の感動に囚われて、心ここに在らずの状態から現実に戻って来ると、父親の慶賀の席に伴いもせずに、私の傍に留まって居るアレンに気が付いた。
「父上にお付きして、ホールに顔を出してこい。車で先に戻っているから、今夜は帰るに及ばない」
「アウル?!」
「当主で在るお前が、隠居の慶賀に不在では父上がお困りになる」
言うと渋々頷いた。
だと言うのに、立ち去る背中を見送ると、忽ち、温もりが離れて行く感覚が私を捉える。
もう既に、アレンの存在は私の中で在って当然に成ってしまっている。
…なんて脆い。
…幾つもの引け目を抱えながら、選ばれる事を望んでしまう。1つ手に入れてしまったが為に、際限なく欲が湧いてくる。
涙が出る程の幸福の裏側で、酷くうらぶれた感情をも持ち合わせていた。
庭に面したコンサバトリーの扉を開けて、車を停めてある裏庭へと向かった。
2人で来た道を1人で辿っているのだ等と、考える必要も無い事までも思い浮かべて終う自分というものに、戸惑うばかりだった。
本物の感情は、こうも儘ならないものかと溜息が出た。
…ふ…と、息を抜いた途端に零れてしまった涙に呆れた。
「レティ?!」
レティ…懐かしい呼び名を聞いた。
それこそ、数えるほどしか記憶に無い、優しい声音で呼ばれる母の愛称。
何故かは分からなかったが、恐らくは私に向けられたのだろう呼びかけは、アレンの母、カーライツ伯爵夫人、オリアーヌ.フィンだった。
何故この方は母の愛称をご存知なのだろう?!何故その名で私に呼びかけるのだろう?!
「泣いては駄目。レティシア、諦めては駄目よ」
そう口にしながら、オリアーヌの手が上げられて、私の頰に触れかけた。
「…母上?!」
息子の声で呼びかけられた母は、たった今の自分の行動を忘れ果てたかのように、呼んだ息子を指して歩き始めた。
その反応の奇異と、此方へやって来るだろうアレンに、この有様を見られることを恐れて、庭に点在するローズポールの陰に身を隠した。
「こんな所にお出でだったんですか?!姉上が探してお出ででしたよ」
「まぁ!アレンの声だわ!アレンなのね?!どうした事かしら?!わたくしのおちびさんは、いつの間にこんなに大きくお成りなの?!」
「大きくなって随分に成りますよ」
「あら。そうだった?!アレン!レティが居たの!泣いてらしたの」
「何方です?!」
「オルデンブルク公妃レティシア.アデライデよ。ついいましがた此処で泣いてらしたの」
「オルデンブルク公爵妃?!」
「そうよ。お屋敷にお出での筈なのに、どうしてこんな所で泣いていらしたのかしら?!また、後夫君と諍いでも…」
「母上には、オルデンブルク公爵妃と親しくなさっていたのですか?!」
「ええ。あの方が王妃候補としてフランスからお出でに成った時に、お側仕えとして宮廷に伺候して以来よ。わたくしの可愛いレティ。妹の様に思って居てよ」
不思議な、夢の続きの様な話だった。
2人の会話の中に、私の知らない両親の真実がちらつく。今の私が揺らいで、全く違うものに変わってしまう可能性を示唆していて、胸の奥がざわめく。
何より信頼の置けない私自身が、信実を知った事で、何に成り果てるのかが恐ろしい。知らないで置くのも、それ以上の不安を醸し出すのも事実だったが…
「…ル?!」
「…わっ!」
…拒絶した間合いに入って来て、触れられるまで気づかずに居るのはこいつだけだった。…毎度死ぬほど驚く!
「あれ?!また1人で考えすぎの沼に嵌まってましたね?!」
「…?!///////」
「母は少し前から、記憶に齟齬が出て来て居て、はっきりしないのですが、貴方の母上とは、娘時代に親しくさせて頂いて居たそうですよ」
「やはり、義父上と義母上の間はしっくり行って居なかったようですね。でもそれだけです」
「…?!」
「何が有ろうと、自分の鬱憤を子どもの貴方にぶつけて良い訳が無い。義父上の我が儘で貴方は多大な苦労を強いられた。義父上と言えど許し難い」
「如何して判るんだ?!」
言いように可笑しくも有りながら、涙声で言った私を、温かい腕が抱き締める。
途端に感情が溢れて、留められなくなってしまう。
判ってくれるのだと思うだけで、如何してこんなにも安らげるのだろう。
「判るとか判らないとかじゃ有りません。事実そのままだし…口に出して告げてあげたい。そう思うだけです」
「言ったでしょう?!俺の望みは腕の中で微笑む貴方を見ていることだって。それが唯一の俺の望みです。叶えて下さい」
頷くより他に言葉等必要では無かった。
お読み頂き有り難うございました!
まだ書かせて頂きたいと思っております。今暫くお付き合い下さいませ!